山陰奈落の変 の章(37) ~ 燃え行く地底 完
それを二人はじっとみつめていた。
「ぐっ、ぐおおおお!!」
ギラバーンの低いうなり声が大きく響いている。
その苦しそうな声からすれば、恐らくは深い傷を与えることができたのだろう。
しかし、それでいて二人は油断せずにギラバーンから目を離さないでいる。
「…………そうはさせぬ」
「なに?」
高山かなたが呟いた。
目の前に居るギラバーンは、まるで焼け落ちた家屋のように崩れ落ちており、身体を覆っている炎も、
「小さく……」
なってきているのだ。しかしそれでいて、
「こんなことに意味はない。我が滅することは我が消えることを意味してはいない……」
「なんだと?それはどういうことだ?」
「我の復活は始まりに過ぎぬ。本当の地獄はこれから……!!!!」
「なっ……!!」
そういった瞬間のことだった。高山かなたの前へ強い熱風が迫ってきたのだった。
「くっ……!!」
吹き飛ばされそうになりながらも、高山かなたはその場に踏みとどまると、
「水霊の姫、無事か?」
流 あさひの姿を探した。彼女は高山かなたの後ろへ膝をついていた。
「なんとか大丈夫です……けど、これは大変ですわ!この力は……」
バーン・アウトに近い。と流 あさひは思った。
いや、完全状態のバーン・アウトまではいかないだろうが、地上を吹き飛ばし、その地へ大きな爪あとを、
「いつまでもいつまでも……」
残すほどの威力はあるだろう。
ちなみに完全状態のバーン・アウトが発動した場合は、地上を吹き飛ばし、その周辺全てを焼き払い、未来永劫、その地域は、
「火炎地獄となってしまう……どうだい?素敵だろう?」
というのを流 あさひはクァーシアとウェンシアから聞いている。
そのバーン・アウトの力をギラバーンは解放しようとしているのだろう。
もともと完全状態になる前にバーン・アウトは止めた。それにエネルギーの持ち主であるギラバーンへは深い傷を与えている。
このことから察するに、今回の爆発の威力は、
「あんまり高くはならないはずです……だけど……」
流 あさひは顔を伏した。
彼女ならば多少なりともギラバーンの力を抑えることができるかもしれない。しかし、それは可能性があるだけで、彼女自身は、
(そんなことはできない……)
唇をかんでいる。
自信もなければ、それを行うだけの気持ちもない。
自分の成すべきことは、姉である流 ヒスイを、
「八霊山のトップに据える」
ことなのである。
だから流 あさひはそれを見届けなければならないし、そうするために、これからも行動をしていかなければならない。
(だから、私がここで終わってしまうわけには……)
いかないのだ。それが流 あさひの正直な気持ちにして、一番のところであったのだ。だが、そうした彼女の思いとは別に、この場へ近づいてくる一つの影があった。
「あさひ……か?」
「えっ……」
不意に声がした。流 あさひには聞き覚えのある懐かしい声だった。
「あなたは……水霊か?」
高山かなたが問いかけると、その人影は、
「いかにも、私は流 ヒスイ、邪悪で大きな力を感じて来てみれば……」
流 ヒスイが息を呑んだ。倒れ落ちたギラバーンは既に動く力を失っているものの、ギラバーンの持つ邪悪な炎はギラバーンの意思をもって大爆発を起こそうとしているのだ。
流 ヒスイの髪が熱風で流れ、その端正な顔立ちが一つの決意の色を浮かべた。
「すぐにここから外へ出るんだ。奴の爆発は私の力で食い止める」
「そんな、待ってください!お姉さま!!」
叫び声が流 ヒスイの声を遮った。流 あさひである。
「それだったら私がっ!!そして私がやったことをお姉さまがやったことにして!!」
「それはダメだ」
「何故でっ……!?」
そこまで言い出したところで、流 あさひの声が止まった。見てみれば、彼女の腹に流 ヒスイの拳が食い込んでいる。
「なんとかしてやりたかったが……時間がない。まだ、お前にはやらなければならないことがある」
その声を、意識が遠くなりながらも流 あさひはしかと聞いていた。
(そんなこと……そんなこと……私がやらなくてはいけないことって……!!)
それがいったい何であるのか今の彼女には分からなかった。
ただ姉である流 ヒスイが言うことなのだ。
(間違いじゃない……)
のである。
流 ヒスイはギラバーンの爆発を食い止めると話していた。それを流 ヒスイに任せてしまう、
(また私を見捨てるなんて……)
その悔しさが胸を締め付けたが、もはや流 あさひに考える力はなかった。
「君は護山家か?……いや、何者でもいい。彼女と外に居る者を連れて地上へ出るんだ」
「分かった。貴方はどうするんだ?」
私が……と流 ヒスイは呟こうとした。だが、目の前で眼を閉じている流 あさひの顔をみていると、
(私が奴を食い止める)
と口に出すことは出来なかったのだった。
言い方の問題ではある。しかし流 あさひをもう一度、
(一人にするような……)
発言はしたくはなかったのだ。流 ヒスイの目から、一つ水が流れると、
「私は後から外へ出る。だから、先へ行くんだ」
振り絞るような声で発し手を払った。
「……分かった。水霊の姫のためにも、無茶はしないでくれよ」
高山かなたは小さくそういうと、流 あさひを抱きかかえて、その場を走り去っていった。
熱風が頬を通り過ぎていく。大分ギラバーンからエネルギーがもれ出ているのだろう。先ほどよりもその熱さは、格段に高まっている。
「ギラバーン、永年に渡り、積み重なった邪念、そしてその力……簡単には消えるものではないだろうが……」
流 ヒスイが両手を前へ構え、そこへ精神を集中させる。
「お前を地上へ行かせる訳にはいかない。今一度、その力を封じて……!!」
青い閃光が流 ヒスイからひろがると、ギラバーンが発している炎を、そして熱気を段々と押さえ込んでいった。
――だが、その炎は完全には消えはしなかった。
(……私にできるのはここまでだ。後は地上の山神……山城、お前がケリを付けてくれれば……!!)




