山陰奈落の変 の章(5) ~ 使い鳥
結局その日は少し小屋の前の雪かきを進めただけで1日が終わってしまった。
護山家の使役する伝書鳩の話によれば、
「護山家全体で雪かきに追われている」
らしい。例年、この時期は雪かきに追われて見回りの任務は中々進まない。
なので伝書鳩を通して、状況を報告していく……というのが、重要になってくるのだ。
「へぇ、鳥なんかで連絡を行うんですね」
「鳥なんか……って言っても、せき、こいつらはお前よりは沢山働いているし、戦闘能力も……」
そう言いかけたところで伝書鳩が佐渡せきへ飛びかかった。
「ちょっ、ちょっと痛い!爪が……爪がっ!!あとくちばしも!!尖がってるんだから突かないでよ」
「ほらほら、分かっただろう。やめてやれ」
風切あやかがそう言うと、鳥は大人しくなり、机の上へと足をかけた。
佐渡せきがはぁはぁ……と息を吐いている。この伝書鳩は割と大きいもので、人間の頭程度の大きさはあるだろう。
その一方で見た目だけは多少可愛らしいので、佐渡せきのような何も知らない者には只の鳥にしか見えない。
それでいて鋭い爪を隠し持っているのだから侮れない。
「こいつが報告書だ。これを脚についた筒へと入れてだな」
手早く報告書を伝書鳩へと持たせると、風切あやかが口で笛を吹くと、その高い音と共に、
「飛んでっちゃった……」
のだった。
「まったく可愛くない奴だなぁ!大人しそうな顔しやがって!!見てくださいよ、爪やくちばしの跡がこんなに!!」
鳥が居なくなったのを見て、佐渡せきが憤慨している。
そんな様子に風切あやかが大きく息を吐いて、
「せきが使う鳥はくちばしや爪がないヤツじゃないとダメだな……はるかさまにはそう伝えておく」
と呟いたものだった。
そうして夜が明けた。
先に目覚めたのは風切あやかである。
風切あやかと佐渡せきが一緒に暮らし始めてもう10日以上は経ったものだが、佐渡せきが風切あやかよりも先に起きたことは、
「一度として……」
なかったのだった。
もともと佐渡せきは朝がダメなようだった。
真面目な風切あやかの朝は、いつでも早いのだが、佐渡せきは起こしてやらねばいつまでも寝ている。
秋口までは自力でもそこそこ起きられたと佐渡せきは話していた。しかし、冬になり寒くなったことで、
「朝が寒くて辛いんですよ」
ということらしい。
なるほど、そういうことはあるだろう。
「寒くなると熊も冬眠するからな……」
「そんな感じですよ。そんな感じ」
「……せきに使う鳥には、朝に起こしてくれるヤツじゃないとダメだな……これもはるかさまに伝えておこう」
と後日、風切あやかが話していたのだった。
さて……
冬の朝は暗い。
未だ夜のように思えるような闇が空へ広がっていて、遠くの方で小さく太陽の明かりが空を滲ませているのが見える。
「おや?」
風切あやかはいくつかの違和感を感じたものだった。
一つは妙な空気の暖かさである。まるで南風でも吹いているかのような、生暖かい風が吹いていて、昨日感じていたような寒さを、
「この時ばかりは……」
感じないのだった。
そしてそれだけではない。
「これは……どうしたんだ?」
雪が半分程度、とけてなくなっているのである。
この暖かい空気によるものだろうか。しかし、たった一晩でこうも気温が上がり、雪がとけてしまいなんてことがあるのだろうか。
少なくとも、今まで風切あやかが八霊山で護山家として働いてきた中では、
「こんなことはなかった……!!」
のである。それだけではない。
「あやかさん、おはようございます……今日も早いですね」
「ああ、おはよう……って、なんだと!?」
珍しく佐渡せきが自分から起きてきたではないか。
……いや、『珍しい』というかそんなことは1度としてなかったのだから、これは初めてのことである。
「せき、どうして今日はこんなに早く起きれたんだ?」
「いやぁ、そんなこと言われても……昨日、食べたおいしいお蕎麦のお陰かな?……いや違うな、なんか妙に暖かいからですかね」
「暖かいか……」
確かに、風切あやかもそれを違和感として感じてはいるし、雪が半分以上とけてしまっているという現象がある以上は、
「妙に暖かい……」
というのは間違いのない現実なのであろう。
……それならば、何故こうしたことが起こっているのか……。
(そういえば……)
このとき風切あやかが思い出したのは昨日の『せいりゅう』のことだった。
「奈落王」「山城」「会いに行く」
という断片的な言葉を発した会話である。
話していたのは蒼水れいの姉妹なのだが『奈落王』に『山城』、しかもそれに『会いに行く』となれば、
(ただごとではない……)
のだった。
いや、このときの風切あやかは少し敏感である。
ただの水の精である蒼水れいが次代の山神……もとい護山家のトップに会いに行くといって、会いにいけるものでは、
「とてもない」
のである。
その姉さんという人物がどれほどの人物かも分からないが、ともかく、水の精程度が会いたいといって会える人物ではないのである。
そのことは風切あやかも十分に分かっている。けれども、
「この異常な状況……」
がまさかそういったことに結びついているのではないかと、真面目過ぎるだけに思ってしまうのだった。
「せき、すぐに準備をするんだ。山城さまのところへ、護山家の役場へ行くぞ!」
「ええっ!!ちょっと待ってくださいよ!あやかさん、まだ朝飯も食べてないってば!?」




