山陰奈落の変 の章(10) ~ 火焔姫と火炎王子
「お客さんが来たみたい、ウェンシア」
「そうなのかい?クァーシア。あの水霊姉妹といい、ここ最近は訪問者が多いことだ」
声が響いた。この高く綺麗な声は、部屋の壁……むき出しの岩壁を伝って、部屋全体へこだましている。
ここは暗い部屋である。いや、部屋というよりは空間と言った方が正しいかもしれない。何しろ岩壁である。
いうなれば洞窟の内部にある広間なのだ。
「これは……山の人間、入ってきたのは一人。ねぇ、ウェンシア……」
「ああ、クァーシア、山の人間なら僕が戦える」
その空間はとても広く、声自体は反響して空間全体へ響いき渡っている。しかし、その空間にいる人影は二人だけであった。
「違うでしょう?クァーシア。あなたは一人で戦うのではない」
「そうだったね。君と僕、二人の力だ」
二人の人影が小さく笑いあっている。
「その黒いペンダント、よく似合っているわ。クァーシア」
「ありがとうウェンシア、このペンダント……暗黒石は水霊姉妹の手土産にしてナオキが倒された証だ」
二人のうちの片方が首から下げられた黒い石を手にとって満足そうに笑うと、
「……つまり、地底都市アイトスの支配者は……」
その後ろからもう一人の人影が、前へ、もう一人の肩へ寄りかかるようにして、その黒い石を眺めていた。
「私達……ということね。ウェンシア」
黒い石が空間の壁に飾られた鬼の彫像……その彫像の持つランタンが灯す炎を受けて、赤黒く、不気味な光を放っている。
「そうさ。サキの奴が大きい顔をしていられたのも、これまでのこと……ああ、クァーシャ……」
「ええ、ウェンシア……作り上げましょう。私達の力で、二人の世界を……」
揺らめいている炎が二人の顔を映し出した。
一人は後方にいるクァーシアと呼ばれる少女である。
顔立ちはまるで人形のように綺麗で整っていて、目の色は赤く、背中まで長く伸びた髪もまた赤く、
「火焔姫」
と異名を持つほどに美しくも妖しい容貌をしているのだった。
もう一人はそのクァーシアの前に佇むようにして経っている人物だ。クァーシアからは、
「ウェンシア」
と呼ばれており、同じく赤い目と赤い髪をした少女である。
クァーシアとの違いは、髪の長さと彼女の持つ雰囲気がある。
クァーシアは「火焔姫」と異名を持っているのに対し、ウェンシアは、
「火炎王子」とその姿を知るものからは呼ばれているほどに、
「まるで少年のような……」
姿をしているのだった。
クァーシアは幾重にも流れるフリルの付いたドレスを着ている一方で、ウェンシアは赤と紺色を貴重としたタキシードであった。
その服装からして、彼女のことを知らないものは誰もが少年であると勘違いをするものだったが、
「……ああ、クァーシア」
ウェンシアはクァーシア以外の何者をも相手にすることはないのだった。
それはクァーシアにしても同様で、
「ねぇ、ウェンシア……」
というように、互いが互いにしか興味を持っておらず、他人は一切相手にしないのが、この二人の、
『邪炎霊』
の特徴であった。
「さ、僕は行ってくるよ。山の人間をサキと接触させる訳にはいかない」
「そう、ウェンシア。私も見ているから、はやく戻ってきて……ね」
「ああ、分かっているさ。クァーシア」
二人は額を合わせると、ウェンシアの方がさっと姿を消してしまった。
空間を照らす炎が小さく揺れたばかりであった。




