山陰奈落の変 の章(1) ~ 帰還
「うーん、やっぱり輝いて見えるな。コイツを用意しておいて正解だったか」
そこは白銀の世界であった。
八霊山も随分と寒くなった。寒くなってから、雪が降り、山を白く染めるまではあっという間のことだったから、今はまだ外を出歩いているものはいない。
しかし、そこへ一人の人影が雪道へ足跡をつけて進んでいる。
「八霊山も雪が降れば別世界……といえども、私は例外だな」
何処を見ても白い雪景色とそれを纏った木々が生えているだけであり、道という道はどこにも見えない。
それでいて、その人物は道なき道をすいすいと進んでいくのだ。
程なく進むと水の音が聞こえてきた。
「さすがは水の精の護る水の道だ。凍らずに流れ続けている」
その人物が感心したように手を叩くと、
「おお、そう言ってくれる人が来るのは……いつぶりのことだったかねぇ」
どこからか声がしてきた。
ここは谷あいの川である。もしかしたら風が通ったときの音響かもしれない。
しかし、その人物は頷くと、
「10年、いや15年ぶりくらいか?久しぶりだな、蒼水れい」
「おっ……その声は……」
本当に久しぶりだとは思った。
川の上流から一人の少女が現れて、
「やっぱり姉さんじゃないか!生きていたんだなぁ」
にこりと笑って、その『姉さん』と呼んだ人物の肩を叩いた。
蒼水れいの身長はおよそ140cmほどであろう。その蒼水れいが腕を伸ばして相手の肩を叩いたのだから、大よそ、その人物は大人びた体つきをしていることになる。
「死ぬわけないだろ?私を誰だと思ってるんだよ」
「はは、そうだね。姉さんじゃいくら水を汚しても私には殺せそうにない」
「変ってないなぁ、川の水だけに……ってか」
「…………」
「黙るなよ。結構自信あったんだぞ?……あー、ダメだな。やっぱりダメっぽい」
その人物がくしゃくしゃと頭をかいた。頭……といっても、顔全体に布が巻きつけられていて、とても頭はかけたものではない。そうしているうちに、不意に頭を覆っていた布が緩み、雪の上へと落ちていった。蒼水れいがそれを見て、
「姉さんだって変ってないじゃないか。15年前、八霊山を出た時のままなんだよ」
「えっ、本当か?あれから色々あったんだぞ。変ってないなんてことはないハズだぜ」
「いやいや、その顔。本当に格好いいよ。美しさといえばあの流 ヒスイさまも居るけれども、姉さんのは格好良い!短い髪がまるで男の子みたいだし、もしそうだったら、私は惚れているところだよ」
「何、気持ち悪いこと言ってんだよ。その台詞、前にあやかと一緒に居るときも言ってただろ?お前、本当は、誰彼構わずに好きなんだろ?」
「ち、違うって……って、姉さんはそんな昔のこと、なんで覚えているのさ……いや、私だって覚えてはいるけれどさ……」
蒼水れいが苦笑を浮かべている。それを見たその人物は、
「そういう訳で、今からあやかの奴に会いに行くんだが……一緒に来るか?」
右手を差し出した。蒼水れいはその手をとると、
「ああ、一緒に行くよ。これでもあやかちゃんに会うのは久しぶりでねぇ……あやかちゃん、役目で怪我をしたり、リハビリで稽古に打ち込んだりで本当に相手をしてくれなくってさぁ……」
「そうか。アイツも色々あったんだなぁ。じゃあちょっと楽しい再会劇を見せてやるよ。ほれっ、背中に乗りな」
その人物は蒼水れいの身体を、
「まるで小石でも摘むように……」
ひょいと持ち上げると、
「なんだよーやっぱり軽いな。ちゃんと飯は食べているのか?」
肩へ乗せると、そのまま歩き出していった。




