水霊ヒスイの挑戦! 対決! あやか 対 せき !! の章(19) ~ 対決
「なるほど、咄嗟に結界を展開し、俺達をそこへ引きずり込むとは……」
まるで水槽のような水の輝く空間であった。
水に囲まれていながら、それでいて空気はあるようだ。そこへ流 ヒスイと謎の人影、
「それに……」
巨大な蟷螂のような生物が立ち合っている。
「水銀……か。久しぶりに見たが、変わっていないな。いや、少し身体が大きく、色艶に陰りが出ているか」
流 ヒスイが失ったのは右腕であった。それを謎の人影は僅かに見やって、
「今のお前は片腕を失い、武器も持ってはいない。この状況、俺とコイツを相手にするのは、いくら水霊のお前でもできないだろうな?」
「…………ふん、随分と生意気になったものだな。昔のことを忘れたか?」
「…………」
謎の人物は全身を衣で覆われ、顔も頭巾を被っていて、その素顔は見えたものではない。しかし、それでいて流 ヒスイを睨む瞳だけは、まるで針のように鋭く光り輝いているのが見える。そしてその身体から吹き出ている殺気は、まるで燃え盛る炎のようだった。
並みの護山家ならば、この殺気に当てられただけで動くことはできないだろう。だが、それに向かい合っているのは次代水霊の流 ヒスイである。
「そんなものを纏って姿を隠していても、私には意味のないことだろう。 それとも、せめて私を驚かせるつもりだったか?奈落王」
「ハッ、相変わらずだな。水霊、流 ヒスイ。そのいけ好かない態度も昔のまま、かえって嬉しいくらいだぜ」
「お前も相変わらずだ」
もう姿を隠す必要がないということだろうか、奈落王は纏っていた衣を投げ捨てて、その姿を現した。
姿かたち自体は護山家や水の精たちと変わらない人の形を取っている奈落王である。
しかし漆黒の衣、暗黒色のマントを纏った姿は恐ろしいもので、その上更に山に住むものとは大きく違った特徴を持っているのだった。
「その傷も、まだ残っていたのだな……」
流 ヒスイが懐かしそうに奈落王を眺めている。
それは青い肌である。八霊山に住む者は動物を除いて、等しく肌色の肌を持っているのだが、大昔、突如八霊山へ現れた奈落王は、その例に合わず、
「まさに異形、この世界の者ではない……」
と当時の山城 暁に言わせたもので、その奈落王の操る死霊も同じように人とは大きく違った特徴を持っていた。
あの時は、圧倒的な力で多くの護山家を葬ってきた奈落王である。
その奈落王が、今、流 ヒスイの目の前にいる。
(あの時は……)
奈落王は圧倒的な優勢のもとに、完全に油断しきっていた。
そこへ現れた水霊率いる水の勢力が、全力をもって死霊と奈落王を倒していった。
(今回はこちらと向かい合う形になっている……)
のである。
正面から戦い、勝てるかどうかは分からない。
(…………)
流 ヒスイは右腕をちらりと見た。
ここへ飛ぶまでの奈落王の奇襲で、右腕を失ってしまっている。
これは大きく奈落王を優位にしていると言って良いだろう。
それを気にする素振りを見せれば、かえって相手に隙を与えることになるのだろうが……
(笑っているな……これを……)
前回と同じように、相手から優位を取っていることで、奈落王は、
(またしても油断している)
のだろう。それを裏付けるように奈落王は、
「あの時は世話になったぜ。久しぶりに外へ出てこれたんだ……空気がうまいぞ」
「それも今のうちのことだ。精々、味わっておくといい」
さて……
流 ヒスイには疑問があった。それは、
「お前が外へ出ることを手引きしたものは誰だ?」
このことである。
大昔、水霊と奈落王との戦いで、流 ヒスイは奈落王を水霊さまの祠のある「蒼流の滝」の滝壺へと封印したのである。
水の力に弱い奈落王であるから、水の力が絶えず働き続けている「蒼流の滝」ならば、
「まず抜け出ることはできない」
のだった。
その奈落王が封印から逃れ、今、流 ヒスイの目の前にいるのである。
(考えられるとすれば……)
脱出を手引きしたものがいる……ということになる。そしてその『手引きしたもの』について、心当たりのある流 ヒスイでもあった。
「ああ、そうだ。お前の妹君だよ。こいつを貸したのもあいつだ」
傍に佇む巨大な蟷螂、水銀の脚を叩きながら奈落王が話した。
(やはりそうか)
先日の山城 暁との会談で、彼女が話していたことで『水影あさひ』という者の暗躍という話があった。
流 ヒスイには一人の妹が居て、彼女の名前を、
『流 あさひ』というのだ。その流 あさひは既に述べたとおり、水霊宮殿を飛び出したきり、行方不明となっている。
その『流 あさひ』と『水影あさひ』が同一人物であるかは分からない。
しかし、八霊山を……山神さまの手から取り戻そうとする行動は、
(あさひくらいしか取らないだろう)
流 ヒスイはそう思っていた。ならば何故、
「あさひがお前の封印を解いた?あさひはお前を操っているのか?」
のだろうか。その問いに対して奈落王は、
「知らないな。ただ、あさひの奴が俺の封印を解いた。それだけのことだぜ」
「そうか……分かったよ」
封印を解いたのは流 あさひだということだった。それならば、流 あさひの意思、考えがあるのだろう。
「どちらにしても、ここでお前は倒すよ。お前では私を倒すことは出来ない……それは大昔と変わらないことだ」
そう、昔のままならば、奈落王は水霊たる流 ヒスイに打ち勝つことはできないだろう。
そのことは封印を解いた流 あさひも分かっていることだろう。
(…………)
それを思えば、奈落王の封印を解いたことに関しては、何か別の目的があるのかもしれない。
右腕を失っている流 ヒスイだが、
「あの時のように、またお前を倒してやる。お前を倒して、あさひを連れ戻す」
水のように冷たい闘志がその全身から立ち上っていたものだった。
そして、それを見た奈落王が、
「そうだ!もう身体がなまって仕方がなかった!流 ヒスイ!お前は俺の相手に不足はない!昔の借りは、今こそ返すぜ!!」
地獄の炎のように熱い闘志を燃え上がらせたものであった。




