山陰奈落の変 の章(13) ~ 地下世界の空気
「ああ、懐かしいな。ここの空気を吸ったぜ」
山陰奈落の洞穴へ入り、少し進んだところでナオキが声を上げた。
ここへ入ってから、どうにもナオキの機嫌が良いようだ。
相変わらず鳥かごに入れられたままなのだが、その洞窟の中の様子を、
「楽しそうに……」
うかがっているのだった。
「おい、こっちで良いんだろうな?」
風切あやかが訝しげに尋ねると、
「ああ、間違いないぜ。ここをまっすぐ行くんだよ」
「行くんだよって……私達は一体何処に行くのよ?」
佐渡せきが恐る恐る聞くと、
「アイトスだよ。地底世界の本拠地だ」
「本拠地だって!?」
本拠地……つまりは地底世界の中心地だろう。
大昔の戦乱では山陰奈落の内から無数の死霊が地上へと現れたのだった。
そうした死霊が山陰奈落に潜んでいて、しかもその中心地となれば、
「そ、それはヤバい場所なんじゃないんですかね……えぇ」
という話になる。
「ま、確かにお前達にとってはそうかもな。だが、俺が居る以上はお前達に手は出させねェよ」
「……本当だろうな?」
「俺だって地底世界じゃ影響力が『あった』んだぜ」
「か、過去形じゃないか……」
「んっ……だっ、大丈夫だよ!!それにそこのお前!!」
「あたし、かい?」
蒼水れいが言った。
「お前が居るだけでも十分なくらいだ。水の力に死霊は弱い……ま、俺ほどにもなれば、そんなの効かないケドな」
「ふーん」
「ともかく、地上の異変の原因を突き止めるためにも、アイトスへ行くのは必須だ!分かったな!?」
「……分かったよ」
風切あやかが頷いた。
ナオキについては、護山家の仇敵である。しかし、今は、
「異変を解決するための協力者……」
なのである。
裏切ることがあるかもしれないが、今のナオキは、
「本当の姿の10分の1ほどの力しか出すことができない」
というのが山城 暁の話であった。
山城 暁にしてもそうだが、二人が戦ったあの一件では、双方、多大な力を放出したものだったのだ。
ことナオキにおいては、殆ど全ての力を放出してしまったのに加えて、
「無闇に力を出せないように……」
山城 暁と護山家たちによって、力を抑制する封印術を施されてしまっている。
そのため、ナオキは本体の人型の姿から、小さいカラスのような姿へと変化してしまい、鳥かごへ収まっているのである。
もしも風切あやかを裏切り、襲い掛かってきた場合でも、十分に風切あやか……それに佐渡せきや蒼水れいでも倒すことができるであろう。
そして、そのことをナオキ自身も分かっているから、
(裏切りに出る可能性は限りなく低いだろう……)
というのは山城 暁の話だったし、風切あやかの考えでもあった。
さて……
洞窟を進むと、広い空間へと出た。
「ここは……」
風切あやか達には、とても分からないことだったが、この場所は、半日ほど前に、ある人物……高山かなたと邪炎霊 ウェンシアが戦闘を行った場所であった。
「この場所で何かあったな……」
ナオキが呟いた。
「…………?どうしたんだ」
佐渡せきにも蒼水れいにも、ナオキの言う意味が分からなかった。ただ風切あやかには、
「妙に岩が散らかっているな……」
という不自然さが目についていた。
「ああ、炎の妖気を感じる。最近、ここで暴れた奴が居るな」
「つ、つまり、その……危ない奴が近くにいるってことですかね?」
佐渡せきが身構えながら周囲の様子をうかがっているものの、今はどこにも何か生きているものの気配を感じることはできなかった。
「おいおい、ビビり過ぎだぜ?」
その姿を見て、ナオキが一つ息を吐いた。
「そうそう。危ない奴は居ない。危なくない奴はいるけどな」
「えっ……!?」
その瞬間のことだった。後方の溶岩溜まりから、
「ホウラッヒャァ!」
甲高い声が響いたあとで、
「……なにっ!?」
炎を纏った狼のような生物が飛び出してきたのだった。




