山陰奈落の変 の章(33) ~ 赤い障壁
「ちっ……なんだ、アイツの攻撃は……!!」
風切あやかが見つめる先には、暗黒邪炎天馬 クァエン・クルルァがその赤い炎の翼を振るい、宙へと浮かんでいる。そしてその大きな翼を震わせると、
「くっ……」
羽から離れた火花がまるで雨のように降り注ぎ、そしてその周辺へ爆発が起こるのであった。
「フフフ、綺麗なものだろう?それ、もっと見せてあげるよ。特別サービス、さ」
ばっさばっさと大きく翼を震わせると、それだけ多くの火花が、風切あやかたちの居る地上へと舞い降りてくる。
「アレから離れろ!今のアイツの力はさっきまでとはダン違いだ!お前らの鎧でも無事じゃ済まないかもしれねぇ!!」
ナオキが叫ぶとともに、風切あやかとサキ、それに佐渡せきは舞い落ちる火花を避けるように走り出した。
そして熱風が起こった。
「ちいっ……!!」
ナオキが叫んだとおり、あの爆風は先ほどまでのウェンシアが操っていた炎とはまるで質が違うようであった。
まず炎の力が違うのだ。炎が熱いだけではなく、
「『力』をもっている……」
と風切あやかは感じた。
爆風がまるで熊に思いっきり殴りつけられたような……いや、例えるなら、
「大きな壁が迫ってきてそのままぶつけられた」
というべきだろうか。
ともかくも炎と爆風が、強い衝撃波となって、風切あやかへとぶつかってきているのだから、堪ったものではないのだ。
「もしも、あれを直撃していたら……」
「ひとたまりもない。四肢爆散、かもな」
「冗談じゃないな……!!」
風切あやかが唾を飲んだ。
「しかもそれだけじゃないな。見てみろ」
さっとナオキが羽を指した先にはクァエン・クルルァが浮かんでいる。
「どういうことだ?」
「分かんないか。そこに爆発で砕けた石があるだろう。ソイツをアイツへ投げてみろよ」
風切あやかは言われるままに、石を拾うと、
「ちぃっ!!」
と力をこめて投げたものだった。
「…………!!!!」
クァエン・クルルァはその場を動かずに向かってくる石を見つめていた。このままいけば、石はクァエン・クルルァの顔面には当たるだろう。
「勿論、その程度で傷を追うことはないだろうが……見てろよ」
「――なにっ!!」
なんと石が砕けてしまったのだった。クァエン・クルルァに当たる前……いや、そのかなり前の時点で、石は砕けていた。
「どういうことだ!?」
「ふっ、見ての通りですよ。僕たちは炎の障壁をまとっている。近づくものは、この障壁に弾かれて燃え尽きてしまう……といったところさ。これでさっきのような不意打ちは通用しない」
「ご解説、ありがとうございます…・・・といったところだ」
「それだと手も出せないじゃないか。どうする?」
「あやかさん、あやかさん」
サキが風切あやかのもとへと駆け寄ってきた。
「私があの二人へ攻撃をします」
「どうやって?」
「私はあやかさんやせきさんと比べて身体が丈夫ですから、あの程度の攻撃ではある程度はビクともしません。だから、お二方でなんとか攻撃を引き付けて貰って、隙をついて私が勝負を決めます」
「そっ、そんな……」
佐渡せきは声を上げたが、だからといって他にクァエン・クルルァへ有効な打撃を与える方法は思いつかない。
「ナオキも何か別に良い方法は思いつかないのか?」
「…………難しいな」
クァエン・クルルァの操る攻撃は簡単に言えば『範囲攻撃』である。『範囲攻撃』は攻撃ポイントさえ押さえれば、
「対処は難しくない」
のだが、問題はこれだけでなく、クァエン・クルルァが自身を守るために障壁をはっていることにある。
「アイツの攻撃を見切って本体を攻撃するなら簡単だが、障壁の方は破るのには『強い力』がいる……それを持っているのはサキだけだ」
地底龍の鎧の強度を試した時のことである。あの時の火焔堂を全体を揺るがせた怪力による一撃ならば、
「アイツの障壁を壊して、本体へダメージを与えることができるかもしれねェ!!」
ということなのだった。
「やるしかないか」
「あやかさん。どうか、お気になさらずに」
小さく笑うと、サキはその場を離れ、クァエン・クルルァへと向かっていった。
「ようやく作戦会議も終わったみたいだね。待ちくたびれたよ」
クァエン・クルルァは身体を伸ばすように翼を立てると、向かってくる先へ向けて火花を発射した。
それを回り込む形で回避すると、
「せき、アイツの攻撃を引き付けるぞ!!」
風切あやかと佐渡せきはサキの後を追った。先ほどの攻撃の位置は既に掴めている。それを避ける様にして、二手に分かれると、
「これでもくらえっ!!」
石を拾い上げて、クァエン・クルルァへと投げつけた。
「ふんっ、そんなのは効かないって、さっき見せてあげたでしょう?」
クァエン・クルルァの赤い目が、投げつけられた二つの石を同時に見据えると、
「…………やっぱりダメか!!」
やはりクァエン・クルルァへ届くかなり前の部分で砕け散ってしまったのだった。
「攻撃ってのはこうしてやるものだよ?」
バサバサと翼を振るわせると、風切あやかと佐渡せきの周りへ火花が降りてきた。
「くっ……!!」
こうなれば駆け抜ける余裕はない。先ほどまでの状況を見るに、ここから爆発が起こるまでは1秒も猶予はないのだ。
二人は必死の思いでその場を飛び出した。
「ちっ……」
身体を投げ出した二人が、更に爆風に押され、壁へと叩きつけられた。
(ぐっ、これは洒落にならないな。サキさんがやらなかったら、もうダメかもしれない……)
実際に、風切あやかの意識はこの時に消えそうになっていし、佐渡せきに至っては気を失ってしまっていた。しかし、それでも風切あやかだけは辛うじて意識を保っていられたのは、
「おい、あやか!しっかりしろ!!」
と耳元で呼びかけているナオキのお陰であった。
「いや、かなり厳しいぞ。今のは大分効いた……ぐっ、サキさんはどうなった?」
手で目元に付いた砂埃をこすりながら、風切あやかは宙へ浮かぶ大きな影……クァエン・クルルァへと目をやった。
サキを探すよりも、サキが攻撃するはずのクァエン・クルルァへ目をやる方が、
「一目瞭然……」
なのである。
見てみると丁度サキがクァエン・クルルァへ殴りかかるところであった。
その距離は先ほど石が砕けた位置……つまりは障壁が発生していた距離よりも遥かに近い。もう当たる寸前のところまで来ていると言っていいだろう。
「やったか……!!」
そう思ったのもつかの間のことだった。




