山陰奈落の変 の章(34) ~ 決着
「さすがはサキだ。その攻撃を受けていたら……少しは危なかったか、な」
すっとクァエン・クルルァが後ろへ飛び退く形で、肉薄したサキの拳を避けると、
「これはお返しだよ」
赤い目を鋭く光らせて、サキを地上へと吹き飛ばした。
「…………!!」
これは直接クァエン・クルルァが打撃を加えた訳ではない。例の障壁である。サキの拳を避けるとともにすれ違い様に障壁を発生させてサキを吹き飛ばしたのであった。
「ぎゃっ!!」
サキが低い声を上げて倒れた。ナオキは直撃で、
「四肢爆散……」
と言ったが、そこはさすがに歴戦の勇士である。風切あやかや佐渡せきとは身体の作りが全く違うのであった。
「ナオキさま、申し訳ありません……」
そう言い残して、気を失ってしまった。
「生きているだけで大したもんだよ」
ナオキはポツりと呟いた。
「いよいよ、動けるのは俺たちだけになっちまったな」
「とはいっても、私も殆ど動ける状態じゃないぞ……それにサキさんがダメだったんだ。私が出て行っても到底……?」
「到底……なんだ?」
「それを私に言わせるかよ。サキさんがダメだったんだ。私なんかで倒せる訳がないじゃないか!?せきの奴も動けなくなっちゃったし、もう私だけだぞ……!!」
「……それは違うな」
ナオキの赤い目が鋭く光った。まるで針のようなその目は、まっすぐに風切あやかの目を見つめている。それはまるで、
「針のような……」
鋭さでもって、風切あやかを見据えているのだが、不思議とその瞳は冷たさをもってはいない。
「お前には俺がいるだろ?お前は一人じゃない……お前の闇、それをずっと眺めていたが……」
「私の闇だって?」
「ああそうだ。オレには闇が見える。元は闇から出たもの……だったような気がするからな。だからお前の闇も見ることが出来るんだよ」
「…………今更な話だな」
「まぁ、そういうな。ともかくお前は一人じゃない。一人で居るつもりでも、お前の周りには、常に仲間が居るってこった。忘れるな。あいつも……サキのこともお前に頼まなけりゃいけない」
「どういうことだよ?」
「話している暇はない。あいつの倒し方、オレは分かった。サキのお陰でさ」
「それは本当か!?」
「間違いない!ただ決めるのはお前だからな。本当は……見つけたオレが決めたいところだがな」
ぱっとナオキは自分の羽を大きく振り上げると、
「いっ、てえ……!!」
思いっきり風切あやかを殴りつけたではないか。
「なっ、なにすんだよ!いきなり、いったいぞ。コレは」
まさにその通りであった。今のナオキは普通のカラス程度の大きさしかないが、今し方、風切あやかが受けた翼によるビンタは、まるで、
「人間サイズの相手にに張られたような……」
そのサイズからは信じられないような力を秘めていたのだった。
「オレが本当の姿でやってたら、あやかの首は吹っ飛んでるからな!?」
「分かった分かった!!」
今の一撃で、まるで目が覚めたような思いがする風切あやかであった。それだけではなく、不思議と身体の底から、
「力が……」
沸いてくるような思いがするのである。
「別にオレのビンタにそんな力はないからな?……ま、さっさといけや」
さっと風切あやかは立ち上がると、クァエン・クルルァと向かいあった。
「アイツの障壁はな。アイツが攻撃を出している間は展開されないんだよ」
「そういうことか。それなら!!」
風切あやか走り出した。まずはクァエン・クルルァの範囲攻撃を出させる必要があるからだ。
「…………残りは君一人なんだよ?サキも、君のツレも、もう動けない。君一人じゃないか」
笑いを含んだ声が、風切あやかの頭に直接響いている。
「諦めても良い。今なら、一緒に花火をみせてあげよう。特等席で……これは本当に特別待遇ってヤツ、さ。どうだい?悪くはないだろう?」
「…………」
クァエン・クルルァの言うとおり、諦めることが出来るならば、どれだけ楽なことだろう。しかし彼女の話す、
「花火」
は地上を……八霊山を吹き飛ばしてしまう危険なものなのだ。いや、『危険』では済まないだろう、そこは、
『破滅』
といった方が正しい。
風切あやかが護山家として護るべきものを『破滅』させてしまうものならば、
「諦めるわけには……いかないんだ!!」
クァエン・クルルァの声を遮るように、風切あやかは叫んだ。
ぐんぐんとクァエン・クルルァとの距離を狭めていく。
「ふっ。それが答えか……ナオキさま、貴方からも言ってやってくださいませんか?これ以上の抵抗は無駄だって」
「…………」
「諦めてしまえって、いや、もうキミは十分頑張った!って言った方が分かってくれるんじゃありませんか?」
「冗談じゃねえや」
キッとナオキはクァエン・クルルァを睨み返した。
体格だけなら、自分の8倍以上はある相手である。
「さすがにデカいがな。コイツは一人じゃないんだよ」
「………ああ、そうだ!」
「それなら、僕達だって二つの力が合わさっている。それでも君達よりは強大だ。どうだい?」
「でも今は一つだろ?それに……」
クァエン・クルルァへ駆け寄る風切あやかのもとへあの火花がチリチリと舞い降りてきている。
「こんなもの!!」
風切あやかは敢えてその中を突っ切っていった。
その火花の中を抜け出るのに、さほど時間は掛からなかった。
更に距離をつめると、後ろの方で爆発が起こった。
「後ろで爆炎が起こっている。攻撃するなら今だ!」
ナオキが叫ぶと、風切あやかは黒刀を構え、大きく飛んだ。
後方の爆風が風切あやかの背中を後押ししているらしい。もともと跳躍力のある護山家である。あっという間にクァエン・クルルァを眼前に捉えたものだった。
「これが私達の力だ!くらえっ!!」
力一杯に振るった一閃が、クァエン・クルルァの黒い角を砕き、吹き飛ばした。
「やったか……!!」
という声は出なかった。代わりに出たのは、
「…………なっ!!」
同時に起こった大爆発であった。これはクァエン・クルルァに戻った力……その障壁によるものだった。
どうやらクァエン・クルルァの黒い角を砕いた瞬間に、後方の爆発が収まり、障壁の力が戻ったらしい。




