カゼキリ風来帖(5) ~ 天の道の章(2)
あれから1月ほどが経った。月にして9月である。
この頃になると、少しばかり暑さが和らぐ。木々の紅葉に関しては未だ時期は早い。
柿留しょうの剣術稽古はあの時から毎日ずっと続けられていた。
「はぁ……はあっ」
今日も息を吐きながら、自分の小屋へ帰るところであった。ゆらゆらと衣の裾が揺れている。その間から柿留しょうの腕と脚が伸びているものだが、そのいずれもが日に焼けて黒くなっている。
(それにしても、黒くなったなぁ)
最近は日に焼けた肌も元の肌色に戻りつつある。……あるのだが、事務役として万年机に向かっていた柿留しょうのはその黒さが非常に珍しいものであり、
「おや、柿留さん。日焼けですか……?」
と、それを見た同じ事務役の護山家達は、口を揃えて目を丸くしていた。それが日焼けも引いてきた最近になっても、言われるのだから、柿留しょうの日焼けは極度に意外なものだったのだろう。
それに肌に着いているのは日焼けだけではない。
「あっ、痛ったたた……!」
柿留しょうが腕をさすった。そこには青々としたあざが出来ていた。
「まったく……はるかさんもあやかさんも隙があれば本気で打ち込んでくるから敵わないんだよなぁ……」
衣で見えない部分もあるが、あざは日焼け以上に至るところにあるものだ。そのいずれを触っても痛い。打ち込まれた時の衝撃が蘇えるのだ。
「あやかさんのは特にビリビリするもんなぁ……あれだからあやかさんは苦手なんだ」
ふん……という風切あやかの鼻笑いが今も柿留しょうの頭に残っている。
(でも、いつかあのあやかさんだって倒せるくらい強くなってやるんだ!その為に毎日、帰ってからも剣術の勉強だってしているんだ!!)
柿留しょうは意気込んでいる。その自信もあった。
書類整理で培った知識の整理、そして細かい所に気がつく観察力、これらが少なからず、柿留しょうに力を与えているのは間違いではない。
道を半ば歩いた。ここは木が高く伸びていて月の光は入らない。
(うーん、不気味だ……)
柿留しょうがそう思うように、辺りは暗い。月の光も今は雲に隠れてしまい、本当に真っ暗であった。
(風も吹いていないし、何かありそうだな……)
察すると、脚を速めた。暗闇とはいえ護山家である。ある程度なら先は見えている。
(…………!!)
ふと風が通った。思わず柿留しょうは脚を止めた。
「目の前から……?」
何者かの気配がする。それが何かは分からない。分からないが、すぐにそれは確かなものとなり、
「がさがさ……」
と、茂みを不気味に揺らしていた。
「むうっ」
少し唸り声を発して柿留しょうは身構えた。一応、短刀は持っているし、この一月でそこそこ剣術に自信を付けた柿留しょうである。……しかしそれでいて、脚は内側に曲がっていた。
がさがさ、と茂みが揺れる音が次第に強くなってきた。それと共に柿留しょうの胸の鼓動も大きくなる。
(きっと……きっとあれは浪霊だ。絶対絶対、浪霊だ……!!)
それならばやるしかない。
そう柿留しょうは決め込んでいるのだが、身体の方は思うようには動いてはくれない。それだけではなく、何だか目に映る景色がぐるぐると回りだし、頭の中も段々と真っ白になっていたのだ。
「ああっ……」
小さく声を上げた。そして、
(このままじゃ、また……)
あの時と変わらないじゃないか、と柿留しょうは思った。そう思うと、不思議と風切あやかの顔が柿留しょうの頭の中に浮かび上がり、
「くっ、くそうっ!」
何だか力が湧いてきたのだった。
柿留しょう自身もこれは意外なことであったのだが、
(あやかさんには負けられない!!)
という気持ちが、ぱっ、とこの極限状態で浮かび上がり、柿留しょうに力を与えたのだと柿留しょうは後になって思ったものである。
その茂みの音の主が現れたのも、丁度そのときであった。
「おっ、そこに居るのは……」
ぱっさりと青い羽織がなびいていた。




