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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

作者: 橘 雫
掲載日:2015/05/05

誤字脱字、読みにくい表現があったらすみません。

二ヶ月前、近所の公園で猫を拾った。



薄汚れてて、全身に無数の傷があったその猫は公園の隅のベンチで丸まっていて、いつもなら見て見ぬ振りをしたけど、一人暮らしを始めたばかりで寂しかったのかもしれない、少し迷ったけどその猫を連れて帰る事にした。



アパートに帰ってお風呂場で猫を丸洗いする。

疲れているのか弱っているのか抵抗する事無く洗われた猫は綺麗な毛並みのなかなかに整った顔をした子だった。

それだけに全身の打撲痕は痛々しい。

その後、知り合いの病院で怪我の治療をして貰った。

医者に苦い顔をされたり手続き等に色々と面倒はあったけど、今後何かあったら困るからな。



猫は始めの一週間、暴れたりはしなかったけど、常に部屋の隅で私を警戒しまくっていた。

私が動くたびにびくついていたな。

次の週には少しだけ私との距離が近付いていた。

ただ、眼だけはまだまだ警戒していたけど。

そのまた次の週には警戒感が大分薄れ、ちゃんと眠るようになった。

そして四週目、ようやく信用してくれたのか、ちょっとなら撫でても良いけど?構って良いけど?って顔で私をちらちら見るようになった。

一ヶ月が過ぎた頃には私の帰りが遅いと不満そうな顔をするようになった。

こっちは仕事なんだからとイラッとした事もあったり無かったり。



そんな感じで猫と生活して二ヶ月経つわけだけど…。



「ただいま〜、ねこ〜?ヒロキ〜居る〜?」



仕事で疲れた身体を引きずって帰ったアパート、鍵を開け中に入り、狭い玄関で靴を脱ぎながら部屋の奥に呼び掛ける。

すると、部屋の奥からドタドタと足音がして猫が飛び出してくる。



「詩織、遅いっ!」



「重いっ!今日は仕事で遅くなるって言ったでしょ!」



靴を脱ぎかけの私に猫が勢いのままどーんと飛び付いてくる。



「それに下の階の人から苦情がくるから部屋のなかをドタドタ走らない!」



怒ると猫は私に抱き付いたままプイッと顔を背ける。



「まったく」



溜め息しか出ない。

ホント、猫って気ままなんだよな。



「猫、晩ご飯作るから手を離しなさい」



お腹が空いてたのか、猫がパッと手を離す。

……やれやれ、やっと靴を脱げるわ……。



「はい、これ台所に持ってって。私はご飯作る前に着替えてくるから」



帰りに寄ってきたスーパーの袋を猫に渡す。

猫はおとなしく袋を持って奥に戻っていった。




うちの猫……なんだろうか、もう。

本当は傷が治ったら追い出すつもりだった。

なのに猫は傷が治った今も出て行く様子は見えない。

今や始めの警戒しまくっていた頃が嘘の様に甘えまくってくる。

そうなってくると可愛いと思うんだよね。



猫……、ヒロキは自分の名前を言っただけで他の事は一切何も言わない。

今までどういう生活をしていたのかとか、拾った時の怪我の理由すらも。

ただ、自分の事は猫だとでも思ってくれと言っただけ。

私はヒロキの希望通りに猫として彼を扱っている。

本人も満足してるようだ。



「詩織〜、早く!お腹空いた〜」



猫がにゃーにゃーと煩くご飯の催促をしている。



「はいはい、分かったよ。ちょっと待ってってば」



ただの猫より日本語で文句を言うだけ面倒だななんて思いながら、着替える為に自分も部屋の奥に向かった。



時間が遅かったから、簡単にパスタとサラダ、スープで晩ご飯を済ませ、後片付けを猫に任せた私はふたり掛けのソファーでゆったり食後の珈琲なんかを飲んでいる。



読みかけの小説に目を通していたら、目の前のガラステーブルの上に置いてあったスマホが着信を知らせた。



「直子?」



確認すると学生時代からの友人からだった。



『お〜す!詩織、おひさ!元気にしてる〜?』



三ヶ月振りに連絡してきた彼女は相変わらずテンションが高い。



「元気元気。あんたは相変わらず元気ね」



『当然!私が元気じゃなくなるのは死ぬ時くらいよ』



「確かにね。あんたが元気ないとかテンション低いとか想像できないわ」

『でしょ〜?』



私が苦笑すると直子は機嫌良く笑う。



「で?久々の連絡だけど、何か用事でもあった?それとも遊びの誘い?」



直子と話していると、隣に微かに身体が沈んだ。

洗い物を終えた猫が珈琲片手に隣に座ったから。



私にぴったり身体を寄せて座った猫はテーブルの上にあったリモコンでテレビを点ける。

通話中の私に気を使ってか音のボリュームは絞り気味だ。

気を使えた事を頭を撫でて褒めてやる。

猫は頭を撫でられて満更でもないのか眼を細めて気持ち良さそうにしている。

その顔が可愛かったから、頭を撫でながら直子との通話を続ける事にする。



『あのさ詩織、週末暇してる?』



「今週末?土曜日?」



『ううん、金曜日。合コンあるんだけど来ないかなぁと思って!』



「合コン?」



猫がピクリと反応したのが頭を撫でている手から伝わってきた。



横目で見ると知らない振りをしてテレビを観ている。



そのくせ不機嫌そうな雰囲気を出しているのだ。

しっぽでもあったらたしたしと叩いてきそうだな。



「金曜日って、明後日じゃない。随分と急な話だね。さてはドタキャンした子でもいた?」



『分かっちゃった?ごめ〜ん!ひとり急に都合が悪くなっちゃってさぁ。ただ、相手側はなかなか良い会社の人達だよ!』



「うーん…」



猫を撫でながら考える。

別に仕事の後なら都合が悪い訳じゃないんだけど……。



「ごめん、パス」



『え〜!?仕事?それとも何か予定入ってるの〜?』



「そういう訳じゃないんだけどね、この間猫を拾っちゃってさ。甘ったれだから仕事以外で夜遅くまで放置すると拗ねるんだよね」



私の言葉に猫が不満そうな顔をする。

頭を撫でていた私の手から逃げるようにソファーの下に移動する姿に笑いそうになる。



『詩織、猫なんて拾ったの!?』



「うん。近所の公園で怪我しててさ、ほっとけなかったんだよ」



『珍しい!詩織ってばそんな面倒見良い方じゃなかったよね!?でもさ、猫の為に合コン断るとかさ、やっぱ独身者が動物飼うと婚期逃すってホントなんじゃない!?』



「あはは。確かにね」



うちの猫を連れてたら、誰とも結婚なんて出来ないだろうねえ。

思わず苦笑してしまう。



『ん〜、了解!こっちも突然だったしね。他にも声掛けてみるわ。んじゃ、ごめんね。また今度、近いうちに遊ぼうね〜』



「ん。分かった、またね」



通話を切って、スマホを元の場所に戻す。



さて、本の続きでも読もうかなと思ったら猫がぽすっと膝の上に顎を乗せてきた。



「詩織、合コン行かないの?」



膝の上から上目遣いで確認してくる。

薄茶の瞳が照明のせいでキラキラしている。



「行かないよ。ヒロキを遅くまで一匹にしてたら寂しくて死んじゃうでしょ?」



「俺、ウサギじゃないよ」



「ヒロキは猫だもんねぇ」



猫の長めの前髪を手櫛で後ろに向かってすいてやる。

ヒロキは黙って私にされるがままになっている。



「……土曜日、朝から出掛けようか。ヒロキの服を買いに行こう?」



「……ホント?」



「ホントだよ。夏物とか買わないとね」



ヒロキを拾ったのは春だったから二ヶ月経った今、そろそろ暑い日も出てくるだろう。

今、ヒロキが来てるのは近所で適当に買ったトレーナーとスエット。

替えも何枚か買ったけど、このまま家に居着くなら夏服も必要になるだろう。



その先は分からないけど。私としては、一度拾った猫をそんな簡単に捨てるつもりは無いが、猫が自分から出て行けばおしまいの関係だからねぇ。



……なんて思いながら、外出の約束に喜ぶ猫が可愛くて撫で回してやる。

構い過ぎて猫が飛び掛かってくるのもいつもの事。

うちの猫は私に撫で回されると発情期がやってくるらしい……。



そしてあっという間に土曜日がやってきた。

猫は余程楽しみだったのか、昨日の夜からそわそわしてたし、今日はいつもより一時間も早く起きて久々の休みにゆっくり寝ていた私を文字通り叩き起こした。



「ねこ〜…たまの休みだよ〜。ゆっくり寝かせてよ」


しつこい猫パンチに諦めて開きたがらない眼を擦りながら、もそもそ布団から這い出した。



ああ、さよならぬくぬくの私の天国……。



「だって!詩織いつも忙しいから、遊びに出掛けるのなんて初めてだし!」



「はいはい…」



猫、テンション高くて可愛いな…。

しっぽがご機嫌に揺れてそうだわ。

思わず苦笑が洩れる。



簡単な朝ご飯を食べてから出掛ける事にする。



珈琲を飲みながらパンを食べてる間も猫はご機嫌で、食器を洗いながら鼻歌まで歌っていた。



土曜日の街は老いも若いも人がいっぱいだ。



何処にでもふらふらと入って行きそうな猫の手をリードが出来ない代わりにしっかり繋ぐ。

ふわふわとご機嫌で歩く猫は私と繋いだ手をぶんぶん振っている。



もう何軒か店をはしごしてふたりして紙袋をいくつか肩に掛けている。



「もうお昼過ぎか。ヒロキ、お昼ご飯何を食べたい?」



腕時計を見るともう一時を軽く回っていた。

なかなかに歩いたもんだ。

お腹だって減るよね。



「ん〜、何が良いかな?詩織は何が良い?」



「そうだねぇ、どうせなら家では面倒で作れないような物を食べようか?」



「なんだろ?点心とか?」



「いいね、点心!小籠包食べたい」



「じゃあ、中華のお店にしよ〜」



ふたりで中華の店を探して歩き出した時、数メートル先にある有名ブランドショップから出てきた数人のグループを見て猫がいきなり固まった。



「ヒロキ?」



急に止まってしまった猫に歩き出していた私の手は引っ張られた。



「………」



私の訝しげな声にも返事をせず、猫はひたすら女性一人と男性三人のグループを見続ける。



猫の顔色が段々と青くなり白くなる。

普通では無い猫の状態に私もグループに眼をやる。



その時、グループの一人の男が此方に気が付き眼を見開いた。



どうやら猫が一方的に知っている人達では無いようだ。



男はグループ唯一の女性に何か告げている。

他のメンバーも此方を見ていた。



女性はヒロキを見てニヤリと笑った。

真っ赤に塗られた口紅がやたらと際立つ。

年頃としては三十代後半位だろうか。

美人という訳では無いが、色気溢れるタイプだな。

周りの男性達は彼女より十歳は若そうだ。



彼女が笑った瞬間に繋いでいるヒロキの手にぎゅっと力が入った。

ヒロキの手がどんどん氷のように冷たくなっている。

私はヒロキと彼女達の様子を無言で伺うことにする。



「ヒロキ、久し振りね。新しい飼い主ちゃんと見付けたのね」



男達を従えた彼女が此方に寄ってきてヒロキに話し掛ける。



「……っ」



猫は彼女と眼を合わせる事無く俯く。

猫と繋いでいる手から震えが伝わってくる。



「ふふっ。私が怖いのかしら?それとも彼等が怖いのかしら?」



その言葉を聞いた瞬間、私は紙袋の陰になっているパンツのポケットに入っているスマホを操作した。



「あんな風に縄張り争いに敗けてボロボロにされたら彼等を怖くもなるものねぇ」



くすくす笑いながらの彼女の言葉に後ろの男達もニヤニヤと笑っている。

なかなかに根性の悪そうな顔だわね。



「ねえ、貴女」



不意に彼女が私に話し掛けてきた。



「何?」



「こ〜んな自己主張ばっかりの甘ったれの猫、どこが良かったのかしら?貴女、なかなか美人だしヒロキなんかより強くて素敵な男は一杯いるでしょう?」



「……今、貴女が連れているような?」



彼女の優越感に満ちた表情を見詰めながら猫と繋いだ手の力を強くする。



猫がはっとして私を見る。

どうやら私の存在をようやく思い出したらしい。



こんな感じの悪い奴等のせいで猫の意識が私から離れたのは多分に腹立たしい。



「あら、解ってるじゃない貴女!彼等、素敵でしょ?縄張り争いに勝ち残っている強い雄だもの!」



「……縄張り争い?」



彼女が一際楽しそうに笑う。



「そうよぉ!私の愛を求めて闘うの!」



……なんか、イカれた話になりそうだな。



「私は強い男が好き!だから闘って闘って最後に勝ち残った強い雄を愛するのよ」



「……それは物理的にって事?」



私の眼が鋭くなった事にすら気付かず、彼女は自分に酔っている。



「勿論よ!別に殺し合いじゃないわよ、純粋な雌をめぐる闘い。そのなかに自分の居場所をキープする縄張り争いも含まれるわ」



「つまり、縄張り争いに敗けた雄はボロボロの身体で追い出されると……」



「だって、負け犬なんて私には必要ないもの!ヒロキの場合は負け猫だったけどね」



彼女の言葉に彼等がばかにしたように笑う。



「じゃあ、私がヒロキを拾った時の怪我は彼等が?」



「貴方達だったかしら?」



彼女が後ろの男達に問い掛ける。

私的にはヒロキの様子から答えは解っていたが、これからに必要だから聞いておく。



「ああ。俺達にフルボッコにされて逃げてったんだよなぁ?なぁ、ヒロキ?」



ニヤニヤしたままの男の言葉に猫が唇を噛む。

血が出そうだ。



「ヒロキ、唇を噛むな」



私の言葉に猫が潤んだ瞳で見詰めてくる。



ああ、私を見詰める猫は可愛いな。



「ふふふ……」



「?」



突然笑い出した私に彼女達が怪訝そうな顔をする。

私はポケットから取り出したスマホを彼女達に見えるように掲げる。



「良い音声録れたわ〜」



猫がきょとんと眼を丸くする。

私はそれを見てニヤリと笑い、繋いだ手の力を強くしたり弱くしたりして猫の強張った手をほぐす。



「貴女、何を言ってるの?」



彼女が得体の知れない物を見るように私を見る。



「あれ、意味解らない?貴女達がヒロキに暴行を加えた証拠を録音したんだけど。自分達から話したんだしね、信憑性バッチリ!」



「なっ!?」



今度は彼女達が青くなった。



「な〜んか余罪もたっぷりありそうだよねぇ?この件以外も叩いたら出てきそうだし」



猫の顔がぽかんとした。



「ねえ、ヒロキ?あんたはどうしたい?」



「……どう?」



「そう。あんた次第。ヒロキが被害届を出すなら、こいつ等は少なくとも警察の介入を受ける。証拠もあるし無事では済まないと思うぞ?」



猫が無言で私の顔を見る。

私はそれにまた、ニヤリと笑ってやる。



「傷害事件なら私の担当だよ、どうとでもヒロキの好きにしたら良い」



「……担当?」



彼女が青い顔のまま私と猫の会話に入ってくる。

男達も動揺しているのか、お互い目配せしあっている。



「私は、刑事部所属の刑事さんなので。暴行事件なら専門だよ」



もったいぶる程の事じゃないし、さらりと笑顔で言ってやる。



奴等が凍りついた。



「あいにく今日は非番なんで、警察手帳は所持してないが、なんなら警察署に問い合わせしてみる?私は構わないよ」



「………」



奴等は言葉も無いようだ。

まあ、そうだよね〜。

でもねぇ、事実は小説より奇なりだよ。

ヒロキの新しい飼い主が刑事だってそんなに不思議は無いでしょ。



「いや〜、ホント最近のスマホは性能良いから、こう言う時に役立つわ!あ、ちなみにヒロキを拾った時に警察関係の病院で診てもらったから、証拠能力バッチリの診断書も出せるよ」



私にどんどん追い詰められて、奴等は今や燃えカス並みの存在感。

猫ももう怯える必要無いね!



「あんた、強い雄が好きだって言ってたけど、こんな時にはぜ〜んぜん役に立たないんだね」



猫にね〜、と同意を求めるが猫も眼を白黒させている。

私が刑事だって知らなかったからね。



「私はあんたみたいによっわい女じゃないから、こんな時に役に立たない力が強いだけの雄なんて必要じゃない。それに、こいつ等より私の方が普通に強いだろうし?それだったらヒロキみたいな可愛い猫に私は癒されたい」



私の言葉に猫の眼がうるうると潤んでいる。

繋いでいる手の親指で猫の手を撫でてやる。



あ〜、家に帰ってぐっちゃぐちゃに可愛がりたいな。



「さ、ヒロキ。事と次第によっちゃ明日から忙しくなるから、今日はもう帰ろうか?お昼ご飯はどっかで買って帰ろう」



「う、うん!」



もう、言葉も無い彼女達を放置して猫に話し掛けると猫がこくんと頷く。



私は猫との休日の続きを楽しむべく、テイクアウトも出来る美味しい中華屋を探して歩き出した。



「なかなか美味しかったな〜」



ビール片手にご機嫌で猫に笑い掛ける。

昼間からビールなんて贅沢の極みって感じ。

隣には可愛い猫まで居るし、ここって天国?



ニヤニヤしてる私の横にちょこんと座っている猫。



「……ねえ、詩織ってホントに刑事さんなの?」



帰ってからずっとおとなしいと思ったら、そんな事が気になってたのか?



「そうだよ。それも、殺人とか傷害とか凶悪事件担当の刑事さん」



私ったら日々頑張ってるでしょ、と猫の頭を撫でる。ぽわぽわの猫っ毛はいつだって撫でると癒される。



「……そんな詩織と俺は一緒に居て良いのかな?邪魔にならないのかな?」



私の手を頭に乗せたまま、猫は俯いてぽつりと言う。



「俺ね、小さい時に親に捨てられて施設で育ったんだ。勉強も運動も得意じゃなかったし……身体も小さかったから虐められたりもしたよ」



猫が唐突に始めた昔話をビールを飲みながら聞く。



「中学を卒業したと同時に施設を出て、住み込みで仕事したけど失敗ばっかりで……三年位で仕事をクビになって住む場所も無くなって、どうしようか困ってた時にあの女に拾われたんだ……」



その後の猫の話によると、どうやらあの女は身寄りの無さそうな見目良い若い男を囲っては、仕事をしなくて良いから自分の為に尽くせと言っていたらしい。

高い物を与え、良い物を食べさせて自分から離れないようにしていた。

ある期間与え続け、男達がその生活に慣れ、それが普通になった時に≪縄張り争い≫と言うゲームを始める。

今の生活を失いたくないなら、他の男と闘って勝ち自分の居場所を作れ、と。そして、私に愛されたらその生活は一生涯続くと。



「なんつーか、ゲスい女だな……」



話を聞いた私の感想なんてそんな物だ。

日々、物騒な事件に遭遇しているせいかあの女程度それ以上ともそれ以下とも思わない。



「あの日、始めて≪縄張り争い≫に巻き込まれて…、何も解らないうちにあいつ等に囲まれてボコボコにされたんだ。命からがら逃げたよ。あいつ等、眼が殺気だってたし、殺されるかと思って怖かったんだ」



そりゃあそうだろう。

訳も解らないのに、いきなり自分より身体の大きな男に囲まれて暴力を奮われたんだから。



あいつ等からの仕打ちを思い出したのか猫が震え出した。

私はビールの缶をテーブルに置くと隣に座っている猫を抱き締める。



「……怖いし、寒いし、痛いし、このまま死んじゃうのかなって思った時に詩織に拾われて、暫くはあの女みたいに最後には酷い事をするんじゃないかってずっと警戒してた……」



猫が私の服をぎゅっと掴む。



「でも、詩織はそんな事無くて、寂しい時とか不安な時には何も言わなくても抱き締めてくれた」



抱き締められたままの猫が顔を上げて私を見詰める。



「俺は詩織から離れたくないけど……、こんな何も出来ない甘ったれのダメダメな俺の事を詩織は邪魔にならない?嫌いにならない?」



猫が不安そうに私を見詰めてくるのに、私は猫が可愛くてしょうがなかった。



このままもっと猫が私に依存してもっともっと可愛くなれば良いのに……。



案外、私ってば危ない性癖があったんだな。

まあ、猫限定だし誰にも迷惑掛けてないしね……多分。



「ねえ、猫。私はあんたを捨てる気はまったくないよ?むしろあんたが可愛くてしょうが無い。あんたが望むならこのままずっと私の猫でいればいい」



しっかりと猫の眼を見ながら言ってやる。



「もし……、俺が猫扱いはもう嫌だって言ったらどうする?詩織は俺がずっと猫のままでいた方が良い?」



猫が不安そうに聞いてくる。

何が不安なんだ?



「別に猫じゃなくてヒロキとしていたいならそうすれば良い。私は別に構わないよ?なんなら、ヒロキとして私のところに婿に来るか?あんた一人位食べさせていけるだけの稼ぎはあるよ」



笑いながら言ってやると、ヒロキがぎゅっと顔を私の胸に埋めた。



「……詩織の婿になりたい。だって、猫のままだったらこの先詩織に好きな人が出来ても我慢しないといけないもん。そんなの嫌だよ」



……そんな事で不安になってたのか!

なんだこの可愛い生き物!

猫だろうがヒロキだろうが離すはずがないだろうっ!

ホント、明日にでも婚姻届を貰ってきてやろうか!



上がりっぱなしのテンションのまま、猫……ヒロキのおでこにキスしてやる。



それだけで幸せそうに笑うとかなんだ!

私を悶え死にさせる気か!



「あ、そうだ。あの人の事どうしよ……」



色々と落ち着いたら思い出したのはあの女の事だったらしい。

私の腕の中でヒロキが首を傾げる。



「ヒロキの好きなようにして良いよ?個人的には絞めてやりたいけど、こればっかりはヒロキの気持ち次第だからね」



「俺は……もう、係わりたくないよ。ただ、俺みたいに怪我する人がこれからも出るのは嫌だ……」



しゅんとして話すヒロキの頭を撫でながら、希望を叶える方法を探す。



「……あの女なら、色々とやってそうだし、そっちから攻めてみるか」



明日辺り、朝から違う部署に顔を出す事になりそうだな。



「ねぇ、詩織。今日は何だか色々あり過ぎて疲れたよ……」



あいつ等の事は任せておけと言ったら、安心したヒロキは疲れが出たのか眠たくなってきたらしい。



「……ゆっくり寝な、傍に居るから」



「うん。傍に居てね……」



私に抱き締められたまま、ソファーで幸せそうに眠るヒロキに私も幸せを感じる。



……ずっと傍に居るから、一生可愛く甘え続けてね。



お読みいただき、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 面白くて何度も読んでしまいました♪ 二人のその後や、クソ女がどうなったか気になります。 有難う御座いましたm(__)m
[良い点] 独特の世界感があって良かったです! 私もこちらでお話を書かせて頂いていますが、なかなか独自の世界観を演出出来なくて苦労しています… これからも執筆活動をぜひ頑張ってください!
感想一覧
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