山陰奈落の変 の章(9) ~ 山陰奈落への挑戦
「――と、そういう経緯があってだな。高山かなたは一足先に山陰奈落へと向かったのだ」
「山陰奈落……」
風切あやかがはっとした顔でその名前を呟いた。
山陰奈落は死霊の住処と呼ばれ、奈落王が八霊山を襲った際には、そこから無数の死霊が湧き出てきたものだった。
しかし、奈落王が流 ヒスイに倒され、封印されてしまったことで、山陰奈落の死霊達も大多数が力を失ってしまったのだ。
もともと山陰奈落の死霊は水の精……もとい水の力に弱い。
そうした死霊が力を失ったことにより、僅かな水の力にも対抗できず、山陰奈落から外へ、
「出ることが出来なくなった……」
のである。
力を失ったとはいえ、八霊山の護山家は山陰奈落の死霊の持つ、負の力に対しては酷く弱い。
だから、八霊山の護山家は一切、山陰奈落へと足を踏み入れることはしなかったのだ。
「それを逆手に取れば、水影あさひが八霊山に潜伏するには丁度良い場所……ということになりますね」
「高山かなたが話すにはそういうことらしい。しかし……」
山城 暁が表情を曇らせた。
「高山かなたは一人で飛び出していってしまった、それも心配だが、それ以上に山陰奈落を中心とした異変が起きていることが非常に気がかりでな……」
窓の外では鳥が元気良く空を飛んでいる。昨日までならば、あまりの寒さに、こうも元気に空を飛ぶ鳥の姿など、
「とても見ることはできなかった……」
のだ。
今現在、話題の中心になっている山陰奈落、そして異変の中心地ともなってしまっている山陰奈落である。
この二つのことが偶然の一致なのか、それとも何か異常が起こっているのか。
もしも後者であるならば、
「とてもそのままにしておくことは出来ない」
山城 暁が難しい顔をして言った。
「もちろん、高山かなたのことも心配だが……そこで、風切あやか、佐渡せき」
「はい!!」
「お前達に山陰奈落の内部の様子を調査してきて欲しいのだ。お前達は正確には『山の者』ではない。死霊の負の力による影響も私達、山の者と比べれば格段に小さい」
「確かにそうですね……」
風切あやかが頷いた。その一方で佐渡せきが震えている。
「でもー、大丈夫なのでしょうか?その死霊って、大昔に一人で沢山の護山家を倒してきたんでしょう……私達、二人じゃ歯が立たないのでは……」
はやくも佐渡せきが泣き言を放っている。それを風切あやかが肘で叩くと、
「お前、水霊のヒスイから稽古を受けたんだろ?山城さまと対を成す水霊の!!」
「そうだけど……やっぱり怖いですよぅ……」
ついには涙まで浮かべだした佐渡せきに、風切あやかは閉口して、
「山城さま、山陰奈落へは私だけで行きましょう」
と言い出たのだった。しかし、そうなると佐渡せきの心境も複雑で、
(私が泣き言を言ったばっかりに、あやかさんが危険な目に遭うんじゃないか……)
そう思うと、それはそれで気が気でなくなってきた。
佐渡せきの目から見ても、風切あやかは護山家の役目に対して、気合や気負いが重過ぎるほどにあるのだ。
何か無茶があれば、それは必ず生死まで直結するだろう……そういった風切あやかの性格が佐渡せきには、
「痛いほど……」
分かるのだった。もしも、自分が臆病で一緒に行けなかったばっかりに風切あやかが倒れてしまうということがあったならば、
(とても後悔しきれない……)
だろう。だから、佐渡せきは怖い気持ちを精一杯に振り切って、
「わっ、私もやっぱり一緒に行きます!ヒスイから習った剣術、絶対に負けませんから!!」
と言い切ったものだった。
それを驚いたような顔で風切あやかと山城 暁が見ていた。
高山はるかに至っては、面白そうに笑っている。
「ありがとう、佐渡せき。しかし、私は、お前達二人で行かせるつもりはないんだよ」
「えっ……それはどういう?」
「おい、赤川、連れておいで」
「はい。すぐに」
山城 暁が合図を送ると、赤川が二つの影を部屋へと連れて来たものだった。
「げっ、お前は……」
「おおっ、あやかちゃん、久しぶりだね」
一人は水の精、蒼水れいである。そしてもう一つは、
「ふん。なんで俺がお前達に協力なんかしなけりゃならねえんだよ」
それは黒い影、鳥かごの中に入った奈落王だった。




