山陰奈落の変 の章(36) ~ 風と水の連携
「なにかよく分からないが、別で変なのが出てきているみたいだな。水霊の姫」
「……私もこれについては分からないわ。クァーシアとウェンシアも、そんな話はまったくしていなかった」
高山かなたと流 あさひの目の前には赤々と輝く炎が集まり、一つの山へと形を成しつつある。
「炎が集まって、元の姿へ戻ろうとしているのか?ならば、それを待っている必要はないな」
高山かなたが炎の山へ向けて、大きく刀を振るった。
ぎらり、と高山かなたの大刀が鋭く光ると、そこから風の刃が発し、集まっている炎の山を、
「真っ二つに……」
引き裂いたものだった。しかし、
「うーん。やっぱり手ごたえナシだな」
高山かなたがうなった。炎は一時的に真っ二つになったものの、そこは元々形を持たない
『炎』
である。すぐに元へと戻ってしまうのであった。
「はるか様、あれは紛れもなく炎ですわ。ただし邪悪な念のこもった炎です。思念体……と言ったほうがいいかもしれませんわ」
「思念体か?」
言われてみれば、あれは普通の炎ではないように見える。それに、
「正しい……」
ものでもない。
炎でありながら、それはとても熱そうに燃え上がり、それでいて感じるのは暖かさではなく寒気なのだ。
揺れ動く炎はどこか、
「人の顔が浮かんでは消えていく……」
そのようにも見えるのだった。
「なるほど、あれはおぞましいもの……のような気がするな」
「いえ、おぞましいものですよ。アレは」
もくもくと立ちのぼる黒煙が、まるで衣のように炎を包んでいる。やがて、その大きな炎はまるで巨人のような姿へと変わり、
「全てを焼去する。世の全て、我々で満たす。我が発現、バーンアウトの意思……」
まるで怒号のような低い声と、それに伴って、熱く、そして力のこもった熱風が周囲へと広がった。
「くっ……!!」
「ふうっ……!!」
高山かなたと流 あさひは吹き飛ばされそうになりながらも、なんとかその場へ踏みとどまった。
「アイツ、相当ヤバいな……今までも色んなヤツとやりあったが、アイツは2番か3番目くらいにヤバい」
「…………ふん!!」
流 あさひが両手に持った翡翠刀を振った。すると翡翠刀から水氷の刃が発せられ、炎の巨人、先ほど名乗ったところによれば、
『邪炎王ギラバーン』
に向けて一直線に飛んでいった。
「へぇ、その刀はそういうこともできるのか」
「はるか様だって、さっき似たようなことをやっていたでしょう?」
「ん?あれと同じものだったのか」
「……だと思いますけども」
高山かなたが流 あさひの翡翠刀を目を輝かせている一方で、
「あー、やっぱりダメみたいですわ」
流 あさひの放った水氷の刃はギラバーンへ到達するだいぶ前で消滅してしまっていた。
「もともと火の相手は苦手なのです」
「ま、そりゃそうだよなぁ」
流 あさひはため息を一つ吐いた。火の相手は苦手とはいえ、普通の火……山火事程度ならば一瞬で消すことはできるのである。それは流 あさひの持つ水霊としての強力な能力によるものであり、それについては彼女も自信を持っているのだ。だから、あのギラバーンの炎に対しても、
(少しくらいは……)
効果があると思い、攻撃を試してみたものだったが、
「あれでは私一人の力では対抗するのは難しいでしょう」
という訳であった。ではどうしたものか……
実は二人には未だ奥の手が隠されている。それを使えば事態を打開することは、
「できるかもしれない……」
のだが、それはあくまで『最終手段』であり、今は互いが互いにそれを使うタイミングを見きわめているのだった。
「どうしましょうか?私達ではアレを倒すことはできませんよ?」
「水霊の姫は何か考えがあるみたいだな。どうなんだ?」
「それは最後の最後ですわ。大昔の戦いでも水霊が八霊山の危急へ駆けつけたのも、最後の最後のことでした。そこは今も昔も変わらないのですよ」
「んー、なるほどなー」
要するに自分の番がくるまでは戦いたくないらしい。流 あさひはこの期に及んでも笑顔を見せて答えていた。それに対して、高山かなたは別段腹が立つ思いはしていない。逆にそれはそれで、
「面白いのかもな……」
と思えてくる。高山かなたも他人の戦いを見るのが好きであった。
技術と心境、その境地が戦いを通して触れるのが堪らなく面白いのだ。
「それだったら、水霊の姫、私が楽しませてやるよ」
「なんでしょうか?というか、いつの間にか、私のことを『水霊の姫』って呼んでいますね」
「嫌なのか?」
「そう呼ばれていたのは久しぶりで慣れていないんです……ま、それは別に良いですよ。それでどうするんです?」
「弱点というのは、常に隠されているんだよ。つまり……」
「なるほど、それは面白いですね」
流 あさひは小さく笑みを浮かべて小さく頷くと、さっと高山かなたから距離をとり、両手に翡翠刀を構えた。
「…………!!」
そして、高山かなたもまた大刀を構えている。
「水霊の姫、すぐに後を頼むぞ」
「……分かりました、分かりましたわ」
高山かなたを中心に巻き起こった風陣が最高潮へ達すると、
「そうらっ!これが風竜剣だっ!!」
高山かなたが高く構えた刀を大きく前へと振り下ろすと、それと突風が巻き起こり、そしてそれが風の刃へと変わり、ギラバーンへ向けて駆けていく。
「風?風など効かぬ。逆に闇の炎を強くするのみ……」
突風を受けた炎が一時的に風に押されて小さくなった。ギラバーンの言うとおりならば、この後で炎は強さを増すのだろう。それは地上で起こる山火事や山に住む者が起こす炎でも同じである。
「確かにその通りだが、狙いはそこじゃない!水霊の姫っ!!」
「『分かってる』って、これ3回目ですよ?」
既に流 あさひは追撃の態勢を取っており、突風の巻き起こる先をじっと見つめている。
ギラバーンが纏っている黒煙が突風により流されていき、そこから見えてきたものへ――
「ふん、氷魚霊撃 ロークワン・トライ!!」
翡翠刀から発せられた氷の刃が、黒鉛から現われた黒い塊、
「あれがヤツの核だ!!」
つまり心臓部へと向けて飛んでいく。
「どうでしょうか?少しは力を入れてみましたけれども」
なるほど、先ほどのお試しでの攻撃とは異なり、ロークワン・トライというらしい氷の刃は、ギラバーンの熱気にも溶けることなく、
「…………ぐっ!!ぐおおおお!!!」
見事、核へと命中、一部を砕くことへと成功したのだった。




