山陰奈落の変 の章(19) ~ 奪われたバーンアウト
それは無数の傷であった。
大きいものから小さいものまで大小様々な傷がその細い身体に残っているのである。
「…………」
風切あやかの身体にも少なからず、戦闘による傷は残っているものの、
(これは全く比になるものじゃない……)
息を飲むばかりであった。
「これは昔の傷ですよ。昔のアイトスは血の気の多い人達が多かったものでして……力でモノ捻じ伏せ、相手を黙らせなければならない場面が多かったのですよ」
「そ、そうなんですか……」
それにしてもその傷には圧巻であった。日頃から多少の戦闘経験のある風切あやかならば、その傷を見ることは出来るだろうが、あまり戦闘経験のない佐渡せきに至っては、
「ひっ、ひぃ~」
目を覆ってしまっている。こうした部分は先ほどの話に出てきたヨミと同様らしい。
もっともヨミは佐渡せきと違って、全く戦闘を行うことはできない。日頃、行っていることといえば、書類整理やサキの身の回りの世話といった具合で、八霊山 護山家に居た柿留しょうに近いといえば分かりやすいだろう。
ちなみに蒼水れいについては、それを好奇の目で眺めていた。
水の精は戦闘とは無縁であるだけに、身体の傷というものが非常に珍しいのかもしれない。
「とはいえ、今はもう争いなどは殆どありませんよ。だから、私の傷も昔から増えてはいません」
サキは小さく笑いながら話していた。
「なるほど……」
そう言われれば、ここに来るまでに地底世界の民……火焔族は穏やかに生活を送っているように風切あやかには見えていた。
もしも争いに満ち溢れているならば、辺りから殺気がこぼれているだろう。それにあれだけ綺麗な街並みは維持できまい。
こうした部分は地上世界、八霊山でも同様であり、血の気の多い動物や外からの侵入者があるものならば、
「山は争いにより荒れ果ててしまう」
のである。
「しかし……」
サキが目を落として呟いた。その表情には暗いものが浮いているのが眼鏡の上からでも見ることができた。
「…………」
その様子をナオキが苦々しげに眺めていた。あれだけの傷を身体に残しているサキが、思わず、表情を暗くしてしまうような問題があるのだろう。
「サキ、本題に入れよ」
「……はい。ナオキさま」
先は顔を上げると、部屋の隅にある大きな机へと案内した。それは会議を行うものらしく、横に大きく、そして八つの椅子が置かれているのだった。
「せっかく地上からはるばると来てくださったのに、ゆっくりと歓迎を行うことができず申し訳ありません」
席に着いたサキがまずは頭を下げた。
「今、我々は大きな問題を抱えているのです」
「大きな問題?それは地上が暖かくなっているのと関係しているのでしょうか?」
「そうですね。この問題が地上に影響を与えているとすれば、地上の温暖化があるでしょう」
そう言うと、サキはヨミへ指示して一つの資料を机へ並べた。
そこには地底世界の地図となにかの図面のようなものが描かれている。
「これは……?」
「灼炎兵器 バーンアウトとその周辺の地図になります」
「しゃ、灼炎兵器 バーンアウト?」
風切あやかと佐渡せきが顔を見合わせた。とても聞いたことのない響きである。したがって、それがどういったものであるかさえ、彼女達には見当がつかないのであった。
「サキ、そいつはまさか……」
「はい。かつて地上世界へ侵攻をかけた死霊達の遺物です。地上制圧に失敗した死霊達は、地上への復讐のために八霊山全体を吹き飛ばすほどの大爆発をこの地底から引き起こしてやろう……というのが目的でした」
「それはとんでもないな」
八霊山全体を内側から吹き飛ばす……などということはとても風切あやかには考えられないことであった。
「勿論、そうしたことはアイトスにおいても問題になりまして、バーンアウトを使用するかしないかは、いつまでもいつまでも議論されていたのでした」
「俺が封印された後でそんなことがあったのか……」
ナオキが思い起こしてみれば、地上との戦争中にもそういった話は何度か上がっていたものだった。しかし、その度に、
「俺達はなんのために地上に戦いを挑んだんだよ?……暴れるためだろうが!!」
そう叫んではそういった意見を持つ死霊を黙らせてきたものだった。そのときにはサキもまた怒りをあらわにして、
「そんなものを使わなければ私達が勝てないとでも?」
サキの場合は怒号だけでなくコブシもでる。凄まじい衝撃と音を立てて、壁を殴りつけるのだから、意見を立てるほうは堪らない。
「そっ、そうでありました……ははは」
そうして逃げ帰ったものは数え切れない。
「はい。そしてここからが問題なのですが、先日のこと……」
サキの話に寄れば、その灼炎兵器 バーンアウトが何者かによって襲撃され占領されてしまったというのだ。
「…………マジなのか。それ」
「申し訳ありませんが、マジなのです……ナオキさま」
更に話したところによると、襲撃したのは強力な邪炎獣だったそうな。
何者か……とサキは話したが、ナオキにとっては、その襲撃犯の正体には既に決まっており、
「それでクァーシアとウェンシアなんだな?」
「はい……」
もともと邪炎霊であるクァーシアとウェンシアは、地底世界においてはそこまで危険視はされていなかった。
というのも、クァーシアとウェンシアの二人は地底世界の死霊が、闘争心と争いを捨てて火焔族となったにも拘わらず、種族としては旧体制の種族『死霊』と変わってはいないのである。
つまり、地底世界は変化を遂げていながらも、邪炎霊であるクァーシアとウェンシアは大昔の地上と戦争をしていた種族『死霊』のまま、現代に生きているのだ。
だから二人には仲間がいない。
仲間がいないということは地底においては全くの勢力を築けていないということであり、即ち、
「監視さえしていれば危険度は少ない」
とサキは判断していたし、火焔族全体もそう見ていたものだったのだ。
にも拘わらず、灼炎兵器 バーンアウトへ押しかけたのは大量の邪炎獣であった。
邪炎獣を操るのはクァーシアである。
しかし、クァーシアの作り出す邪炎獣には数に限界があり、しかも数が多くなれば多くなるほど、一体一体の持つ力は小さくなっていくのである。
灼炎兵器 バーンアウトを占領するにはクァーシアの能力では、
「とても無理でしょう」
というのがサキの考えであった。
とはいえ、ものがものであるだけに、万が一のことも想定し、警備は重々に行っていたものだった。
「ですが……」
サキが表情を曇らせた。
「灼炎兵器 バーンアウトを襲撃した邪炎獣はその数大量……しかも、一体一体が非常に強く、今までのクァーシアを考えると、まるで別人のようなものでした……」
そう言うと、サキは手元にある装置のボタンを押した。すると、正面の壁に映像が現われた。
「……!!コイツはっ……!!!!」
ナオキの目が大きく見開かれた。風切あやかになた、その映像を見て思わず、冷たい汗が流れたものだった。
「これが今の灼炎兵器 バーンアウト周辺の状況です」
サキが紹介したその映像は、まるで火の海だった。
……いや、火の海ではない。燃えたぎる炎を纏った邪炎獣が施設を警備しているのだ。そして、その身体の炎が、
「まるで火の海のように……」
連なり、一つの炎として燃え上がっているのだった。




