山陰奈落の変 の章(35) ~ 動き出すもの
「大きな力が一つ消えた?」
「そうだな。これはあやか達が、あの邪炎霊を倒したってところか」
通路を二つの足音が、たんたんと進んでいく。
ヒット津は黒い髪をした長身の女性、もう一人は水色に流れる髪を肩まで流している可憐な少女である。
先ほどまでは、至る所に感じていた邪炎獣の気配も、この時から、
「ぱったりと……」
感じなくなっている。
「使い手が倒れたお陰で、その使い魔も力を失ったのでしょう」
と流 あさひは説明した。ちなみに、長身の女性へは自分のことを『流 ヒスイ』と伝えている。また長身の女性も自分のことを『高山はるか』と話しており、互いが互いに姉妹の名前を騙っているという、本当に、
「奇妙な状況」
になってしまっているが、本稿においては互いを呼んでいる場合以外は『本名』で通すことにする。
「じゃあ、こっちもバーンなんとかを止めれば一件落着だな。よーし、あやか達だけにはイイ格好をさせないからな!!」
高山かなたは一人張り切っている。一方で流 あさひはというと、
「そうですね。早く解決して、地上へ戻りたいですわ」
と小さく話していた。これは半分が建前で半分が本音である。
彼女の目的は一つに姉である流 ヒスイの救出があり、もう一つに地底の脱出がある。
もちろん、どちらにしても、バーンアウトは止めておかなければならない。その大前提を達成するための邪魔者である、
「あの灼熱バカコンビ」
たるクァーシアとウェンシアが倒れたのだから、流 あさひの目的は半分は達成したといってよいだろう。そして、出来れば目の前にいる難敵である『高山かなた』も始末しておきたいが、
(これは私には難しい……)
と思い極めているのだった。
そもそも力の差がありすぎる。そのうえで隙もない。
僅かでも殺気を見せれば、すぐにでも感知されてしまうだろう。だから、倒すことは既に諦めて、他の目的の達成へと、流 あさひは切り替えているのだった。
さて、そうしているうちに二人はバーンアウトの中心施設へ着いたようであった。
中はあっさりと空間が広がっており、その奥には大きな光る板が取り付けられており、なにやらごちゃごちゃと光を放っている。そしてその光の下には、様々な色のついた突起物がある。
「これをどうしたらよいのかしら……?」
流 あさひには、これらのことが全く分からない。こうした、
『未知なるもの』
のことなど、彼女は今まで全く知ってはいなかったのだ。
地上にいたときは、水の精を使役していた。姉の流 ヒスイが八霊山の実権を握るための方策を、
「次から次へ……」
考えることに終始して、とてもそれ以外のことなどについては、
「考える必要もなかった」
のだった。
「こんなことも分からないのか?水霊の姫」
目の前の物体に流 あさひが唖然としていると、不意に後ろから高山かなたがぐいっと身を乗り出した。
「なるほど、な。これくらいなら、私にもいじることができる」
「高山はるか様には、これのことをお分かりになるのですか?」
目の前の物体を操作している高山かなたを流 あさひは目を丸くしながら眺めていた。
「ああ、旅をしている時に、こういうキカイを使う種族、その街へ、出会ったことがあってさ。その時も、こうしたキカイをいいじっては事件を解決したことがあるんだよ」
「へ……へぇ、そうなのですか……」
やはり油断ならない相手、いや、自分ではとても太刀打ち出来る、
「相手ではない」
と流 あさひは改めて思ったものであった。そして、
(自分の知らないこと、知らないもの)
が外の世界には溢れている……ということを思い知った瞬間でもあったのだ。
「ふむ、これで止まるな。それ」
と最後の操作を終えると、ガラスのカバーに覆われていたレバーが現われた。
恐らくは、これを引けばバーンアウトは止まるのだろう。
他のボタンやスイッチと異なり、このレバーは目立つ上に一際大きなものだった。
「こいつがバーンアウトへエネルギーを流しているレバーだ。こいつを下げれば、エネルギーの流れは止まり、バーンアウトは止まるだろう」
高山かなたはそう説明すると、レバーへ手をかけた。そして、そのままレバーを下げた瞬間のことであった。
「我が復活を妨げるもの、貴様等、何者だ?」
どこからか低い声が響いてきた。
「なんだ!?クァーシアとウェンシアが戻ってきたのか?」
「いえ、あの二人はこんな声ではありませんし、様子も全く違います」
「じゃあ、あいつらのほかに何者かがいるのか?」
高山かなたと流 あさひはそれぞれ刀を構えた。
相手の姿は見えないものの、どこから聞こえる声とともに、強烈な殺気や威圧感が発せられるのを全身で感じられる。
「貴様等は地底の者ではないな?あの二人の邪炎霊を倒したのは貴様等か?」
太く低い声が問いかけている。
「そいつらをやったのは別動隊、私達の仲間のやったことだな。私達はバーンアウトを止めに来たんだよ」
「バーンアウト、それは我の仮の名。我が名は邪炎王ギラバーン、貴様等如きに止めることはできぬ」




