山陰奈落の変 の章(30) ~ 攻略!カゲロウ分身
「作戦会議は済んだかな?久しぶりの運動だったから、ついつい遊んでしまったよ……いやいや、君もずいぶん可愛いさ、えーと名前はなんていったかな」
「…………」
ウェンシアは途方もない余裕を見せている。いかにしても自分は傷一つ負うことはない。
「倒れることはないだろう」
という自信に満ち溢れているようであった。
そういった態度が、風切あやかには堪らなく不愉快であった。だから名前を聞かれても、黙って、じっとウェンシアを睨みつけていた。だが、
「風切あやかだよ。コイツは俺も気に入っているんだよ。悪いが、まだ死なせるわけにもお前達にくれてやる訳にもいかなくてな」
「おっ、おい。いきなり何を言っているんだ!!」
まったくの不意を突かれた風切あやかである。それがよりによって味方であるはずのナオキによるものなのだから、流石の風切あやかも虚を突かれたといっていい。しかし、その一方で、
「武器を投げろ……それで……」
とナオキが小声で呟いた。顔を赤くしていた風切あやかがはっとして我に返ると、
「そうか、風切あやか というんだね。いつまでも相手をしていたいけど、そろそろクァーシアのを助けに――」
そうウェンシアが話を終えるよりも前に、黒いものがウェンシアの目の前へ、すぐに迫ってきていた。
「むっ……!!」
ウェンシアが驚いた表情を浮かべてたのも一瞬のことだった。その黒いものはウェンシアの頭部を突き抜けて、そのまま部屋の奥へと転がっていったのだった。
それだけではない。朱鷺を同じくして、もう一つの『黒いもの』がもう一方のウェンシアを襲っている。
「ケッ、コイツで……!!!!」
「くっ……」
『黒いもの』が持つ鋭い爪がウェンシアの首を一気に切り裂いた……はずであったが、
「コイツも分身か……!!」
『黒いもの』……もといナオキが悔しそうな声を上げると、
「おい、あやか!残りの奴が本物だ!思いっきりやっちまえ!!」
大きな怒声を発し合図をした。
「やああああ!!」
それに応えるように、風切あやかは残るウェンシアへ駆け寄り、
「くらえいっ!!」
渾身の力をもってウェンシアの顔面を殴りつけたのだった。
「くうっ……」
こればかりは本物であったのだろう。他の2体のカゲロウ分身のウェンシアと異なり、風切あやかが殴りつけたウェンシアは、煙となって消え去ることなく、そのまま殴られるままに後方へ吹っ飛んでいった。
(感触あり!それにしても思ったより遠くへ吹っ飛んだな)
風切あやかは渾身の力を持ってウェンシアを殴りつけたとはいえ、その吹っ飛び方はまるで、
「小石を投げたかのように……」
軽く飛んでいったのであった。
――しかし、それが逆に仇となったか……。
勿論、すかさずに追い討ちをかけようとそれを追った風切あやかであったが、思った以上に吹き飛んでしまったために、
「くっ、追いつけない!!」
という事態になってしまっていた。
後方へ飛び、地面に叩きつけられていたウェンシアは、風切あやかが走り寄るよりも前に前身を起こし、態勢を立て直そうとしていたのだった。
こうなってしまうと下手に近寄れば、かえって反撃を受けかねない。
風切あやかは追い討ちをかけるのを中止し、後ろへ飛び退いた。
「よくやった……といいたいが、狙うなら首だろ?あの吹っ飛びようじゃそれだけで倒せてたぜ」
「護山家じゃ首狙いの体術はやってないんだよ」
「そうか?お前ができないだけじゃないのか。山城のやつなら確実にやってたと思うぞ……ついでに、アイツの場合は、首を落としたうえで全身の急所を打てるだけ撃ってる」
「まさか……」
風切あやかは苦笑していたが、護山家のトップであり、次期山神である山城 暁ならば、
(それくらいのことはやるかもしれない……)
と思えなくはないのだった。
ちなみに首を落とした上で更に打撃を加えるのは頭を切り離しても、それでも尚、動き続ける生物が存在するためである。
風切あやかが着けている地底龍もその手の生物であり、仮に首を切り離しても(もっとも身体の頑丈さゆえ、首を切り離すことは非常に難しい)残った胴体は暫くは、
「暴れ続ける」
といった非常な生命力としぶとさを持つのである。
また前章で登場した巨大蟷螂の水銀などは、首を落としても暫くは動き続ける類の生物であるが、それ以上に戦闘能力は大きく落ちてしまうために、追撃を必要とするものではない。
さて……
さっと起き上がったウェンシアが、
「はぁ……」
タキシードに付いた埃を手で払いながら、大きく一つため息を吐き、
「……少し遊びが過ぎたようだ。クァーシアにみっともないところを見せてしまったよ」
そう呟いたところで、
「あやかさん、大丈夫ですか!?」
サキと佐渡せきが駆け寄ってきた。
「大丈夫だけど、邪炎獣の相手はいいのか?」
「ああ、サキさんが殆ど相手をしてくれて、私はそのサポートをしていたけれど……変なところで邪炎獣が攻撃をやめて、クァーシアのもとへ戻っていってしまったんだよ」
「……なるほどな」
佐渡せきの話すとおり、先ほどまでサキと佐渡せきが相手をしていた3体の黒い邪炎獣が、いつの間にやらウェンシアを取り巻くように構えている。そしてその背後には、
「ふふ、一人で頑張りすぎでしょう?ウェンシア」
クァーシアが不敵な笑みを浮かべながら佇んでいる。
「ゴメンゴメン。君にいいところを見せられるのも久しぶりだからって……ついつい頑張ってしまったのさ」
そんなウェンシアへクァーシアは歩み寄ると、すっくとウェンシアはクァーシアを抱き上げて、
「ここからは二人の戦いだよ。僕たちの力をナオキさま達に見せてあげようじゃないか」
そうして唇を合わせたのだった。




