山陰奈落の変 の章(14) ~ 炎の獣
「なっ、なんだよこれは!!」
佐渡せきが泣き声を発した。風切あやかもその燃え盛る獣の姿に眼を見張るばかりである。
「あー、あれは……」
蒼水れいだけは、それとなく納得したように頷いていた。
「炎の精?かなにかの分身、または使い魔……だね」
「おっ、分かるのか。さすがは水の精といったところだな」
「ちょっと待て!冷静に分析をしていないで、分かるところを教えてくれ!!」
今のところ、出現している炎の獣は2匹であった。
丁度、相手ができるのは風切あやかと佐渡せきである。従って、
「せき、そっちの1匹を引きつけておいてくれ!」
「ええっ!ちょっとぉ!!」
1匹ずつ相手をすることとなった。とはいえ、相手をするにも具合が分からない。
炎の獣が飛び掛る隙を突いて、
「それっ!!」
と風切あやかが黒刀で炎の獣へ一閃を食らわせてみるも、
「ヒュラウウウ!!」
炎の獣の身体をすり抜けてしまうのだ。
炎は獣の形を成しているだけで、本体自体は実体を持ってはいないらしい。ただ、
「頭の部分と前足と後ろ足についた爪の部分……」
そこだけは岩石のような物体がそれぞれ頭部と爪を成している。
「ならばこれなら!!」
さすがに風切あやかならば、その炎の獣の頭部を攻撃することができた。
飛びかかるところを寸ででかわし、反撃として頭に黒刀を打ち込んだのだった
「ググググァ……」
炎の獣が低くうなり声を上げている。
「これは効いたか?」
頭部を成していた岩石が砕けて、炎の獣が頭を垂れている。
「ダメだな。効いてないぜ」
「いや、それじゃあダメだよ」
「なんだって……?」
ナオキと蒼水れいが同時にそれを言うと、炎の獣は答えるように、頭を上げ、
「ルオォォォラァァ」
高く咆哮を発した。すると、
「……何……!?」
壊れた頭部が炎に包まれたかと思うと、
「な、直った!?」
のである。
思いっきり黒刀を叩きつけたことにより、頭部は半壊していたのだ。
それが燃え盛る炎が頭部を包んだかと思えば、
「元に戻っている……」
のだ。
「復活したというのか……くそっ!!」
風切あやかは舌打ちをして、もう一度炎の獣の頭を黒刀で殴りつけた。
今度は先ほどのように半壊とはいかなかったものだが、それでも十分に、
(手傷を与えた……手応えアリだ!!)
と思える一撃だった。しかし、
「イルオォォォラァァ」
炎の獣は、再び咆哮を上げると、やはり先ほどと同じように炎に包まれたかと思うと、
「やはり戻ってしまうのか……」
傷が治ってしまうのであった。
「ちっ、どうすればいいんだ!?」
傷を与えても、戻ってしまうのではしょうがない。
(ここは一旦、退いた方が良いかもしれないな……)
風切あやかの視界の隅では、佐渡せきが不器用ながらも炎の獣と戦っている。
しかし、倒せない以上はこれ以上戦っても消耗するばかりである。
風切あやかも佐渡せきも延々と戦えるわけではない。
「おいっ、一旦退こう!!」
そう戦闘に参加していない蒼水れいやナオキを含めて声をかけようとしたとき……
「風切あやか……だっけ?それには及ばねぇよ」
低い声がしたかと思えば、小さな黒い影が一つ、目の前を横切った。
その黒い影は、風切あやかと対峙している炎の獣の身体へ、
「そこだな!!」
体当たりをしたかと思えば、更に佐渡せきと戦っている炎の獣へも同じように体当たりを決めた。
黒い影は人の頭部ほどの大きさしかないものだったが、その大きさによらず、大型の犬ほどもある炎の獣を軽々と吹き飛ばしたではないか……。
「なっ……これは……」
吹き飛ばされた炎の獣はそのまま倒れこむと、身体を燃やしている炎を消し、消滅してしまったのだ。
残っているのはコブシ大の岩石だけであった。その岩石には何やら紋様が描かれているが、先ほどの黒い影の攻撃を受けたせいか、真っ二つに割れてしまっていた。
「あれがアイツらの正体だよ」
蒼水れいが岩石を指差しながら言った。
「どういうことだ?」
一つ息を吐き、その場にひざまずいている風切あやかが聞いた。
「あれはあの模様のついた岩石を核として動いている使い魔だってことさね。水の精も川の石を使って似たようなことをすることがあるんだよ……もっとも、今じゃそんなことをするのは殆どいないけどね」
「へ……へぇ」
「ただな……」
そこへあの黒い影が降りてきた。黒い影は羽を小さく羽ばたかせて風切あやかの肩へ止まると、
「あれは低級の邪炎霊……俺達の中では邪炎獣と呼ばれているものだ」
「邪炎霊だって!?」
「そうだ。つまりクァーシアとウェンシアの分身だな。この地底にいる邪炎霊は奴等だけ……だから、手足として低級の邪炎霊を生み出して使役しているんだよ」
「……それがあれだけ強いのか……って、ちょっと待て、なんでお前が外へ出ているんだ!?鳥かごの中に居るはずじゃなかったのか!?」
風切あやかがはっとして、ナオキの入っている鳥かごを抱えている蒼水れいを見た。
「出してもらったんだよ。緊急時だからな」
見えたのは中身が空になった鳥かごだった。
「おっ、おい!なんてことを……」
「緊急時だよ?」
「だが、コイツを出したら逃げるかもしれないだろ?」
「逃げてないじゃないか」
「む……いや、そういう問題じゃない!!」
やはり風切あやかは奈落王……もといナオキのことを未だ信用できてはいないようであった。
それは先日まで護山家の頂点、山神さまと敵対していた存在である。それが一朝一夕で味方……とまではいかなくとも、信じるに足る存在になるには、
「到底、足りるものではない」
のである。そのことはナオキも十分に理解していて、
「そうはいっても、あのまま俺の助けがなかったら、お前達は低級邪炎霊にやられていただろ?それを俺が助けた」
「……そ、それは……」
確かにそれはそうであろう。しかし、信用させておいて、いざという時に裏切るとも考えられる。
「それは可能性として考えられるだろうな……だが、今の俺はこの姿だ。お前が本気でその刀で斬りかかれば……」
「…………」
「俺は死ぬだろうな。それくらいに今の俺は弱い」
「その前に逃げるんじゃないのか?」
「逃げたところでどうする?元の身体に戻る方法は山城に握られてる、お前が殺さなくとも、他のヤツの手にかかるだけ、だ」
「…………」
風切あやかは歯を噛んだ。一言でいえば悔しいのだった。
ナオキに助けられたこともそうだし、それだけでなく、低級邪炎獣を自分で倒すことができなかったのが大きい。
(邪炎獣の弱点……考えることもできなかった)
無闇に相手を打ち倒すことしか考えていなかった風切あやかであった。
今回はナオキの助力をもとに撃退することができただろうが、もしもナオキがいなかったら……
(私はうまくその場を逃げることができただろうか?)
そう考えると完全に可能だったとは言えないだろう。
もし、最悪の状況へ陥ってしまっていたら……
(くそっ!!)
風切あやかは心の中でそう叫んだ。
「…………」
その様子をナオキはじっと眺めていて、やがて、
「そんな顔をするなよ。お前のことは俺は結構気に入っているんだぜ?理由は……そうだな、お前には一つの『強さ』を感じるってトコロか」
「……お前に言われても嬉しくないよ」
「……だろうな」
ナオキは一つ息を吐くと、周囲を見渡した。
そこには風切あやかがいて、更には佐渡せき、蒼水れいがいる。
「ここから先が地底、アイトスへの入り口だ。地底世界はここからが本番だぜ」
洞窟の先を見据えながら、そう言ったものだった。




