山陰奈落の変 の章(7) ~ 二つの話
「やあ、来たね。おはよう」
応接間へ入った風切あやかと佐渡せきを笑顔の山城 暁が迎えた。
その隣には、二人よりも先へ来て、待っていたであろう高山はるかも居たものだった。
「私が思っていたよりは早かったですね。いや、あやかだけだったらもっと早かったでしょうか?」
「……くうっ」
風切あやかが佐渡せきを睨みつけた。
高山はるかの話すとおり、風切あやかだけだったならば、異変に気づいた後、
「すぐに着替えて……」
出発できたに違いないのだった。
それが佐渡せきの準備のために30分以上は思っていたよりも遅く到着してしまったんだから、それについては風切あやかも心底納得しているものではなかったのだ。
「ああ、そうです。私が悪いんです!私が準備に手間をかけたせいです!!」
さすがに佐渡せきも風切あやかと高山はるかの、
「二人の上司に……」
責められている気がして耐えられなかったようである。
そう叫ぶや、バツの悪そうに顔を付してしまった。
「はるか、そう意地悪を言うものじゃないだろう」
山城 暁が苦笑を浮かべながらそういった。
「ふふ、それもそうですが……」
高山はるかも笑って答える。この場合、高山はるかの感情としては、半分は、
「本気で怒って……もとい叱っているし」
もう半分は、
「意地悪で……冗談で言っている」
のである。
しかし、どちらかというと、
(意地悪で言っているんだよ。はるかさまは……)
なのである。
風切あやかもそうした高山はるかの言動には大いに泣かされたことがあったものだった。
「以後はちゃんとしないとダメだぞ。せき、そうだ!せきは使い鳥がまだだったね……せきの使い鳥は朝によく鳴いて目の覚める奴を用意しよう!」
「えっ、ちょっと待ってください!山城さままでそんなことを……!!」
「ん?それはどういうことだ?」
「ああ、それはですね……」
風切あやかが自分もまた佐渡せきへ同じことを語ったことを話すと、
「なるほど、私とあやかの意見が合うとは、これはやはりそうでなくてはならないということだな」
うんうんと頷いたものだった。
その様子を高山はるかも笑いながら眺めていたものだった。
「ま、それはそれとして……そろそろ本題に入ろう。おい、朝食を持ってきてくれ。話は食べながらで良い」
朝食が運ばれてきた。
出てきたのは、味噌汁に山菜が少し、それにご飯の組み合わせだった。
(なるほど、食事事情は『せいりゅう』と変わらないようだな)
そう風切あやかは察した。
今日になって雪が大きくとけたのだから、それに合わせて食材も動くだろうが、今のこの時間では、その食材は到底間に合わない。
「さて……何から話したら良いだろうか?」
「む?話は一つではないのですか」
「ああ、一つだったのが二つになった。一つはこの気候の話で、もう一つは……」
「あの人が帰ってきたのですよ」
山城 暁が言いかけた所で、高山はるかがそう言った。
「失礼します。山城さま。このことは、やはり私から話させてください」
ゆっくりと頭を下げると、山城 暁は頷いて、
「ああ、そうだったな。このことは君から話すように言っていたのだった」
「はい」
なるほど、この『一つ』の話というのは事前に打ち合わせが行われていたもののようだ。風切あやかにとって、その話の内容について、思い当たるところは、
(山城さまを差し置いて、はるか様からの話とは、一体なんだろう……?)
まったくないのだった。
しかし、高山はるかが一言だけ話した、
「あの人が帰ってきたのですよ」
という話に、一つだけ心当たりはあった。
それは『せいりゅう』で蒼水れいとその姉と思われる人物のことであった。覚えのある限りならば、蒼水れいに姉はいなかったはずだし、青水れいとその姉の会話では『土産話』や『旅の土産』という言葉を発していたのは覚えている。
何分、その姉の声はとても大きいものだったので、
(嫌でも頭に残ってしまうんだな……)
であった。
さて……高山はるかが帰ってきたという人物が、その蒼水れいの姉のことなのだろうか。
「そうですね。昨日、蒼水れいさんが……」
「やっぱり蒼水れいの……?」
「おや、あやかは知っているのですか?」
「はい。昨日、『せいりゅう』で れいの奴が一緒に食事をしていました……帰って来たって言うのは、その蒼水れいの姉ですよね」
「…………?」
「しかもその姉は、山城さまに会いに行くとか、奈落王がどうだとか、山について重大なことも話していたんです。私は、それがとても重要なことに思えて、こうして護山家の役場へやってきたんですよ」
「ふむふむ、なるほど」
高山はるかが真剣な面持ちで風切あやかの話を聞いている。高山はるかがこうした態度を取るときは決まって、
(相手をからかう……)
時だと風切あやかは知っている。それだけに、
(…………あれ?)
話していて違和感を覚えた。
「ですから、その帰ってきたというのは……」
「帰ってきたというのは一体どなたなのでしょうか?」
「…………」
こうなるともう後が続かない。その違和感を感じたときは、いつもこうした結末になってしまうのもいつものことであった。
風切あやかが苦い顔をして高山はるかを見ている。それを小さく笑いながら、楽しそうに見ているのが高山はるかなのである。
「ま、結論から話しますと、帰ってきたのは『私の姉』の高山かなたですよ」
「えっ、えぇー!!かなた様が帰ってきていたのですか!?」
高山はるかにからかわれたことなど、その一言で全てが吹っ飛んでしまった風切あやかであった。
その場からすぐに立ち上がり、右から左へ、高山かなたの姿を探してみるものの、その姿はどこにもない。
「ふふ、面白いでしょう?山城さま。だから私が話すと言ったのですよ」
「なるほどな。しかし、あやかには悪いことをしていると思う」
そう話している山城 暁の顔は明らかに笑っているので、さすがの風切あやかもむっとして、
「帰ってきているのなら、どうしてここにはいないのですか!?」
高山はるかへくってかかってみたのだが、
「そうはいっても、あの人ですよ?じっとしているのが出来ない人が、ここに居る訳がないでしょう」
「…………むむ」
山城 暁が風切あやかを呼んだ大きな話題の一つ、それは、
『高山かなたの帰還』
である。
しかし、その当の本人がこの場に居ないとはどういうことだろうか?それよりも、
「あのー……」
佐渡せきが声を上げた。
「私は、その……高山かなたっていう人のことを知らないんだけど……どのような人なのでしょうか」
佐渡せきが八霊山へ入ったのは、つい最近のことであり、そんな彼女が十数年前に八霊山を出て行った、
『高山かなた』
をしるはずはなかったのだった。




