水霊ヒスイの挑戦! 対決! あやか 対 せき !! の章(28) ~ 白い息 完
「チッ、なんてザマなんだ。まったく……」
不機嫌そうに腕を組んで座り込んでいる黒い影はそう呟くと、
「見せモンじゃないんだよ!さっさと引っ込めろよ!コノっ!!」
小さくなった身体、その腕をブンブンと降って威嚇をしているのだった。
「これは……?」
「ああ、あの伝承の奈落王だ」
「えっ、これがですか?」
「『これ』じゃねぇよ!俺の名はなぁ……!!」
「お前、名前なんてあったのか?」
護山家には大昔の奈落王との戦いを記した書物は多々ある。その戦いにおいて過去の山神さまは、奈落王を封じるに至り、
「万が一、封印が解けた時のため……」
または別の脅威が出現したときのための対応策を記録していたのだった。
山城 暁も護山家に属する多くの護山家達も、その記録を目にしているのである。
……ついでに話すならば、その記録は護山家の研修時においては、必修として目を通すように決められている。
風切あやかについては、その昔話を、
(はやく剣術の訓練をやりたい)
などと考えながら受けていたもので、佐渡せきに至っては、未だ入ったばかりで研修は受けていない。
さて……
そうした奈落王についての記録なのだが、不思議なことに彼女の名前はどこにも入ってはいないのだ。それは彼女が、
「俺は奈落王だっ!!」
などと叫び、肝心の名前を名乗らなかったことに由来するのだが、
「いや、俺はあのとき名乗ったぞ!?お前達が覚えていないだけじゃねぇのか!!」
奈落王としては名乗ったらしい。
つまるところ、あの戦いでの山神さまの勢力は、奈落王とその亡霊達相手に、
「狂乱の態……」
であり、もしも奈落王の話すとおりに彼女の名前を名乗っていたとしても、
「とても聞いて入られなかった……」
のだろう。
「そういうことかもしれないな……どうだ?」
「何がそういうことだ!?山城!出す気がないんだったら、さっさとまた封印しろ!」
「殺せ、とは言わないのか?」
「……ん、いや、俺はまだ消えるには早すぎるというか……」
声を詰まらせて俯いている奈落王である。それを見ている風切あやかは、
「山城さま、コイツを私達に見せて、いったいどのような話があるのでしょうか?」
「ああ、それはだな……おい」
「なんだよ。お、その女は……」
奈落王が風切あやかを見て、ふと何かを感じたらしい。僅かに目を合わせた。
「いや、そんなことよりもあの女だ!俺の封印を解いて利用しようとしたアイツだ!」
「山城さま、アイツというのは……?」
「奴が言うのは、流 ヒスイの妹の流 あさひらしい」
「流 あさひだって!?」
流 あさひ その人物については、風切あやかも佐渡せきも、高山はるかでさえ見たことはない。
流 あさひ については護山家の記録にさえ残っていない名前なのである。
しかし、『あさひ』という名前については覚えがある。
「あの浪霊を引き連れて、せきを襲撃した奴……」
そのことである。
「もっとも彼女と、今話しに出ている『あさひ』については同一人物とは限らない……しかし、同じである可能性が高い」
「いや、俺の封印を解いたのはあのクソ女だよ。封印を解いたときに見えた姿、顔はアイツのものだった。俺はアイツのことが大嫌いだから、見間違えるはずがねぇ」
「……ということなんだ。それと、それに関してもう一つ話があって、そっちの方が問題になっている」
「もう一つの話、問題、ですか……」
高山はるかが前へ出た。
「ああ、コイツの話だと、私と決戦へ及んだ時の力は100%のものではない……そうなんだ」
「それはどういう?」
「どうもこうもない!俺の力が全快だったら、あんなへなちょこ光線なんか、瞬く間にかき消してやったんだよ!!」
「……少し五月蝿いな。精霊鳥、コイツをちょっと隣の部屋に置いてきてくれ」
「分かりました」
すっくと精霊鳥が立つと、鳥かごを抱えて隣の部屋へと消えていった。
「奴が話すには、奴が100%の力を出すには暗黒石という石が必要なのだそうだ」
その暗黒石については、大昔の戦いに置いても奈落王は所持していた。
暗黒石は奈落王の持つ、負の力を増大させ、そして操る力を宿している。大昔の戦いにおいて、奈落王が用いていた亡霊を操る術……それもまた、暗黒石の力によるものだと、彼女は話していたのだった。
その暗黒石が山城 暁との戦いの時に失われていたのだとすれば、一体どこへ行ってしまったのだろうか?
「山城さま、まさか……」
「ああ、封印を解いた本人、流 あさひがその時に持ち去った……と彼女は話していた」
「それは……」
風切あやかの顔から冷たい汗が流れた。
八霊山において、何かとんでもないことを引き起こそうと暗躍している水影あさひ……もとい流 あさひである。その流 あさひが大昔に戦争、災厄を振りまいた奈落王、その力の源とされている『暗黒石』を持ち去ったとするならば、
「何を仕出かすか分かりませんね……」
そのことである。
「そうだ。高山はるか。それと最後に一つ問題なのだが……」
「まだあるのですか?」
「ああ、これはどういうことかは分からない。あの戦いの後で、流 ヒスイの行方が分からなくなったんだ」
「ヒスイが!!」
声を上げたのは佐渡せきだった。
あのあと、佐渡せきは山城 暁へ流 ヒスイの危急を告げた後、役場で待機を命じられてた。
山城 暁と奈落王の戦いが終わった後は、開放され、自らの小屋へ戻っていたのだが、
(ヒスイ……大丈夫かなぁ)
とても心配で眠れない日々が続いていたのだった。
今日、こうして護山家の役場へ呼ばれたとき、
(きっとヒスイも一緒に治療を受けているはず……)
と いちる の望みを抱いていたものだったが、
(やっぱりヒスイはいない……)
姿が見えないことに内心、肩を落としていた。
佐渡せきにとっては流 あさひや奈落王についての話など、とても天の上の話で自分の問題として考えることはできなかったのだ。
なんといっても、未だ護山家になって日が浅い。
「せき……?」
少し驚いた顔で風切あやかが佐渡せきを見ている。
「あっ……いや、なんでも……」
佐渡せきとって、それはなんでもなくはない。しかし、場所が場所である。
先ほども書いたが佐渡せきは護山家に入って日が浅い……が、それでいて序列というものには敏感であった。
新人の宿命というべきだろうか。自分の立場を見出すためには、上下……つまり上司は大事にしなければならない。
この場で流 ヒスイを心配することは、
(良くないこと)
かもしれない。
あの『せいりゅう』での山城 暁と流 ヒスイの応対を見ていて、とても山城 暁の前で彼女の話題を……心配をするのは良くないと佐渡せきは思ったのだった。
「自力で戻ったのかもしれない……が、そうではないようだ。少し前に、私が……」
山城 暁が声を詰まらせた。それを怪訝そうに風切あやかと佐渡せきが眺めていると、
「抜け出したんですね。しゅうこ先生は外出厳禁、としていたところを」
「あっ、ああ……実は、な。このことは他言無用だぞ。特にしゅうこ先生には絶対に言わないことだ、いいな」
「ふふ、そうですね」
高山はるかが小さく笑った。
(やはりはるか様は恐ろしいな……それにしゅうこ先生も)
風切あやかが苦笑を浮かべた。
過去に精霊鳥の一件で大怪我をした際に、風切あやかは白石しゅうこ先生の治療を受けている。その時にも、
「絶対に安静、こっそり役目や稽古に抜け出してはいけませんよ……」
小さく、それでいて威圧感のある言葉を投げかけられたものだった。
治療中に聞いた話では、白石しゅうこ先生は昔、高山はるかとその姉である高山かなたと共に護山家として縦横無尽に活躍をしたという。
その3人はまた山神さまに関する役目も帯びていて、山城 暁との関係も深いという話だった。
そうした話を風切あやかは今、思い出している。
「ともかく、私でないと水霊さまは会って下さらない。このことは急を要したから、仕方なく……な」
「ふふ、そうですね」
「それで確認したところ、やはりヒスイは戻っていないそうだ。あの時、私が見たところ、ヒスイはとても動けるような状態ではなかった……ところから見ると、何者かが連れ去ったのではないかと思うのだ」
「それが流 あさひ……ではないかと?」
「まぁな……水霊さまに関することだから、護山家の者に向けた記録には残していないのだが、流 あさひは、姉である流 ヒスイのことを愛していてだな……必死に水霊さまをヒスイを八霊山のトップへと持って行くのに熱心だった」
「もしかしたら、その野望を実現させようとしている、というのでしょうか?」
「分からない。が、こうも材料が揃うと、そう考えないこともできなくはない。ともかく、これからは一層の注意が必要になる、だろうな」
外ではまた雪が降り始めてきていた。
空には灰色の雲が広がり、吐いた息は白い。そしてたちまちに消えていった。




