山陰奈落の変 の章(20) ~ そして戦いへ…
「なるほど、コイツはヤバいな……これだけの勢力は俺達が地上に侵攻をかけた時と同等かそれ以上だぜ……」
ナオキが苦笑を浮かべている。
風切あやかも佐渡せきも、さすがに相手のスケールが大きすぎて口を出すことができずにいる。
「サキさま」
なんとか風切あやかが声を出すと、
「あの邪炎獣、そしてクァーシアとウェンシアに対抗する手段は持っているのですか?」
そのことである。
「…………」
それに対して、サキは少しの間、沈黙を保った後で、
「明確な対応策はありません」
きっぱりといったものだった。
「そ、そんな……!!」
風切あやかは俯いてしまった。あの映像を見る限りでは、とても自分達の力では対抗できそうにないのだ。
「対応策があるとすれば……」
「全面戦争だな?」
ナオキがため息を吐きながら言った。
「そうなってしまいますね。元々は地底世界の問題です。時代に取り残された過去の遺物は、私達の手で決着をつけなければなりません。ですが……」
地底都市アイトスとしては出来れば取りたくはない手段ではある。
もともと火焔族は『争いごと』と決別し平穏を望んで変化を遂げた種族なのである。
それが今になって、灼炎兵器 バーンアウトの奪還をかけて、全面戦争を行うなど、
「非常に難しい……」
ことなのであった。
だが、戦わなければならない。
サキは苦心の末、昔からのアイトスの中心人物、それに戦闘参加者を募り、突貫ではあるが戦争の準備をしてきたものであった。
「それなら私達も、山城さまにかけあって、バーンアウトの奪還を……!!」
人数を出すことなら八霊山の護山家でも出来るだろう。地上と地底では大昔の戦いにおいて確執はあるだろう。しかし、状況が状況である。風切あやかが山城 暁に報告し協力を仰げば、きっと山城 暁ならば快諾してくれるだろう。
「あやかさん、でしたね。お気持ちは嬉しいのですが、残念ながら地上とかけあっている時間はないのです」
灼炎兵器 バーンアウトは既に起動されているというのだった。
「地上に温暖化現象が現われたというのは、既にバーンアウトによる大爆発まで時間がない……ということなのです」
クァーシアとウェンシアは大量の邪炎獣を使い、灼炎兵器 バーンアウトを占領したすぐ後に、
「バーンアウトを起動させた」
のであった。
それは二人が地底都市アイトスと交渉するつもりがないことを示しているし、地底世界と地上世界がどうなっても、
「構いはしない……私達だけの世界が欲しい。それだけ、さ」
というメッセージを含んでいるのである。
そのためバーンアウトを占領してからは一言のメッセージも出してはいない。
ただ奪還を阻止するため、大量の邪炎獣を警備に出している。
そしてクァーシアとウェンシアはただ地上からの使者を自ら襲撃しているのである。
サキが襲撃を受けた高山かなたの話を聞いたところ、
「恐らくは地上からの思わぬ増援を恐れているのでしょう。クァーシアとウェンシアは邪炎霊とはいえ、未だ『死霊』に属しています。過去に退けられた記憶が未だ、トラウマとして残っているのでしょう」
とはいえ、地上世界からの増援を得られたとしても、それで戦いが有利になる訳ではない。
クァーシアとウェンシアは『死霊』に属している。『死霊』に属しているということは、
「地上世界、八霊山の護山家では戦うことは難しい」
のである。
勿論、護山家の全てが全て、『死霊』と戦うことを弱点をとしている訳ではない。
ナオキと戦った山城 暁のように、一部のものは地底世界の『死霊』と十分に戦うことができるであろう。
「だけど、護山家で山城さまみたいに強い人は、そんなにいないんじゃないか……?」
佐渡せきが不安そうに呟いた。佐渡せき自体、護山家に身を置いていた期間は短いものだ。
そんな佐渡せきから見ても、八霊山で剣術や武術に秀でたものは殆ど見たことがないのである。
実際にはその通りで、護山家のなかで『死霊』相手に十分に戦えるものといえば、十人いるかいないかであろう。
ともかくもクァーシアとウェンシアは地上の戦力を恐れてはいるものの、いざ味方とつけて戦うには、
「やはり心もとありません……」
というのがサキ達、地底都市アイトスの考えであった。
「こうなってしまった以上、すぐにでも灼炎兵器 バーンアウトを奪還しなければいけません」
既に攻撃の準備はできている。あとは奪還作戦を開始するだけだとサキは話している。
……ならば、風切あやか達はどうするべきなのだろうか?
そのことを風切あやかはずっと考えていたものだった。
確かにバーンアウトでの戦いに自分達が役立つことは難しいであろう。しかし、だからといって、このままサキ達に全てを任せていて良いものなのだろうか?
もしもサキ達がバーンアウトの奪還に失敗すれば、八霊山は大爆発を起こし、火炎地獄と化してしまうだろう。
その火炎地獄では地上に住むものは勿論、地底に住む火焔族も跡形もなく消し飛んでしまう。つまり、
「全ての終わり……」
といって間違いではないのだ。それならば、
「サキさま……」
「はい、なんでしょうか?」
「私も、そのバーンアウト奪還作戦に参加させては貰えませんでしょうか?」
「…………」
サキが沈黙した。その表情にはなんともいえない複雑な色が浮かんでいる。
はっきり言えば、サキはそれを歓迎してはいないのだろう。自分達の問題に地上を巻き込みたくはない……というのがサキ達地底世界の考えなのである。しかしその一方で、
「よっし!あやか、良く言ったぞ!」
と歓迎しているものが二人いた。
一人はナオキである。ナオキは風切あやかと接するにつれて、どこか彼女を気に入ってきていたようだった。
「それでこそ俺が見込んだヤツだぜ!」
とまで話している。そしてもう一人が、
「そうだそうだ!私もその作戦に参加するからな。当然、あやかも一緒に参加するんだよ」
そう声を上げているのは高山かなたであった。
先のウェンシアとの戦いによる負傷など、まるでなかったかのように、ベッドの上で跳ねている。
「ちょっと!あなたは大怪我をしているんです。そんなに暴れては……いや、それよりも、ナオキさまがそう言うなら……」
かつてサキは、ナオキを主として地底世界を取り仕切っていたものだった。多くの荒ぶる『死霊』達を束ねるため、武力に暴力、恐怖を利用して、二人は地底世界を纏め上げていったものだった。
それだけに二人の信頼関係には、
「ただならないもの……」
があるのだった。そして、その頃の想いは未だに離れてはいないらしい。
(サキも相変わらずだな)
ナオキの言葉には素直に従ってしまうのだ。
「では、あやかさんとせきさん……でしたよね?お二人には、バーンアウト奪還作戦のお手伝いをして頂きたく思います」
「えっ、私もですか!?」
自分の立場上、余計な口を挟むことなく、事態を静観していた(もっとも、静観している場合ではないのだが)佐渡せきは思わず自分の名前が出たことに驚きの声を上げた。
「えっ?参加されないのですか?」
何故かサキの方が疑問の表情を浮かべている。
どういう具合かは分からないが、佐渡せきは風切あやかの部下と思われているようだ。
部下である以上は、上役とセットで考えられてしまうのだろう。
そして蒼水れいに至っては、特に何も言われてはいない。
「それじゃ、私は一旦地上へ戻らせてもらうよ。ここまでのことを山城さまに話しておくとするよ」
蒼水れい自体は戦闘能力はほぼ持ってはいない。かつて戦争では地底世界の『死霊』を掃討していった水の精であり、『死霊』であるクァーシアとウェンシア、それにクァーシアの操る邪炎獣を相手にするならば、非常な
戦果が期待できる……のだが、かつての『死霊』である火焔族が戦闘意欲を持たなくなり、それに伴い戦闘能力を失ったのと同様に、水の精もまた戦いには向かないのだ。
「そうだな。山城さまへ連絡を頼む」
ということになった。




