水霊ヒスイの挑戦! 対決! あやか 対 せき !! の章(12) ~ 水銀
この日も稽古は続いていた。
空は少し曇っていて、今にも雨が降り出しそうな天気であった。
風もすこし吹いている。
「今日は雨が降るだろう。外での稽古は日の高いうちに切り上げる」
「分かりました。ヒ、ヒスイさん」
「……ん、ああ、そうだな」
どこか不満そうな流 ヒスイである。というのもやはり自分のことを『ヒスイ』と呼んでくれないのが気にかかるのであったが、
(まだ出会ったばかりのことではないか……仕方のないことだ)
と自分なりに妥協して、なんとか『ヒスイさん』で落ち着いている。
二人は水霊の城へと戻ってきた。
戻ってきたら戻ってきたなりに行える稽古はある。
「ここにある書物を読むのだ」
流 ヒスイは書庫へ案内すると、そこで本を読むことを進めてくるのだ。
(うへぇ、本かぁ……勉強って言うのはどうも苦手でなぁ)
稽古は好きなのだが『勉強』となると苦手意識を持っている佐渡せきである。
これは生来の性質らしい。八霊山で倒れる前からそうであった覚えを持っている。
「でもこれは……」
それでも面白そうな本はあるようだった。
(なんだろう?これは)
何やら白い蟷螂のような生物の描かれた本が目に付いた。
その本を風切あやかが見たものならどんなに驚いたことだろうか……まさしく、聖白の森に棲んでいるあの、
『白刃の魔物』
であった。
思わず興味を持った佐渡せきが、その本を開いてみると、
「水霊様が死霊退治に遣わせた者 水銀」とある。
更にページをめくってみると、
「八霊山が奈落王により侵略された時、八霊山は死霊であふれかえっていた」
そうである。その死霊を残らず片付けていったのが、その水銀という蟷螂だったそうだ。その後、水銀は八霊山の死霊を倒し終えると、何処かへ消えていってしまったのだという。それを水霊さまは、
「奴は役目をやり遂げた。後は自由にさせるのだ」
ということで、今も尚、何処かで生きているということになっているらしい。
……もっとも、それが八霊山の聖白の森を住処にして暮らしていようとは、水霊さまは知っていたかどうかは分からない。
ともかく、そういった歴史のある生物で、もとはこの水の精の領域に住み暮らしていたという。
「おや、それは水銀か……懐かしい」
横から佐渡せきの本を覗き込んでいた流 ヒスイが懐かしそうに笑っていた。
「そいつは元々、とても臆病な生き物で、あの時もここから出ようとしなかった。それを皆で引きずり出した……ああ、そうだ。水銀を外へ出すことを反対した者がいた……」
「…………?」
急に流 ヒスイが声を落としたのが、佐渡せきは気になった。
「いや、なんでもない。ただ水銀を気に入っている者が居て、それを戦うために外へ出すことを反対しただけさ。」
「へぇ、そうなんだ」
ぱらぱらと興味本位で佐渡せきはページをめくって見た。もしかしたら、流 ヒスイの話す、
(その水銀を外へ出すことを反対した人……)
が載っているのかもしれない。別段、その人物に興味はない佐渡せきなのだが、先ほどの流 ヒスイの表情がどうにも気になるのだった。
「そんなに水銀のことが気になるのか?」
「えっ、ああ、知らないことだからさ。どうにも夢中になっちゃって」
「……そうか。いや、すまない。そんな君の事を見ていると昔のことを思い出してしまった。すまない、少し外の空気に当たってくる……」
そう言うと、流 ヒスイは部屋を出て行ってしまった。
外ではもう雨が降っているらしい。雨が城を打つ音がこの部屋の中でも十分に聞いて取れた。




