山陰奈落の変 の章(31) ~ 暗黒邪炎天馬 クァエン・クルルァ
黒い炎がクァーシアとウェンシア、それに3体の邪炎獣を包んだ。
「いったい何が起こっているんだ?」
とても状況は分からない。
ただ状況を整理して考えてみると、ウェンシアが風切あやかの攻撃を受けて傷を受けたことで、
「クァーシアと彼女が操る3体の邪炎獣が救援にやってきた……」
ところまでは分かるであろう。問題はそこからである。
「ナオキ、分かるか?」
「……分からねェ、だが、奴等の異様な力とその気配は……」
「ビリビリと感じますね。私もこのような感覚は始めてですわ」
サキが険しい顔をしてウェンシア達と包んでいる黒い炎の渦を見つめている。
「ナオキが分からなくて、サキさんも感じたことのない感覚なんて、とてもヤバいんじゃないですか……!?」
佐渡せきが震え声を上げている。
それはもっとものことだろう。今まで感じたことのない強大な『何か』が今、目の前にあるのだ。
冷たい汗が背中を流れた。
「――あれは……!!」
程なくして炎の渦に変化が現われたのだ。渦は少しずつ小さくなっていき、その中から、
「翼か……?」
渦から赤々とした羽のようなものが突き出ているのが見えてきたのだった。
羽といっても鳥が持つような羽……もとい翼ではなく、それよりももっと大きい、
「あれは龍が持つような翼ですわ……」
なのである。
そんな翼に驚いているうちに、その翼の持ち主が、ついに渦の中から姿を現したのだった。
「――これは馬か……!!」
全身に燃え盛る炎を纏った馬……いや、馬というには背中には大きな炎の翼を持ち、そして頭部には一本の大きな角が立っている。
風切あやかも地上では馬を見ることがある。
護山家では遠くへ出かけるときなどに、馬を利用して移動をすることがある。そのため、馬自体は地上では珍しい動物ではないのだ。ちなみに風切あやかは乗馬はまったく出来ない。
どういう訳か馬の方が風切あやかを警戒してしまうので、載せたところで動かないばかりか、
「うわわっ!!このやろうっ!!」
どうしても振り落とされてしまうのだった。
そうした話はさておき……
目の前に現われたのは炎の馬であった。
大きさは余り大きいとはいえない。どちらかといえば子馬に近いだろう。身長160cmある風切あやかでも乗れそうである大きさである。
ただとてもじゃないが、その背中に乗せては貰えそうにはない。
今でこそ攻撃の意思を見せてはいないものの、その強烈な存在感と威圧感は、
「――あんなナリをしていて、こんなにも……!!」
まるで燃え盛る炎、その煌々と輝く赤がぐんぐんと燃え広がり、
「やがて大きな怪物……」
となるような雰囲気を、その小さい体躯に宿しているのだった。
「ま、こんなもんだね。僕たち自体があまり大きくはないからね」
炎の馬が一つ息を吐きつつ呟いた。
「これが暗黒石の力か?」
「そうですわ。ナオキさま、貴方が持っていた特殊な力……朝の6時に能力が大幅に増幅する能力に近いもの」
「もちろん僕達にはそんな能力は身についてはいない。だけど、この暗黒石の力に……」
「私と私の邪炎獣……」
「そして僕の力が合わされば、このように……」
炎の馬が小さく構え、そして赤い翼を振わせると、
「くっ……!!」
炎の壁……いや、熱風が巻き起こり、風切あやか達へと襲い掛かったではないか。
「ちっ、これは……!!」
炎の馬は軽く翼を振るわせただけなのにかかわらず、その翼が巻き起こした熱風は、
「まるで砂嵐に当たっているかのように……」
びしびしと身体へ衝撃を与えているのである。
「あやか、大丈夫か?」
熱風を避けるため、とっさに風切あやかの肩から離れていたナオキが、戻ってきた。
「あっ……ああ。でも、結構痛かった。この鎧は強いけれど、アイツの攻撃はそれ以上みたいだ」
「俺は生身だからな。幾分かはお前らと比べても大丈夫だけど、それでも焼き鳥はあるかもしれねェ」
「ナオキの焼き鳥は不味そうだ」
「言ってる場合かよ」
風切やかは炎の馬へと向かい直った。
同じくしてサキや佐渡せきも風切あやかのもとへと駆けつけてきた。
「あやかさん、ナオキさま、大丈夫ですか?」
「いってて、かなり痛かったよぅ」
「……ふふ、皆様、お揃いのようだね」
風切あやかのもとへ集まった一同を、炎の馬の赤い目が覗いている。
「自己紹介が遅れましたわ。私達……」
「僕達……」
「この姿はクァエン・クルルァというんだ。どうぞ、以後お見知りおきを……」




