山陰奈落の変 の章(16) ~ 遭遇
風切あやか達が邪炎獣を倒してからは、特に邪炎獣の襲撃はなかった。
なかったけれども、何処からか自分達を、
「見ているような……」
感覚だけは絶えず感じていたものだった。
しかしそれは邪炎獣によるものではないようだ。邪炎獣は実体を持たないため、どうしても独特の気配を発してしまうらしい。
その気配を先ほどの戦いで風切あやかはひしひしと感じていたものだったのだ。
そして、そういった気配を、
「今は感じていない」
のだ。
代わりにあるのは、ただ自分達を監視しているような見られているような感覚なのだ。
この監視者達は実体を持ち、動いている。
「うーん、なんだかなぁ」
時折、佐渡せきがその視線に違和感を感じて、その主を探してみるものの、
「…………」
気配は動き、去っていくのである。
「なんなんだよ……まったく……」
佐渡せきは訴えかけるような目でナオキを見た。
地底世界出身のナオキならば、この視線の正体が掴めるかもしれない……そう思ったのだ。
「……いや、分からないな」
「本当かよ」
「ま、気配からして地底の連中なのは間違いはない。ついでに言うと、クァーシアとウェンシアの手のものでもないな」
「というのは?」
「クァーシアやウェンシアは、ほぼ自分達以外と組むことはない。この世界は自分達だけ存在すれば良い!……っていうのがあいつらの第一の考えで、周囲のものはよっぽどのことでもない限り、利用しない」
「……ホントに、そのクァーシアやウェンシアとかいう奴等はヤバいみたいだね」
「ああ、まったく……」
ナオキがため息を吐いた。
ナオキにとって、クァーシアとウェンシアとの付き合いは、大昔から続いているのだ。
いくら周囲を必要としないクァーシアとウェンシアの二人でも、自分達よりも強い存在は必要としていたのである。
その強い存在を利用して、自分達の目的を果たそうとしていたのだ。
「あいつらのつまらない目的に利用されるのはシャクだったが、当時は、あいつらの他にも地上世界へ飛び出して行こうとする死霊が多かったからな……」
半ば仕方なく、半ば本気で、あの時のナオキは地上へと出て行ったのであった。
「それが回りまわって、こうなるんだから分からないもんだな。地上の連中と地底世界を歩いているとは、な」
ナオキが小さく笑った。風切あやかも苦笑して、
「私たちがこうして地底を歩けるのもお前のお陰……なんだな」
「ナオキの術がなかったら、地底の熱さにやられて探索どころじゃないからね」
「……そういって貰えると嬉しいぜ」
風切あやか達、地上の者は地底世界の熱には到底耐えられるものではなかった。
それが地底と地上の境界になっているといえばそうなのかもしれない。
地上が地底へ干渉してこなかったのもそのせいなのであった。
さて……
そうして進んできたところで、
「……お待ちください」
と風切あやか達の前へ一つの人影が現れたではないか。
「なんだお前は?」
腰元の刀へ手をやりながら、風切あやかが問いかけた。
目の前に立ちはだかるように出た人影は一つ、身体全体を黒いローブで覆っていて、どういった人物かはまるで見当がつかない。
「いえ、私は怪しい者ではありません。ただ、皆さんをアイトスへ案内するよう、サキ様に言われて来たものでして……」
「サキだって?」
その名前にナオキが反応した。
「はい。サキ様はあなた方よりも先にこの地底へやってきた『地上の方』が負傷していまして……その方を診ている関係で、私を使いに出したのです」
「私達よりも先に来ている……というのはかなたちゃんのことかな」
なるほど、風切あやか達が地底へ向けて出発する以前に、地底へと向かったのは高山かなたなのだから、
(まず、コイツの話していることに矛盾点はなさそうだな……)
ということになる。それよりも、
(サキ……というのはどういった人物なのだろうか?)
このことである。
ナオキがこの名前に反応をしていた以上、ナオキの知る人物であることに間違いはなさそうだが……
「ナオキ、サキってのはどんな奴なの?そのー、鬼みたいな恐ろしい人だったりするの?」
佐渡せきが恐る恐るナオキに聞いた。一応、佐渡せきはナオキの元の姿を短い時間ながら見ている。それは本当に短い間のことだったのだが、それだけにナオキの元の姿が、
「邪悪そのもの……」
のように頭に残っているものだった。しかも、それは考えようによって、どのようにも変化するのだ。
そういうこともあり、ナオキが知る『サキ』という人物も、
「まるで実体を持った悪霊のような……」
恐ろしい存在であるように思えるのだろう。
「ああ、まぁ、怖くはないハズだぞ。俺の補佐役で俺の言うことはよく聞いてくれた良い奴だよ」
「そうですね。サキ様もナオキ様のことをとても心配していました。私が居なければどんなに無茶なことをしてしまうのか……と眠れない日々が何十年と続いたそうです」
「な、何十っ……?」
思わず風切あやかが声をあげた。
「おまけにご飯も食べなくなってしまってですね……すっかり痩せ細ってしまったんですよ」
「む……結構サキに苦労をかけたんだな」
「着いたらまず謝ってください。というのがアイトスに住む全ての火焔族の願いです」
「…………」
それを聞くなりナオキは黙り込んでしまった。
彼女なりにも何か思うことがあるのだろう。風切あやかの肩の上で俯いてしまっている。
「あ、あのー」
佐渡せきが黒いローブの人物へ声を掛けた。
「なんでしょうか?」
「私達はこれから、そのー、サキっていう人に会うのでしょうか?」
「そうですね……あ、でも、来客者……あなた方の意思は尊重してくださいって言ってました」
「つまり?」
「サキさまは会いたがっていますが、地上の……ええと護山家……でしたっけ?護山家の方々と私達には大昔の戦争からの軋轢があります。なので、もしかしたら会うことを望まないかもしれない、ということです」
「なるほど……」
確かにその言い分は十分に理解できた。
風切あやかや佐渡せき、それに蒼水れいなどは大昔の地底世界と地上の戦争については全く関係を持ってはいない。
しかし、風切あやか達の背景にある『八霊山』と『護山家』からすれば、必ずしも地底世界と関係を持つことが、
「良いこと……」
とは言えないのである。
「でも、その私達より先に行ったかなたちゃんは、既にそっちの……火焔族と接触しちゃってるんでしょ?」
「む、それもそうだな……」
既に地底へやってきた人物が高山かなたであるとは言えないが、少なくとも、黒いローブの人物は、
『地上の方』
と言っているのである。それならば、風切あやか達が地底世界と接触しようがしまいが、既に関係を持ってしまっていることになる。
そして、それだけではない。地上から来た人物を看護して貰っているとあっては、
(このままにしておく訳にもいかないな……)
なのである。
風切あやか達には、今の地底世界をまとめているサキの元上司のナオキがいる。
今のところはナオキは裏切る様子を見せてはいないし、むしろ共通の敵であるクァーシアとウェンシアに向けて、協力関係を気づき上げているようだった。
……どちらにしても、アイトスに居る地上人、恐らくは高山かなたを助けないことには先には進まないだろう。
(なるように……やるしかないか……)
今の状況に不安と期待を抱きながら、風切あやかは佐渡せき、蒼水れいと共に、黒いローブの人物の後へとついていった。
そんな風切あやかの耳元で、
「お前は何も心配はするな。俺が悪いようにはしない」
小さくナオキが呟いた。




