水霊ヒスイの挑戦! 対決! あやか 対 せき !! の章(27) ~ 戦い、終わって
「そういうことがあって、なんとか奴を倒すことができたんだよ」
護山家の役場から山城 暁の高い声が響いている。
……もっとも、その姿はというと元気な声のとおりではない。体中へ切り傷や擦り傷など多くの痛みを抱えているのだ。
「少しは身体を労わってください。あなたでなければ、とっくに死んでしまっているところですよ」
と話すのは護山家で随一の医者で山城 暁の信任も厚い白石しゅうこ先生である。
昔は山城 暁と共に八霊山を駆け巡った……という話もあり、彼女の信用も厚い。
「そうか。それなら、これがもし、この風切 あやかだったら、もう死んでいるか?」
「なっ、何を唐突に話し出すんですか!?山城さま……!!」
「そうですね。彼女もかなり怪我を重ね、乗り越えてきていますが……うーん、ダメですね。死んでます」
「なるほど、そうか」
「ちょっと……」
風切あやかのふくれっ面を山城 暁が楽しそうに眺めていた。その隣で、高山はるかもまた微笑を浮かべている。
「それはそうと、本日、私達を呼んだのは一体どのようなご用時なのでしょうか?」
「ああ、それはだな……」
山城 暁が風切あやかと高山はるか、それに佐渡 せきをこの場へ呼んだのにはいくつかの大事な話があってのことだったのだ。
一つは風切あやかに関してのこと。
一つは奈落王に関してのこと。
そして最後の一つは、八霊山に暗躍する流 あさひ
大まかに以上の3つであった。
「まずあやか、お前に関することなのだが……」
「はっ、はい!」
「お前も見てきたと思うが、聖白の森にはもう白銀の魔物はいなかっただろう?」
「……はい」
風切あやかが聖白の森の修行場を使うため、その場所を住処としていた白銀の魔物……白銀は、流 ヒスイが倒してしまっていた。
奈落王と山城 暁の戦いの際に生じた衝撃波により、白銀の死骸はボロボロに朽ちてしまっていたが、残された一部を回収し解析したところ、かつて水霊さまの所有物であった魔物……水銀と同一であることが判明した。
それについて、水霊さま側に問い合わせたところ、水銀については、
「今はもう知るところではない……」
という回答を得た。なので水銀を倒してしまったところで特に問題にはならなかった。
……問題にならなかったといえば、風切あやかについても同様で、
「つまり、あの魔物と戦うことなく、聖白の森の修行場を使うことができるということですか……?」
「ま、そういうことになるなぁ」
それはそれで戦う手間も省けたし、怪我を負う……または最悪、命すらも落とす危険性はなくなったのだが、
「…………」
風切あやかとしてはやはり納得がいかない部分が多いようだった。眉にしわが寄って、俯いてしまっている。
それを山城 暁は見ると、
「それに関してはもう一方の話があるんだよ」
「…………もう一方の話、ですか?」
「そうだ」
山城 暁が語るところによると、確かに水銀がいなくなったことで聖白の森、その修行場への出入りに障害はなくなった……のだが、それとは別に、
「外を見るんだ」
「外、ですか?」
護山家の役場、その山城 暁の部屋にある縁側の外を見ると、そこにはどっさりと雪が積もっている。その雪の白が、太陽の光を受けて反射し、キラキラとまるで宝石のように光っているのだ。
「どうだ、綺麗だろう?」
「そうですね……」
「そうだろう!」
「…………あれ?」
佐渡せきが声をあげた。
「その……つまり、どういうことなんですか?確かに、雪景色は綺麗ですけど……」
「そっ、そうだ!雪景色なんて気にしている場合ではありませんよ!山城さま!!私はどうしたらいいんですか!?」
思わず風切あやかが取り乱した。
「どうしたら……?」
と山城 暁へ問いかけている風切あやかだったが、別に『どうするべきか』という話題ではない。
しかし、それでいて『どうすれば良いか?』と聞いてしまっているのは、やはり風切あやかにとって、水銀は倒すべき目標となっていたのである。
そのことは勿論、山城 暁にも分かってはいた。
「落ち着いて、あやか。その聖白の森の修行場……確かに水銀はいなくなった、が、だからといってすぐに利用することができる訳ではないんだよ」
「……ん、それはどういうことですか?」
「あやかさん、それは雪ですよ」
「雪だって?……あれ、そういう貴方は精霊鳥か……!!」
そこにはあの白い衣を被った人影が立っていた。精霊鳥である。両手には湯のみの乗ったお盆を乗せて、一礼をして部屋へ入ってきた。
「久しぶり……でもありませんかね。食事をしてから数日振りですけれども、この大雪が降った後では、まるで数年の時が経ってしまったように感じられますね」
「そういうものか…………」
イマイチ精霊鳥の話すことに納得できない風切あやかであった。思えば、精霊鳥は自分達とは違った生物であると言ってよい。
(そういう感覚も大分違うのかもしれないな)
ふとそう思ったが、今の風切あやかにとって、そのことはさして重要なことではなかった。それよりも、
「雪っていうのはどういうことですか!まさか大雪で聖白の森へ行けないとでも!?」
「そのとおりだよ。あやか」
「えっ……!?」
精霊鳥に聞いていたところを山城 暁に答えられてしまった風切あやかである。
精霊鳥ならば(一応は)対等に話が出来る関係なのだが、これが次代の山神さまにして護山家のトップである山城 暁となると具合は全く違ってくる。
「うっ、うう……」
その山城 暁にずばりと、
「大雪のせいで聖白の森へ行くことができない」
と言われてしまうと、これ以上の話はできなくなってしまう。
「あやか、君も護山家を何年もやっているから分かるだろう?大雪のなかを迂闊に出回ることが、たとえ山を護る者でもどれだけ危険なことか……」
「はっ……はい……」
まるで親にしかられた子供のような風切あやかである。
その様子を見て、高山はるかは小さく笑っていた。これはとても真面目な風切あやかをからかうには最適な話題になる。
「一つに関してはそういうことだよ。雪を除けるか、雪が解ける……春になるまでは、聖白の森へ行くことはできない」
「…………」
「だが、心配は無用だよ。除雪は少しずつ進めておく、あやか、君を待たせはしないさ」
「えっ……」
「ま、そういうことだ。それともう一つは……コイツの話でな」
山城 暁が指を鳴らすと、精霊鳥が奥の部屋から一つの箱を持ってきた。
「何ですか?それは」
箱……というよりも鳥かごに近いだろう。護山家は仕事柄、山に住んでいる野鳥を使うことがある。主に空を飛んでいる野鳥を呼んで使役することが多いのだが、中には自分で鳥を飼育し使役している護山家もいるのだ。そういった護山家は、こういった鳥かごに鳥を入れて飼育しているのだ。
さて……
その鳥かごに中に何か黒いものがいる。
「おい、皆の前だろ。挨拶くらいしたらどうだ?奈落王よ」
「な、なんだって……!!!!」
山城 暁が奈落王と呼んだその黒いものは、鳥かごの中でうずくまっており、黄色く光る瞳を外へ……
風切あやか達へと向けていた。




