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1.偶然の遭遇

 殆ど常に眠っているような状態だった私は、聞きなれぬ音にゆっくりと目を覚ました。大きいとも小さいとも言えないような何かしらの魔法による物音。普段であれば吹雪にかき消されて聞こえないような音だが、青空が一面に広がるほどに静まり返った雪原にはっきりと響いた。

「不思議な事を言う……」

 水溜りすらないこの場所で自分の容姿などまともに見た事が無いが、惚けたように私を見上げる人の子供はどうやら私に見惚れていたようだった。

「何か私か、この場所に用でもあったか?」

 いきなり現れた落ち着いた子供に問いかける。狙って来たとしか思えないほど間近に現れたと思ったのだが、子供は何故かきょとんとして瞬いた。

「ここはどこ?」

 つらつらと出てきた最初の言葉とは対照的なほどに子供は幼い声で問う。今にも泣きそうな子供に泣けば涙が凍って貼り付くぞなどと言えば、慌てて涙をひっこめようとしていた。

「あの、お兄さん、あ、もしかしてお姉さん?」

「私に決まった性別などないから好きに呼ぶと良い」

 竜は基本的に希少な種だ。温かく、他の生き物が多くて過ごしやすい土地であれば長い年月の間にパートナーを探す事も難しくはないが、私のように厳しい土地で暮らす種は滅多に同族と出会えることは無く、運よく出会えたとしても性格や性別の問題で上手くいかないと言う事もある。厳しい環境の中でそれだけの為に積極的に動く事も無い生活も更に助長している。

「じゃあ、お姉さんにしておこうかな。お姉さんはすごく綺麗だし」

「人と言うのは誰彼構わず口説くものなのか?」

 どう見たって子孫を残すには不適な相手だが、口説くのは何も恋愛だけが目的でもない。そう思って訊ねたのだが、子供は少し顔を赤らめて目の前で手を振り出した。

「えっ、いっいや! そういう訳ではなくて、何と言うか、僕は昔から吟遊詩人に憧れてて! そう、癖と言うか何と言うか! 絵になりそうなものを見つけたらつい詠ってしまうと言うか」

 何に対する弁明なのか、子供は様々な思い出を語ってくるが、聞けば聞くほどにこの場にいる事実と噛み合わず、同時に何とも言えない違和感を抱いた。

「ところで」

「はいっ!」

「お前は一体どこから、何と言う場所から来たのだ?」

「? 住んでいた場所ですか? なら、ルフィードって国のかなり外れの海に近い小さな村ですよ。 少しですが人に売れるぐらいの魚は取れるので、時々物好きの方が訪れる事もあるんです」

 こんな場所でも意外と情報を得る手段は存在する。しかし、ルフィードと言う名前に全く覚えは無い。この世界では国自体が数えるほどしかないにもかかわらず。そして、そんな耳慣れない地名を聞く理由には一つだけ心当たりがあった。

「あ、あの……?」

 溜息を吐きたいほど無駄な奇跡に頭が痛い。反応がない事に不安を感じたらしい子供が、ここが極限の環境である事を感じさせない様子でこちらの顔をのぞきこんでくる。

「……お前がここへ来た理由に察しがついた」

「えっ、本当ですか!?」

「お前は、何者かによってこの世界に召喚され、その時の事故でこの場所に落ちたのだ」

 明るくなった表情が、少し遅れて呆気にとられた表情へと変わる。いくらこの世界で存在だけは有名な魔法であっても、呼ばれた側の世界にしてみれば、人が何人か行方不明になっただけの話。そこにある事は分かりやすくても、無くなった事は証明し辛い物だ。

「どうやったら帰れるか、とか……」

「知らぬ。一度行使されれば噂として遠くまで響く魔法ではあるが、あまり何度も行使されている魔法でもないのだ。それよりも、お前は気にしなければならない事があるぞ」

「ま、まだ何か」

「この世界に異世界の物が入り込むと、大気が反応を起こしてその物を強力な物体へと変えてしまう。この魔法が人間によるものと確定したわけではないが、欲深く臆病な人間に知れればただでは済まぬぞ」

 子供は酷い顔で怯えだす。子供の頭ではあまり正確な想像は出来ていないだろうが、楽観的な事をしても危険なだけだ。

「ここで匿って貰ったりとかは……」

「無理だな。ここには人の食料などないし、いくらお前が丈夫でも限度はある。何より、誰かに呼ばれたのであれば、いずれここにも探しに来るだろう」

「じゃあ、お姉さんがついて来てくれるとかは」

 縋るように子供がしがみつく。硬い鱗越しであるからダメージは無いものの、随分な力がこもっているようだった。

「そんなに心細いのなら、良い事を教えてやろう」

 子供の頭を鼻先で押しやって顔を上げさせる。手の力は少し和らいだが、また泣きそうな顔をしていた。

「来い、シルフ、スノウ」

 ぼんやりと妖精のような二つの影が子供の前に並んで立つ。いつだかに人間はこんなものすら怯える事があると彼らに嘆かれた事があったが、子供はこの手の物に対する恐怖心は持っていないようだった。

「二人は精霊の一種で、シルフは風の精、スノウは雪の精だ。今はまだ声も姿もはっきりとは見えないかもしれないが、こちらの言葉は分かるし、慣れれば普通に言葉を交わす事も出来る」

「ついて来てくれるの?」

 子供は手を伸ばせば、精霊達はその言葉を待っていたようにそれぞれの手の上で踊った。

「こういった精霊はどこにでもいて、お前なら割と簡単に仲良くなれるだろう」

 精霊は単純な生き物で、好意には好意を、悪意には悪意を返す。友達と言う概念もあるし、子供の良き味方となってくれるだろう。

「味方ぐらいにしかなれないかもしれないが、彼らの事はまず信じていい。お前はこの世界で生きるために必要な力は宿っているはずだから、彼らを心の支えにして自分の力で歩んでいくと良い」

 子供は大事そうに精霊達をそっと抱きしめる。精霊達はそれに応えるように子供を優しく撫でた。

「麓への道についても彼らが知っているから……どうした?」

 先程までとはまた違う表情で子供が私を見つめる。意図を掴みかねて訊ねれば、少し目線を逸らしてから、再びこちらを見つめた。

「ところで、お姉さんの名前は何と言うんですか?」

「む? この別れ際になってか? 名前などないから好きに呼んでくれれば構わないが」

 初めの方の問いに少し似ていると思いながら答えれば、何故か子供は少し気恥ずかしそうに目線を逸らした。

「お姉さんの事も思い出して心の支えにしたいから……」

 知らぬ間に随分と懐かれていたらしい。刷り込みのようだなと思いつつ、無いものは答えようがない。

「じゃ、じゃあ僕が名前とか付けても……?」

「ああ、構わぬ」

 子供の傍らで精霊達が、良い名前を付けてあげてよだの、私達も使いたいなだの子供に聞こえぬ声で楽しそうに囁く。知らぬ間に不便をかけていたのだろうか? しかし、彼らにも個人の名は無かったはずと考えていれば、名前が決まったらしい子供が口を開く。

「ウィスティリアっていうのはどうですか?」

 私が答える前に、精霊達が良い名前だとか、私もそう呼ぶとか好き勝手に喋っている。子供も何となくそれを察したのか、藤の花のようだったからとか精霊達に話している。

「私もそれで良いと思う。と言っても、自分の呼び名にそうこだわりなどないがな」

「いいんですよ。名前なんて本当はきっとそんな物です。ちなみに、僕の名前はシェルって言うんですよ」

「そうか。では、シェル、これ以上私にしてやれる事も教えられる事も無いが、お前が折れずに生きられるように祈っておこう」

 精霊達に導かれて、シェルは身一つで山を下っていく。一度麓に下りれば、こんな所へ戻ってくる余裕はそうそうないだろう。珍しい出来事だったと、再び風が吹き始めた山の頂で私は再び眠り始めた。

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