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カゼキリ風来帖  作者: ソネダ
カゼキリ風来帖(5) ~ 天の道の章
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カゼキリ風来帖(5) ~ 天の道の章(4)

 軽々と風を切りながら、天道そらは山道を駆けて行った。夕闇で辺りは薄暗く見通しは悪い。しかし、それを

 「なんの障害もないように……」

 走り抜けていくのだ。

 柿留しょうはぐんぐんと移り変わっていく景色を見ながら、または顔に当る触れながら、

 (そらさんの背中、あったかいなぁ)

 天道そらの背中の温もりを感じていたのだった。

 未だ脚の痛みは少し響いて痛いものだが、その温もりを感じていると不思議と忘れてしまう。

 (ああ、暖かい。それに優しいな)

 きゅっと右腕に力が入った。天道そらが笑った。

 「はは、こうしていると、うりゅう姉さんのことを思い出すな」

 「うりゅう、姉さん?」

 柿留しょうはぽかんとした顔で天道そらを見た。もっとも天道そらに背負われている今では、見えても天道そらの後頭部だけである。それでも、お互いに声は聞こえているので話はできる。

 (うりゅう姉さん……?聞いたことのない名前だ)

 役目のこと剣術のこと、今日まで天道そらから多くのことを話し、聞いてきた柿留しょうであったが、その名前は聞いたことはない。いや、今になって思えば、天道そらは自分に関することは殆ど柿留しょうに話してはいなかった。

 (そらさんも色々あるんだ)

 護山家の役目上、どうしても口に出すことの出来ないことはある。それはいつも身近に居る高山はるか、風切あやかもそうであった。少し歯がゆさを感じることも時にはあったが、

 (はるかさんやあやかさんも大変なんだ……)

 そう理解している柿留しょうであったから、特に触れることも追求することもしなかった。

 だから、天道そらのことも気にしないでいた。これだけ傍にいながら、

 「天道そらのことを知ることの出来ないし、知ってもいない……」

 違和感を感じてはいたが、

 (僕はそらさんが好きなんだ。傍にいるだけでそれで嬉しい)

 そう割り切っていた。



  「ああ、私の一つ上の姉さんだよ。とても強かった」

 「強かった……?」

 天道そらの声は小さかった。風を切る音や道を蹴り進む音の方が大きかったかもしれない。

 それだけでなく、さっきまでよりも、

 (景色の移り変わりが遅くなった)

 ように柿留しょうは感じられた。天道そらは続けた。

 「もう随分前に死んでしまったんだ。姉さんなのにさ、私よりも背が低くて軽いんだ。その癖、剣術には一生懸命。人一倍熱が入っていてね。とても勝てなかったさ」

 あっ……と、柿留しょうは声を詰まらせた。

 聞いては……聞き返してはいけなかった、と思い、胸が鉛のようにずんと重くなった。息も苦しくなった。

 しかし、天道そらは更に続けて、

 「あの時、浪霊をやった時の剣術。しょうが格好良かったって言ってくれた剣術」

 「あっ、はい!」

 「あれはね。うりゅう姉さんが得意としていた剣術なんだ。私のはそれに少し我流が入っているんだけど」

 「そうなんですか……」

 「そのうりゅう姉さんの剣術も、何て言ったかな、くろとり……なんとかって師から教わったんだって、その時は、私は剣術は未だだったけど、見ていて感動したよ。きっと、しょうが感じていたものとあの時の私が感じていたものは同じなんだろうね、ははは」

 すっかりと日は暮れて、辺りはもう何も見えないくらいに暗い。声だけが柿留しょうと天道そらの間を行き交っている中で、不意に木々の間から光が差し込んだ。

 「月の光」

 一瞬、それも後ろからであったが、柿留しょうには天道そらの顔が見えた。

 「……そらさん……」

 「なんだい?」

 柿留しょうは言い掛けたが、それ以上は出なかった。自分でも何を言おうとしていたのか今ではもう分からない。その一瞬だけ思ったことは、

 「一瞬の内に……」

 頭から飛んでしまっていたのだ。

 「なんでもないです」

 「はは、変なしょうだな」

 

 気付けば柿留しょうの小屋の前に着いていた。どれくらいの間、天道そらに背負われていたのか……それは柿留しょうには分からない。

 (半日くらいに思えたし、もしかしたらあっという間だったかもしれない)

 とにかく不思議な気持ちであった。

 「それじゃあ、私は行くよ。この後で行かなければいけない場所があるのでね」

 「ああっ、はい!頑張って下さい!」

 思わず「お役目ですか?」と聞いてしまいそうになったが、さっきまでのこともある、

 (変なことを聞いてそらさんの気を……)

 悪くしたくはない。のだった。

 「おお、ありがとう」

 それだけ言うと風が吹いた。もう天道そらの姿はどこにも見えない。

 「そらさん、いつも忙しそうだなぁ。一体何の役目をしているのだろう」

 自分の行っている書類整理、それに高山はるかや風切あやかの護山家の役目。そのいずれも天道そらのように、

 「いつも颯爽と……」

 何処かへ去ってしまうほどに忙しいものではないのだ。

 まだまだ護山家の役目にも自分の知らない部分があるのだろうか……と考えながら、柿留しょうは小屋へ入っていった。そして着替えをして布団の用意をするとすぐにそこへ横たわった。

 「あっ、そういえば」

 柿留しょうは脚を見た。いつの間にか痛みを感じなくなっていたことに気がついたのだ。

 「ちょっとまだ傷も残ってるけど、きれいに治ってきてる」

 これが天道そらが話していた<水霊さま>の薬の力なのだろうか。

 「水霊さま……」

 水霊さまといえば、蒼水れいや川岸みなもなどの水の精の頂点といわれる存在で、山神さまと双璧を成しているほどに八霊山では崇められている。そして、その水霊さまに教わったという薬を天道そらは持っている。

 (もしかしたら、そらさんは水霊さまに関する役目を持っているのかもしれない)

 そう考えたが、

 「まぁ、僕には難しいことだな」

 そこで柿留しょうは目を閉じた。

 水霊さまがどうといっても、自分には関係のないことである。

 ただ自分は天道そらに憧れていて、

 「そらさんに近づきたい。ずっと一緒にいたい」と思い、

 「いつかはそらさんみたいに強く、格好良く……」

 強い気持ちを抱いている。

 (僕にはそれで……)

 それで十分なんだ、と想いながら柿留しょうは眠りについた。

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