山陰奈落の変 の章(26) ~ 地底龍の鎧
いよいよ出陣の時が来た。
地上の世界では朝の8時ごろであろうか……しかし地底世界のアイトスには太陽の光は届かない。
従って、地上と同じように時間を計る訳にはいかないのだ。
それならばどのように時間を取っているのかというと、
「気温とマグマの温度、それに炎の輝きで分かるのですよ」
ということらしい。
「なるほどなぁ……」
佐渡せきがイマイチ理解できていないという風に頷いては返事をした。
風切あやかもそこのとこは良くは分からないが、
「地下には地下の世界があるのだろうな……」
無理やりに納得することにしていた。
さて……
出陣するに至って、風切あやかと佐渡せきには戦闘用の装備が用意されたのだった。
「む……これは……」
思わず風切あやかが驚きの声をあげた。
それは鎧であった。赤色に輝く、力強い鎧である。
その赤色が非常に強く、まるで煌々と輝くマグマがそのまま鎧に張り付いているような……
「おっ、こいつは上物だぞ、あやか」
風切あやかの肩の上からナオキが声を上げた。
「はい。地底龍の皮と鱗を用いて作った鎧です。鎧の強度は勿論、非常に熱に強いためですね……このように――」
そういった直後、サキが拳を振りかぶり力一杯、地底龍の鎧を殴りつけたではないか。
「…………くっ、なんだ!!」
火焔堂が揺れている。
風切あやかにはサキが鎧を、
「力をこめて一発……」
殴りつけたように見えたものだった。
到底、風切あやかのような人間では殴りつけたところでびくともしないのが関の山であろう。
「だがな、こいつは鬼のサキだぜ。このブン殴りで数多の反逆者を更正させて従わせてきた……こんなの地上じゃお目にかかれねぇだろ?」
「あっ……ああ、見たことはないな」
あまりのことに風切あやかも佐渡せきも呆然としてしまい、面と向かってサキを見ることができなくなってしまったのだった。
特に佐渡せきに至っては、ただただサキの一撃に耐えた鎧……の一方でボロボロに崩れてしまっている火焔堂の床へ、
「…………はは」
乾いた笑いを投げかける他はなかった。
「そうそう。熱耐性も見ておきますか?外にこの辺りで一番熱いマグマのホットスポットがあるんですよ。そこへ落としてみましょうか」
サキが笑いながらに話している。
その表情はとてもこれから戦場へ、
「赴く者……」
には見えない。またそういう表情でもなかった。
(いや……)
もしかしたら戦うことに慣れてしまっているからこその余裕なのかもしれない。
「まぁ、どちらにしても口だけではこの鎧の強さは分からないでしょう……ヨミ、ちょっと来てくださいな」
「ひええっ、えっ……わ、私ですか!?」
部屋の隅で様子を眺めていたヨミが不意に声を上げた。
どうやらサキ達の出陣において自分はもう役目を終えていると思っていたらしい。
(あとはサキ様達を送り出したら、経過を記録しておくだけ……)
なのであった。
しかし、サキにとってヨミへの役目はまだあったらしい。そしてヨミは少なからず、その用件が分かってはいた。
「いやー、でも熱いんですよ?私はサキ様や他の方々と違って、そういうことには、とても向いてはいないので……」
「ふむ、では耐熱性の検証は諦めましょう。その代わりに対衝撃の検証を行います」
「えっ……」
ヨミの表情が強張った。
「そっちの方が痛いですって!というか、対衝撃のテストなら先ほどやったでしょう!?サキ様の渾身の打撃にも耐えました!それで十分でしょう!!」
高い声を上げて泣き声を上げているヨミである。そんな彼女の様子を見て、風切あやかは、
(まるではるかさまと私のようだ……)
自分のことながら思っていた。ああいった風に高山はるかは自分をからかっていたものだったのだ。
そしてもう一つ感じるものがあった。それは、
(それとなく、気持ちが軽くなったように感じるな)
このことであった。
二人の掛け合いは、まるでふざけあっているようにも見えるのだ。そしてそれが傍から見ると、
「意外と面白い……」
のかもしれない。真面目な風切あやかにとっては、高山はるかからからかわれることは、
(そんなことをしている場合ではない)
どうにも与えられた役目の方へ集中してしまい、気持ちをほぐすどころではなくなってしまうのであった。
「あやかももう少し、肩の力を抜いてくれても良いのですけれどね……」
と高山はるかは何度か親友である白井しゅうこ先生へ漏らしていたことがあったものだった。
勿論、そんなことは風切あやかは知らない。
さて……
結局、外のホットスポットへ鎧を落としてみることで耐熱性の検証をすることとなった。
サキの話すとおり、地底龍の鎧はマグマの中に浸かろうとも、傷やコゲの一つも付かなかった。
そしてもう一つの検証として、地底龍の鎧を着けたヨミをそのままホットスポットへ蹴り落とすという検証も行われた。
「あやかさん達には、こちらに協力して頂くのですから、この鎧の能力は納得できるまで見て頂かねばいけません」
とサキは語気を強くして話していたものだった。
またホットスポットへ落とされたヨミは、その灼熱にも関わらず全くの無傷であった。無傷であったが、
「……ショックで気絶してしまっていますね」
以後は、バーンアウトの戦いが終わるまで目を覚ますことはなかったのであった。




