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カゼキリ風来帖  作者: ソネダ
カゼキリ風来帖(8) ~ 山陰奈落の変 の章
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山陰奈落の変 の章(11) ~ 暖かい風

 「それでも、こうして協力してくれるのは、一体どういうことなんだ?奈落王」

 山陰奈落へ続く道を歩きながら、風切あやかが呟いた。

 奈落王は鳥かごの中に入れられたまま、佐渡せきに担がれているものの、今のところは暴れて逃亡するようなそぶりは見せていない。

 「……俺はナオキだ。その呼び方は山の方で勝手につけたもので、イマイチ俺だってピンとこねぇ……呼ぶならナオキと呼べ」

 「…………お前にも名前があったんだな」

 「当たり前だろ?」

 奈落王に名前があることは護山家では誰も知ることではなかった。それは記録にも残っていないし、誰も奈落王の名前になどは、

 「覚える必要も知る必要もなかった……」

 のだった。

 だから、護山家の中、その中でも頂点にある山城 暁でさえも奈落王が、

 「ナオキ」

 という名前であることは先日までは知らなかったのだった。

 「お前達に協力するわけじゃない。ただ気がかりなことがあるだけだ……」

 「気がかりなこと?」

 ナオキの視線が前へと向いた。そこには山陰奈落への入り口が広がっていた。

 この場所は川を隔てており、水の音が絶えず小さく聞こえているのだ。

 流れる水とその音を山陰奈落に潜んでいる死霊達は嫌うので、この水流はいわば結界の役目を果たしており、言うなれば、

 「地底と地上の境界線」

 というべきかもしれない。

 もっとも護山家側にはそういった特別な意識はなかった。ただ山に侵入したものの死体を、その場で浪霊と化さないよう、死霊の巣へ捨ててやるのが良い……という考えを持っていたのだった。

 護山家の記録によれば、山陰奈落……もとい地底の世界は灼熱の世界だと伝えられていて、そこへ死体を放り込めば、

 「不浄なる魂もろとも焼きつくされるだろう」

 という教えが残っているものだった。

 「あっちの……地底の世界にな、とんでもない奴が二人いるんだよ。そいつらはとてつもない危険思想を持っていて、遥か昔の護山家との戦いも、そいつらの言葉が発端だった」

 「ナオキが仕組んだ戦いじゃなかったのかい?」

 「……いや、地上に喧嘩を売るのは俺がやりたかったことだが、それを妙に後押ししたのがその二人でな」

 「その二人ってのはどんな奴なんだ?」

 それを風切あやかが聞くと、ナオキの顔が苦々しげに歪んでいき、やがて大きく息をつくと、

 「クァーシアとウェンシアっていう『邪炎霊』だ」

 「邪炎霊?」

 全く知らない言葉に風切あやかに佐渡せき、蒼水れいが首をかしげた。

 『邪炎霊』という言葉は、護山家の記録にはどこにも書かれてはいない。

 「お前達が知らないのも無理はないぜ。地底世界の9割がお前達の記録に残っている『ただの死霊』で、残りの1割がその『邪炎霊』や俺みたいな特別な存在に当たる」

 「へぇ……そうなのか」

 佐渡せきは頷くばかりであった。風切あやかにしてもそうだが、話の内容が大昔のことなので、イマイチついていけないのだ。しかし、それはそれとして、風切あやかには気になることが一つあり、

 「奈落王……いや、ナオキ、か……私達にそんなに喋っていいのか?お前のことだから、何一つ口をきかないと思っていたが……」

 「……まぁ、そうだな」

 それはもっともなことだろう。

 ナオキと護山家は大昔から敵対関係にあったのだ。そして、先日もナオキと護山家の頂点たる山城 暁は命をかけた死闘を繰り広げたものであった。そんなナオキがどうして、

 (こうも護山家に対して協力的に話をするのだろう?)

 と風切あやかが思うのも無理はない。

 佐渡せきや蒼水れいも一緒に行動し、話を聞いているものだが、二人はナオキの話を聞くことは出来ても、それを考えることは難しいのであった。

 だから護山家として経験を積んだ風切あやかには、多少なりともそのことを考える余裕があったのだった。

 「……止めなくちゃいけない」

 「止める?」

 「その二人の邪炎霊は本当に危ない奴等なんだ。俺の持っていた暗黒の力の源……暗黒石が消えた」

 「暗黒の力を増幅させるって石だな。そのことは記録に小さく載っていた」

 「それを水影あさひに奪われた可能性がある。そして、あさひが地底世界と結びついているなら、暗黒石が奴等の手に渡っているかもしれない……そうなったらヤバい」

 ナオキが俯きながらその手を強く握っている。

 「大昔の戦いで、クァーシアとウェンシアの二人が必死に俺を煽り立てて、地上との戦いへと踏み切らせたのは何故だと思う?」

 「えっと、それは……その危険思想を実現するため?」

 「それは半分正解だな。もう半分は俺が強い力を持ち、かつ暗黒石の力で地底世界を支配していたからだ」

 当時のナオキは地底世界では最強の存在だった。力をもって地底世界の9割の死霊を支配し、残りの1割、特別な力を持つ死霊も束ねていたものだった。

 「だからクァーシアとウェンシアは俺を利用したんだよ。俺も地底で最強の支配者だったからな。そう言われたら、出向くの悪くはないと思ってしまった」

 そして八霊山と死霊の戦いが始まったのだった。

 暗黒石を使わないまでも、ナオキの操る死霊は順調に八霊山を侵して行った。確かにクァーシアとウェンシアは危険な人物であったが、ナオキが最強である以上は、

 「俺の命令に背くことはできない」

 のである。

 だから、二人の言葉に不信感を持ちつつも、力を誇示するためにナオキは地上へと戦いを挑んだのであった。

 そして払った犠牲は八霊山、地底世界、共に大きなものだった。

 「あの時でも多くの犠牲が出たものだ……死霊と聞いて不死身を想像するだろうが……」

 「…………」

 「斬り倒されれば消滅する。俺達にも仲間意識というものはある」

 「仲間意識……」

 風切あやかが呟いた。

 「そうだ。あの時は俺の不始末もあったが、このまま行くと、あの二人の勝手のために、多くの犠牲が出ることになる……あの二人が主導でやることなら……」

 そのとき不意に風が吹いた。

 冬であり、昨日までは雪が積もっていた八霊山の風である。

 しかし今吹いている風はまるで夏に吹く風のように暖かいものだった。

 「私達は全てを焼き尽くす……ねぇ、ウェンシア」

 「ああ、地底世界も八霊山も僕達のものにするのさ。そうだろう?クァーシア」

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