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カゼキリ風来帖  作者: ソネダ
カゼキリ風来帖(8) ~ 山陰奈落の変 の章
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山陰奈落の変 の章(18) ~ 再会

 「サキ様、地上の方々をお連れしました」

 「ヨミ、どうぞ入りなさい。そしてようこそ地上の方々」

 大きな扉の向こうから高い声が聞こえたものだった。

 (この先に現在の地底世界、アイトスの指導者がいるのか……)

 風切あやかが息を呑んだ。

 永い間、地下世界と地上世界は交流を経っていたのだ。いや、それどころではない、大昔には地上世界を賭けた戦争を繰り広げているのだ。

 そうした世界の住人と地上世界の一人に過ぎない自分が、こうして、

 「その長い歴史の間に立とうとしている……」

 というのはとてつもなく大きなことなのではないか。

 「こうした場合、山城様を通した方が良かったんじゃないか?」

 「わ、私もそう思いますけど、成り行きでこうなっちゃったんだから、仕方がないんじゃないんですか?あやかさん」

 風切あやかと佐渡せきが小さく話をしていた。それを聞いていたナオキが、

 「いや、これは間違っちゃいないよ」

 と二人を見て言った。

 (コイツが言うのは納得できない……が、なってしまったものは仕方ない、か)

 どうにも納得せざるを得ない状況なのだった。

 さて……

 大きな扉が開くと、その先には一人の女性ともう一人、

 「お、あやかじゃないか、ヤッホー!」

 と元気良く叫ぶ人物がベッドの上で横になっていたではないか。

 「げっ、かなた様……!!」

 風切あやかが信じられないようなものを見るような目で、その人物……高山かなたを見た。

 とすると、その高山かなたを看病するようにベッドの傍に腰をかけている女性が、

 (地底世界アイトスの指導者、サキ……)

 ということになる。

 眼鏡をかけた知的な雰囲気がしており、その腕と脚、そして身体はとても細い。長い着物を着ていてもその細さが窺えてしまうのだから、先ほど、ヨミと呼ばれた黒いローブの人物が、

 「ご飯も食べなくなってしまい、すっかり痩せ細ってしまった」

 と話していたのも、

 (あながち間違いではないのか……)

 風切あやかは思ったのだった。

 「おいおい、元気だったか?私がいなくてもちゃんと護山家の仕事は出来ていたか?」

 ベッドから身を乗り出して、高山かなたが風切あやかへ問いかけている。

 「ま、まぁ……しっかりやっていますよ?」

 「そうだろそうだろ!そうなるように私が仕込んだんだ。大怪我しても死なないように、とかさ」

 「……そうでしたね。確かに死にませんでしたよ、はい」

 なるほど、高山かなたは風切あやかの師に当たるだけに、そういったことはお見通しらしい。

 「だろだろ!……痛つ」

 「そんなに動いてはいけませんよ。貴方の怪我も普通の者であったら死んでいる怪我です」

 サキがそう話すと、風切あやかは、はっとして高山かなたを見たものだった。

 高山かなたは八霊山でも随一の実力を持っている。それが昔の話とはいえ、その実力は衰えてはいないことだろう。

 その高山かなたが怪我を負わされるとは、

 (これはただごとではない……)

 ということになる。

 「あの邪炎霊……えーと、クァーシアだっけ?」

 「クァーシアは髪の長い方です。貴方が戦った髪の短い方はウェンシアです」

 「そうそう。ウェンシアのヤツは私が必ずやっつけるんだよ」

 高山かなたが腕を宙に振っている。その様子を見て、風切あやかは、

 (……やはり昔から変わっていないようだ)

 と胸の内で苦笑を浮かべていたものだった。

 こうした話もある。

 昔のこと、高山かなたが八霊山に現われた巨大怪鳥ディートを退治したときがあった。

 ディートは八霊山上空を縄張りとしてしまい、近づく鳥達を片っ端から襲撃していたのだった。それだけではない。空中から地上に獲物を見定めると、

 「クァッー!!」

 と金きり声を発して襲撃するのだ。この声を聞くととても頭に響くため、その場から動けなくなってしまうのだ。

 動けなくなると、勿論、襲撃の的になってしまう。そうした狩りの習性、必勝パターンを持っているだけに、

 「どうしたものか……」

 八霊山の護山達は一様に頭を悩ませたものだったが、

 「私がアイツを落としてやるよ!」

 威勢の良い声を発して、まず飛び出していったのが高山かなたであった。そして次に出て行ったのが妹の高山はるかである。

 ……もっとも、この頃の高山はるかは、もっぱら無茶をする高山かなたのサポート役であり、この時も、

 「どうでしたか?何か収穫はありましたか」

 金きり声にやられて倒れている高山かなたを役場まで担いで行ったものであった。

 風切あやかもその時のことはよく覚えている。

 もっともその時は風切あやかも未だ剣や山道での身体の扱いに慣れていなかったため、飛び出す高山かなたを見送ることしかできなかったのだが、そのときのことは良く覚えているのだった。

 (あの時もこのように大怪我を負ったうえで、腕を振って悔しがっていたものだった……)

 それを思い起こせば、高山かなたはきっとあの時のように、

 「強大な相手を倒すことだろう」

 と思われるのだった。

 「紹介が遅れました。私はこの地底都市アイトスの指導者になっている、サキと申します」

 赤に黒色を貴重とした着物を小さく振るわせながら、サキが丁寧に頭を下げた。

 綺麗な長く黒い髪もまた流れるように垂れている。

 「こ、こちらこそ初めまして。私は護山家の風切あやかと言います」

 「お、同じく、護山家の佐渡せき、です」

 「私は水の精、蒼水れいだよ」

 風切あやかと佐渡せきは非常に緊張した面持ちで答えたものだった。それに対して蒼水れいは落ち着いている。

 大まかに言えば、蒼水れいは風切あやかや佐渡せきと違って、八霊山(護山家)と地底世界に対して政治的な確執や意識は持ち合わせてはいない。

 そんな蒼水れいに対して、風切あやかと佐渡せきは現状では、

 「八霊山……その護山家の代表」

 といったような立場で、目の前にいる地底世界の指導者サキと対峙しているのだ。

 そのことを二人は忘れてはいない。もっとも、それよりも地底世界のトップであるサキと会うことに対して、二人は緊張してしまっていたのだが……。

 「そんなに緊張なさらないでください。別に私達はあなた方を利用して地上世界と交渉するつもりはありません」

 「そっ、そうですか。どうも……」

 「ですが、あなた方の協力を仰がなければならないのです」

 急にサキが顔を伏した。ナオキが黄色い目で彼女を見ると、はっとして、顔を上げた。

 (どうも事態は簡単じゃねェようだな)

 ナオキにはそのことが十分に分かっていた。

 「問題なのはアイツらだろ?サキ」

 「えっ、ああっ……ナオキさま……」

 サキがナオキの声を聞くと、その両目に涙が浮かんだものであった。

 「おいおい、泣くなよ?昔のお前は『爆炎の武道鬼』とかで、血も涙もないようなヤツだって恐れられていただろ?」

 「そんなのは……昔の話です……」

 「お前の身体、着物で隠れているけど、中は昔のままなんだろ?おい、あやか」

 「なんだよ」

 「お前、コイツの身体を見て『細い』とか思っただろ?」

 小さく笑いながら、ナオキがそう言うものだから、風切あやかは閉口して、

 「むむ……まぁ、細いのは見れば分かるだろう?」

 「甘いな」

 「何だって!?」

 これはナオキから振られた話だ。なので風切あやかにとっては、サキが、

 「細かろうが太かろうが……」

 どうだって良い話なのである。しかし、それを『甘い』と言いつつ、意地悪そうに笑っているナオキの様子は一体何なのだろうか?

 「どういうことだよ。甘いってさ」

 「だから甘いんだよ。お前、サキを見た目で判断しだだろ?コイツ、脱ぐと凄いんだぜ?」

 「すっ……凄いって、それこそなんだよ!?そういうことをするために私達は……!!」

 突然、ナオキがそういった話をしだしたのだ。これには思わず風切あやかは顔を赤くして捲くし立てた。

 ナオキが本当にそういった話をしていたのなら、風切あやかが怒るのも無理はない話だが……

 「はっはっは、バッカでー!何を勘違いしているんだって」

 「な、バカだって……!!」

 「そうだよ。おい、サキ、コイツにアレを見せてやれよ」

 「…………」

 サキが苦笑を浮かべてナオキを見ていた。それでもナオキの意図を察したようで、着物の上を下ろした時だった。

 「こ、これは……」

 「すっ、すごい」

 「ひえぇ……」

 風切あやか、佐渡せき、蒼水れいの三人が息を呑んだ。

 扉の前に控えている、ヨミもまた強張った顔でそれを見つめていた。

 ……ちなみにヨミだけはこれを今までに3度は見たことがある。それは、いずれも着替えを見てしまったときであったが、

 「…………ひいっ!!!!」

 思わずその場を逃げ出したくなるような想いに囚われてしまったものだった。

 しかもそれでいて体が動かないのである。夢中……いや、どうにかしてその場から逃げることが頭の中を支配して、

 「はぁっ……はぁっ……」

 その場から逃げ出していたものだったのだ。

 別段、サキは着替えを見られたことを怒りもしないし、咎めもしないし、気にしてもいない。

 なのにヨミがその場を逃げ出したくなってしまうようなもの……それがサキの身体にあるとしたら、一体なんなのであろうか。

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