第二十四話
血統魔法、と呼ばれる魔法がある。
系統外魔法に属する魔法の一種で、その名の通りその一族の血を継いでいることで発現する魔法である。
この魔法は特定の一族にしか使えない分強力な魔法であり、普通の魔法では起こし得ないことも再現することが可能なため、基本的には王家に厳重に管理されることとなっている。
勇者たちが再び迷宮に入ろうとしている、前日。王城のとある一室でこの会議は行われていた。
「やはり、あの偽勇者は危険です!偽物の分際で、下手をしたら勇者を全滅させるほどの力を持っているなど……!」
「そうです、今すぐに排除すべきです!」
「しかも偽物は、あれでまだ固有スキルを使っていないそうなのですよ!?いずれ王家の脅威になるやもしれません!」
そう。この会議は、偽勇者と呼ばれる勇真を排除するか否かを決める会議であった。
この通り、大半の貴族は勇真を排除しようとしているのだが、基本的に温和な性格をしている王はまだ躊躇っていた。
例え偽勇者であろうと、召喚したのはこちらである。向こうの世界に返せるまでは、自分たちで面倒を見るのが筋なのではないか?と、ある意味当然の考えを、この貴族たちの中でほとんど唯一王だけは持っていた。
それゆえにどうするべきかの判断が未だに出来ていないわけなのだが……。
「どうするのですか、王!」
「排除しましょう!万が一王の身に何かあったら……!」
何が私の身に何かあったら、だ。貴様ら先ほどまで様子見をしていただろうに。
そんな事を考えながら、風見鶏連中の発言は聞き流す。
(それにあの勇者はフェシリアに気に入られておる……)
もしフェシリアに嫌われたら。
そんな事を考えると泣きそうになるくらいにはフェシリアを愛している王は、だからこそ悩んでいるのだった。
すると、今までずっと黙っていた王太子が口を挟んで来た。
「父上」
「なんだバカ息子」
「ぐっ!……私はあの偽勇者は排除する方に賛成です。あんなやつ、居たところで悪影響しかありません!」
バカ息子呼ばわりされ思わず呻いてしまうが、どうにかそれを堪えながらそう言った王太子に、思わず冷たい目を向ける王。
「お前たち全員に聞くが。勇者を全滅させるほどの力を持っている人間を、私たちがどうにか出来ると思っているのか?」
全員がわざと考えなかったことを言われ、思わずフリーズする。
それを鼻で笑いながら、王は続けた。
「それに、あの者は他の勇者とも仲が良い。そんな男を排除したら、他の勇者にも影響があると思うが?」
またしても正論だった。
確かにあの勇者は、何があっても助けてくれるくらいに仲が良い人間が少なくとも三人、つまり勇者の半数は勇真の味方である。それを無理矢理排除したらどうなるのか……少なくとも、王家にはもう協力してくれないであろうことは、想像に難くなかった。
しかし。いつの世も、悪知恵だけは働く人種というやつはどこにでも居るもので。
「一人だけ、明確に偽勇者を嫌っている勇者が居ることを、皆さんご存知ですよね?」
そう言ったのは、金髪オールバックで筋肉質な美形の男……ウェストロ侯爵、リアの婚約者の貴族だった。
この貴族が発言をしたことに思わず顔を顰める王と王太子だが、特に無礼を行ったというわけでもないので、渋々続きを促す。
「……西原とかいうやつだろう」
「ええ、その通りです。あいつに排除させれば特に問題は無いと思いませんか?」
ニヤリ、と。下卑た笑みを浮かべる侯爵に、思わず寒気を感じる王。
「だが、どうやってそれを実現する?それに万が一上手く行ったとしても、西原という勇者まで失ってしまうのではないか?」
「ええ、確かにあの勇者も失ってしまうかもしれませんが……偽勇者をのさばらせておくのとどっちが都合がいいですかね?」
その発言に思わず黙り込む一同。王は除くとしても、他の貴族たちにとって勇真が邪魔であることに変わりはないのだ。
偽勇者であるという事実もそうだが、それ以上に勇者のうちの二人から好かれているという事実が大変よろしくない。なんせ、その二人と結婚によって縁を結ぶことが出来ないのだから。
つまり勇真が排除されようとしている理由の大半は勇真が偽勇者であるという事実ではなく、勇者二人をフリーにするためなのだった。
そんな事を頭の片隅で考える王だったが、気がつくと会議が進んでいた。
「それでは、勇者様に偽勇者を殺してもらうということで、異議はありませんか?」
「ああ」
「うむ」
「なっ……!?」
いつの間にか、自分以外が皆賛成に回っていた。
これは一体どういうことなのか。疑問に思うも、とりあえず止めようとする王。
「お前たち、少し待て!まだ私は……」
「いいではないですか」
そう言って王の言葉を遮ったのは、王太子であった。
自分の言葉を、王太子が遮ることなど今までは一度もなかったため、思わず訝しむ王。
「どうしたのだ、ユーフォル。今はまず会議を止めねば……」
「止めなくても構いませんよ。なぜなら全員が賛成しているのですから」
その言葉を聞き思わず周りを見ると、なんと全員が頷いていた。
目から光が失われたその様子を見て、あまりの異常さに顔が青くなる。
「それでは、採決をとりましょう。聞くまでもないとは思いますが……反対の方は挙手を」
合わせて手を挙げる王だったが、やはり反対するのは王一人だけであった。
この会議は、立場身分関係無しに多数決で決議をとる。そのため、いくら王といえど、反対が一人ではどうにもならないのだった。
「賛成多数ですね。それでは今回の会議は終了です。お疲れ様でした」
最後にそう言って締めたウェストロ侯爵だったが、彼の醜く歪んだ顔を見る者は一人もいなかったため……その目が赤く輝いている事には、誰も気がつかないのだった。