山陰奈落の変 の章(12) ~ 襲撃の邪炎霊
「ふぅへぇ、やっぱり熱いな。この衣がなかったら、どうなっていたことか分からないな」
噴出す炎が洞窟の道を照らしている。
赤々と輝く道を、一人の人影が堂々と歩を進めていた。
「……意外と何も出てこないな。死霊だのなんだのは昔の話で、今はもう存在していないのか」
人影がそう呟いた瞬間であった。
「そんなことはない。奥のほうには沢山いる」
「お、そうなのか?」
不意に奥のほうから声がした。それに答える形で、その人影が足を止めると、
「もっとも、僕は死霊じゃないけどね」
奥から一人の少女が姿を現した。
「なるほど、お前は『邪炎霊』だな?」
「おや、ご存知なのかい?記憶に寄れば、僕と貴方は初対面……いや、どこかで出会ったことがあったかな」
「初対面で間違いないな。ただ、俺は別の場所でお前と同じ『邪炎霊』と会ったことがあったんだ」
「へぇ、そうなのかい。その『邪炎霊』は……」
そう言いかけた転瞬、洞窟を進んでいた人物の身体が前へと飛んだ。
「…………っ!?」
その人物に対して立ち塞がっている形となっていた赤い服の人影が、両手を前へ構えようとする時には、
「くっ……!!」
既にその人物は邪炎霊へと斬りかかったあとであった。
「強かったよ……だから、炎術を発揮させる前に押し倒すのが邪炎霊との戦いの正攻法なんだよ」
どさり……と後ろの方で音がした。斬った相手が倒れたのだろう。
そのままその邪炎霊の殺気と気配が消えた。
刀を構えたまま、その人物は振り返り、その倒れた身体を眺めていた。
「それだったら……」
不意に声がした。それは洞窟内の反響により、声の出所が何処かは分からない。少なくとも、その人物の目の前に倒れている身体からは発せられたものではない。
(どこだ……!?)
刀を構えたまま、目を動かし、更に気配を辿ってみる。しかし、生きているものの存在は、
「何一つ……」
感じ取ることはできないのだった。
「もう正攻法から外れているね」
高い、不気味な声は尚も続いて響き渡っている。ここまで来れば、もはや先ほどの邪炎霊は、
(倒した……訳ではないな)
ということになる。
今もなお、倒れた身体は残っているが、あれは炎により作り出した分身であろう。
ならば、声の主は何処にいるのだろうか?
その人物はその場を動かず、気配を探ることに集中することにした。
周囲で動いているものといえば、噴出している炎に蒸気くらいであろう。
石ころが一つ転がったことさえ察知できれば、その人物は瞬時に相手に斬撃を与えることが出来るであろう。
その瞬間を、じっとその人物は待っているのであった。
「へぇ、中々やるみたいだね。そんなんじゃ、僕が近づいたら、すぐにやられてしまう」
「……そいつはどうも。でも私の得意技はコレじゃないんだよ。もっと思いっきり叩き斬るのが好きでさァ」
「だったら、尚更……」
「…………むっ!!」
その瞬間、一つの気配が動いた。後方、溶岩の溜まっている場所から、
「僕達のほうが有利だね」
邪炎霊が溶岩の中から飛び出してきた。そして炎を……その場に溜まっていた溶岩を操って作ったものだろうか、
「炎を纏った岩石」
を4個ほど飛ばしてきたのだった。
(刀の間合いに入らない……のは普通だな。これは面倒だ)
その人物はまずは正面に飛んできた岩石を刀で叩き斬ると、邪炎霊と向かい合い、
「それなら単純に殴りあう!今度は逃がさない!」
瞬時に追撃の姿勢をとったものだった。邪炎霊も簡単にはこちらを近づけるつもりはないらしい。
先ほどと同じ岩石を周囲に浮き上がらせると、そのまま次々と飛ばしてきたものだった。
(狙いは大分大味だな。これなら……)
向かってくる岩石を一つ一つ叩き落すようなことはしなくても良いだろう。それよりも本体を捉えるために、刀を構えておかなければならない。
その人物の身体がまるで風のように動き、相対する邪炎霊へと向かってゆく。
「よしっ、もらった!!」
そう声に出した瞬間であった。
「ぐっ……」
背中に鈍い痛みが走ったものだった。
(なんだ……)
とその人物は思っただろう。後ろからの攻撃は、
「全くない」
はずだったのだ。
しかし、背中に走る痛みは、すなわち背後からの攻撃があったことを意味しているのだ。ならば、これはどういうことであろうか。
「ちっ……なるほど、そういうことか……」
すぐに攻撃の内容は理解できた。背中に当たったのは邪炎霊の放った岩石であった。
「……中々器用じゃないか?放った岩石同士をぶつけ合わせて、こっちに当てるとは」
「ありがとう。射的には自信があるんだよ。標準は……彼女がつけてくれていてね……」
邪炎霊が薄く笑った。
「僕はそこに撃っているだけ、さ。クァーシアの示す座標はまったく……間違いがない」
「くっ……」
背中へ攻撃を受けたその人物の口から、僅かに血が流れ出ている。同時に膝を折り、その場にひざまづいてしまっている。
こうなればすぐに動くことは困難であろう。
「さて、死んでもらおうか。サキ達に会われると、僕達の計画に支障がでる」
邪炎霊が一歩二歩と不用意に近づいてきている。どうやら、
(私が動けないことが分かっているようだな……)
ということらしい。
(あの攻撃、直撃を受けていたら、並みの人間じゃ生きてないぞ……)
岩石自体は普通の石であった。しかし、炎を纏っている時点で、その石は通常の硬さをしてはいなかった。恐らくは、
(あの邪炎霊の力か……くっそ、以前戦った邪炎霊も同じ攻撃をして来たけど、威力は半分以下だったぞ?まったく……)
ちっ、その人物と舌を打った。
「さて、クァーシア、座標を頼むよ」
「…………?」
「ふふ、そうだけど、僕達は二人で一つだろう?どんなときでも」
(…………なんだ、誰と話しているんだ?)
立ちはだかる邪炎霊は宙へ向けて話している。口ぶりからして、話している相手は、
「クァーシア」
というようだが、その姿はこの場所からはうかがえない。
(さっきの話からしても、もう一人、邪炎霊がいて、そいつが力をこいつに力を借している……といったところか。これは油断したな)
相手を一人だと思っていたのである。
「ああ、クァーシア。ありがとう。これで狙いを外すことはないよ」
いよいよ最後の攻撃を始めるようだ。邪炎霊が炎を纏った石を宙へ浮かせると、
「ドゥクス・ファイア」
そう叫ぶと石が弓から放たれた矢のように、勢いをもち、飛び出した。
「…………だがっ!!」
それと同時に、倒れていた人物は瞬時に身体を転がし、石を寸でで回避すると、うつぶせの姿勢のまま、
「これでっ……!!」
腰につけていた水筒の一つを目の前へ立っている邪炎霊へと投げつけたものだった。
「なっ……これは、うわあっ!!」
水筒の中身が邪炎霊へかかると、今まで小さく笑っていた邪炎霊の顔が恐怖に染まり、
「くっ、うっ……覚えていろ!!」
捨て台詞を残して消え去ったではないか。
「ふう……」
倒れたままでその人物は大きく息をついた。
「なんとか追い払ったが……これはマズいな、動けないぞ」
なのである。
ギリギリまで相手の気を逸らしてから、邪炎霊の弱点である水……それも水の精自慢の八霊名水をかけてやったのだから、堪らなかったろう。
(昨日の飯屋で水を貰っておいたのが吉と出たか……しかし、倒し損ねたからには同じ手は通じないだろうな)
上向けに倒れながら、そんなことばかりを考えている。
「さて……それよかどうしようかね。動けないときたもんだ」
それが問題である。身体が動くまで、このまま休んでいるのも良いものだが……そう思っていたときのことである。
「あの、あなたは地上の……方ですよね?」
不意に声をかけられた。
「……そうだけど、何か?」
「いえ、ウェンシアが何者かと戦闘を行っているとの報告を受けたので、駆けつけた者です……あっ、私はサキといいます。地底都市アイトスの指導者……になっています」




