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厭世缶

作者: 雨戸

若者は毎日がとてもとても嫌でした。

バンドのノルマ代を払うために深夜アルバイトをしていたことも嫌だったし、毎日毎日帰る家は今にも崩れてしまいそうなほどボロボロでこの生活がいつ終わりを迎えるのかを日毎考えていました。

ある日のアルバイトの帰り道、若者は星がいない暗い夜道をひとりぽつんと歩いていました。星が見えない夜道はたまらなく嫌でした。すると切れかかった蛍光灯の明かりの下に自販機を見つけました。若者は喉が乾いていたのでポケットからお金を取り出して自販機に硬貨を3枚入れました。なにを飲もうかと吟味をしていると、ふとおかしなパッケージをした缶かんが目に留まりました。それは真っ白でいて何も書かれていない350mlの缶かんでした。若者は珍しいもの好きだったので好奇心からその缶かんのボタンを押しました。


...



翌日、若者はまるで世界が変わったかのような錯覚を覚えました。若者が嫌いな朝日も、嫌いなテレビ番組も、はげてボロボロの床板さえも彼は物事のすべてに嫌悪感を抱かなくなりました。すると彼は寝起きのまま布団から飛び出し、半ば半狂乱の状態で街中を走り回りました。目に映るすべてのことがどうでもよくなり、涎を垂らしながら彼は白痴の様相で、朝から晩まで疲れを知らず走り回りました。


...


数週間が過ぎたある日、彼の友人の1人が連絡を取れないことを訝しく思い、家を訪ねることにしました。彼は若者の言葉が好きでした。若者はそれこそ厭世的な事ばかりを呟いていましたが、その分物事のどれほど素敵なこと、美しいものがなぜ美しいかを知っていて、若者がときたま呟く星のことや、雨のこと、可憐な女の子の話を聴くのが好きでした。

彼は若者の家の扉を叩き、声を掛けてやりました。

すると、ドタドタと荒々しい足音を響かせながら若者が勢いよく扉を開けでてきました。若者は普段からは想像も付かないような語気で挨拶を交わしました。その顔は一瞬別人かと疑うほど面影がなく呆けていました。

彼はギョッとして若者に問いかけましたが、若者は彼のことをまったく意に介さず、家のなかへ入れと言うのです。彼はびっくりして動揺しましたが、ふと何か裏があるぞと思い若者の誘いどおり家の中へ入り込みました。

するとどうでしょう、若者の部屋の中には何一つものがありませんでした。閑散とした部屋を見渡せばカーテンや電球も布団も食器もなく、若者が至極大事にしていた楽器の類も無くなっていました。その状況に彼は愕然としていると、若者が嬉々とした様子で語り始めました。


「さぁ、友よ、掛けてくれ、うむ、床ですまないがね、友よ、僕は今とても清々しい気分だ。あれだけ嫌だった物事がまったくどうでもよくなったんだ。突然にさ。僕は今までナニをあんなに絶望していたんだろうかね、兼ね兼ね生まれてきた時から不快な思いでいっぱいだったさ、僕はね。学校も嫌だったし、勉強も嫌いで、あの憎たらしい教師とかいう肩書きを持ったくだらないやつらも一人残らず大嫌いだった、しかも極めつけに家に帰ればいつも1人でくだらない飯を食って...いやもういいさ、僕はもう今、全部、すべて、今、なんにも感じなくなった。そうそう今しがた語った忌々しい記憶も今現在の僕の状況にもね。今までがまるでおかしかったんだ、わかるかい、なぁ、昨日捨てたうるさい箱が言ってたんだよ。人間前向きに、ってね。笑っちゃうぜ、まったくそうだよな、痛みのない、嫌悪感も抱かない人生のほうが楽しいに決まってら、みんな気にしすぎなんだよ、わかるかね、ええ...なぁ、ちゃんとお前ならわかってくれるはずさ、うん、ん?なんだ?楽器のことか?あれはもう色んないらないものと一緒にゴミ箱行きさ、今頃焼却炉で灰にでもなってんだろうな、まぁいいさいいさ、いらないんだ僕には、ね、あんなものにかまけてるほどもう子供じゃないんだね、まったくさ、それでね、今まで聴いていた音楽をふと聴き直してみたんだが、ねぇ、ひどく滑稽だったさ、うん、痛みだとか、絵空事ばかりを歌うもんでうんざりしちまって、笑っちまったよ、なんであんなものにいっちょ前に心を打たれた、だとか、美しいと思って、心酔していたんだろうかね、むかしの僕に言ってやりたいさ!いや叱ってやるよ、僕はね。ただ前向きになれないやつが傷を舐めあってるだけだ、もっと広い世界で視野を見つめ直せってね。人間、生きてる間痛みなんていらないさ、みんな言ってるだろう、つまりそういうことさ、僕は、もう以前の僕とは違うんだ、前向きにね、新しい、革新的で人生のなかでも確固たる1歩を踏み出したんだ!勇ましくね!そうだ君も応援してくれたまえ、うむ、なんと、これほど、素晴らしい日々なんだろうか!!」


彼は若者の話を聞きながらある種の不快感を禁じ得ませんでした。彼はこの汚らしい雰囲気から逃れるため、話の途中で立ち上がりました。すると彼の真後ろに真っ黒なものがチラりと見えました。訝しく思い彼の後ろを覗きこんでみると真っ黒な何かで満たされた筒上の物がありました。おや、と手に取ってみれば真っ黒な背景をバックに真白な文字で小さく「厭世観」と書かれていました。






( 'ω'o[ 眠い ]o

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