新しき風 吹き抜ける世界(2) ~ 地上の侵攻と邪炎帝
「そういえば、せきはそんな二人組を見たりしなかったのか?」
「いやー、見てないですよ……いや、でもそういえば――」
川べりで昼寝をしていた時のことだそうだ。
温かい陽気と心地よい水の音で、いつものように岩の上で横になっていたところへ、
「地上を侵攻して……」
だとか、
「邪炎帝さまが……」
だとかいう会話を佐渡せきは聞いていたのだという。
「それを話していたのはどんな奴だったんだ!?」
これには流石に風切あやかも興奮して、佐渡せきの肩を掴んで聞いたものだったが、佐渡せきは俯きながら、
「いやー、さすがに昼寝をしていたので、気にも留めませんでしたよ」
「このバカががっ……!!」
風切あやかが思わず殴りつけそうになったのを寸でのところで堪えると、ほらやっぱり……!!と怒られることを覚悟していた佐渡せきは頭を抱えてうずくまってしまった。
こうなると流石の風切あやかも怒る気力が失せてきて、
「まぁ、一応は貴重な情報だな……一応はお前の手柄だよな」
深く深呼吸をして心を落ち着かせると、佐渡せきを見た。
「とりあえずお前の情報を整理してみると、だ」
謎の二人組と思しき人物は『地上の侵攻』と『邪炎帝さま』という、とても気になる言葉を発していたということである。これだけで決め付けることはできないが、
『地上の侵攻』
という言葉は只事ではないことである。
『地上』という表現から、相手は恐らく『地底』に棲んでいる者だろう。
地底に棲んで居る者ならば『地上の侵攻』を考えていても不思議ではない。
「……しかし問題なのは――」
それを企てて居る者が、
「何者なのか?」
ということである。
確かに地下世界には地上を侵攻できるほどの能力や超能力を持って居る者がいる。
邪炎獣を操っていたクァーシアやウェンシアもそうだったし、今は護山家と親睦を深めているナオキやサキももとは地上の征服を企んでいた地下世界の住人である。
だから地下世界の何者かが、今尚、地上の侵攻を企てていても不思議ではないのだ。
「でも、あやかさん。地底の人達は全員地上に出てきているんでしょう?
確かに、と風切あやかも頷いた。
地下世界で地上の侵攻を企てているものは、
「ほぼいない」
というのがあの時の話であった。そしてクァーシアやウェンシアに至っては『侵攻』というよりは『破滅』へ導こうとしていたのだ。
「一度、サキさんやナオキに話を聞いてみた方が良いんじゃないですか」
「そうだな。行ってみよう」
二人は火焔族の集落へと歩き出した。
火焔族の集落は護山家の役場より少し離れた場所にある。互いが互いに交流を持てるように、わざわざ近くへ作ったのだ。
「一応、俺たちは新参だからな」
大昔に地上を侵攻した『死霊』であった経緯から、自ら護山家の監視下に入ろうというナオキとサキの意思があった。
『死霊』であったあの戦いから果てしない時が流れ、『死霊』は『火焔族』となり、戦いを忘れていったのである。
「おっ、あやかじゃねぇか!?どうしたんだ?」
集落へとやってきた風切あやかをナオキが真っ先に出迎えた。
山陰奈落の一件でナオキは、
「非常な活躍をした……」
として山城 暁からその力の返還を許されたのだが、
「いや、俺はもうこのままでいいよ」
と自ら本来の力を取り戻すことを辞退し、力を失ったままの姿……地上のカラスの姿で生活しているのだった。
「もはや力をもって暴れまわることに価値を感じなくなったんだよ。つーか疲れる」
とナオキは苦笑を浮かべて話していたのだった。
「なるほどな。地上の侵攻、そんなことするやつか……そうだなぁ」
思いをめぐらせてはみるものの、中々に答えは出ないらしい。考えていることは風切あやかと一緒で、
「ま、ここにいるヤツが地下世界に居たヤツだからな」
ということであった。一応、サキを呼んで聞いてみても、
「そうですね。アイトスにいた火焔族は全員出てきてますから」
であった。
もしもそれ以外であるのなら、アイトスに棲んでいた火焔族以外の地底世界の住民ということになるのだろうが……
「あっ、そういえば……」
佐渡せきが手を打つと、
「邪炎帝がどうとも放していたんだけど、それについては何か知らないですか?」
「邪炎帝……」
ナオキもサキも黙ってしまった。どうやら心当たりはないらしい。
あの時、山陰奈落の事件での最後に『邪炎王ギラバーン』を名乗る怪物が出てきたそうであるが、
「アイツはバーン・アウトに溜まっていた邪念が結集したものだからな」
『邪炎帝』と呼ばれているものとは全くの別物である可能性が高い……とナオキは話していた。
「とはいえ、アイツのことは俺でもよく分かったものじゃない。最後は自爆したという話だが、実はまだ生きていて邪炎帝を名乗って、再度地上を侵攻しようとしている……なんてことがあるかもしれねぇな」
ということらしい。




