カゼキリ風来帖(7) ~ 水霊ヒスイの挑戦! 対決! あやか 対 せき !! の章 (9)
そこは冷たい森であった。
太陽は天高く上っており、その下にある白い木々を照らしている。
まるで雪原を照らしているように、木の幹とそれが茂らせている葉が光り輝いている。
ここは聖白の森という。
八霊山の裏側、山神さまの領域の隣に位置する場所であるのだが、
この場所を知るものは、護山家の幹部が、
「数名知っているか知らないか……」
といったところなのだ。
いや、殆どのものは知らないし、知っていたところで役に立つものでもない。
以前は一種の修行場として使われていたものだった。しかし、あの奈落王の八霊山侵攻の時に、
「荒らされて……」
以来は、誰も近づくことがなくなってしまったのだ。
それは奈落王の侵略により、この場での修行が、
「あまり役に立たない」
と思われたことにもよっている。
この聖白の森は神聖な雰囲気、そして神秘なる気の流れにより、自身の精神力を高める修行場として、昔の護山家に活用されていたのであった。
しかし、その修行を積んだものであっても、奈落王の死霊達に対抗することが出来なかった。ならば、
「重視されるべきは、実力と能力であろう!!」
と多くの護山家達は考え、以後は剣術と武術の研究や稽古に励んでいたものである。
そうしたことから、この聖白の森には、今は誰も入ることがなくなったのだ。
「おや……」
翌日のことである。風切あやかと山城 暁……それに侍従の護山家二人が聖白の森へとやってきた。
名前は赤川と青山というらしい。山城 暁本人は、
「付き添いは不要だ」
と話したそうだが、そこは一応、次代の山神さまとなる山城 暁である。
「山城さまは、自分のことを自覚して貰わなければ困ります!!」
二人から迫られると、苦笑を浮かべるばかりであった。
(この二人、相当に強い……)
先を行く赤川と青山を見て、風切あやかは舌を巻いていた。
なるほど、身のこなしが尋常ではなく、二人の距離の空け方、そして周囲への警戒など、
「隙がない」
のである。
さて……
一行は聖白の森へ入ったようだ。
周囲の景色が秋めいている茶色と緑の木々から、まるで冬の雪景色のような、白色を纏った木々に変わってきている。
「とても綺麗な場所だ。こんなところが八霊山にあったとは……」
思わず、風切あやかが呟くと、
「そうだろう。私も初めて見たときはそうだった。それはもう……ああ、いつのことだったかな」
「50年前になります。山城さま。付け加えると、丁度、それに二日前のことだったと覚えています」
「天候は少し曇っていましたね。山城さまが、雲と木々が同じ白色で、まるで空が降りてきたようだと話しておりました」
「ああ。そうだったかな。私は覚えてはいない」
山城 暁が笑っていた。
なるほど、赤川と青山の二人は相当昔から、山城 暁の世話をしてきたのだろう。
もちろん、それは風切あやかの生まれる前のことなのだ。
(50年前か……私にとっては途方もない昔のことだ。あまり意識はしていなかったが、この山の護山家達は、生きる時が外の世界とは違っているのかもしれない)
しみじみ思っていた。
ともすれば、今を生きている風切あやかの時間、その世界はどういったものになるのだろうか……。
ふと、それを思ったとき、前を歩く、赤川と青山の足が止まった。
「山城さま、何か、居るようですね」
「……そうみたいだな」
その声を聞いて、風切あやかは我に返った。
さっと腰元の刀へ手をかけると、自分もまた周囲へ注意を向けてみたのだ。
(一体何が……!?)
すると何処からともなく、
「白い影……」
が現れたではないか!!
「何者だ!?」
まず赤川と青山が叫ぶや否や、
「待て!!」
と山城 暁が二人を制した。その様子は赤川と青山とは違い、非常にゆったりとしている。
両手共に空いたままである。強いて言うならば、戦う意思すらないのかもしれない。
そして、それはまるで相手の正体が分かっているようにも風切あやかには見えた。
とはいえ、山城 暁の目はその眼前に現れた白い影へと向けられている。
武器こそは構えては居ないが、とても鋭い視線であった。
「そうか、なるほどな……」
一人頷いている山城 暁である。
そうした後で、後ろを振り返り、風切あやかを見るや、
「どうやら彼はお前に用があるようだ」
そう言ったものだった。
「私に用がある……?」
風切あやかは驚いて、山城 暁を見た後で、その先に居る白い影へと目を向けた。
(…………どういうことだ?)
その白い影は、全身を白く輝く布で覆っていて、中身がどういったものかはまるで見当がつかない。
分かることといえばその姿が人の形をしていることである。
そして、顔を覆っている布の間からは、
「人のものとは思えないような……」
奇妙な光と称えた瞳が覗いているのであった。
そうした風貌に風切あやかはとても見覚えがないものだったが、どうやら山城 暁には、その白い影の正体が分かっているらしい。
「私のことが分からないようですね。無理のないことですが……」
白い影が声を発した。
その声はまるで鳥のように高い声であった。もちろん、風切あやかはその声を聞いたことはない。
「私のことを知っているのか?一体何者なんだ……!?」
「私と貴方が出会った……いや、姿を認め合ったのは今年の春先のこと。ほんの一瞬のことだった……面識もないでしょう」
「春先……?」
それを聞いて、風切あやかは今年の春先のことを思い浮かべてみた。思い浮かべてみたが、このような白い布を纏った者などは、
「一人として見た覚えはない」
のである。
だとしたら一体何者なのであろう?怪訝そうな顔を隠せずに居る風切あやかなのであった。
「ふっ、いい加減に意地悪を言うのはよしたらどうだ?……精霊鳥よ」
「精霊鳥!?」
流石に見て入られなくなったらしい。山城 暁がその名前を口にすると、白い影はふっと笑い、
「こうして山の者と向き合うのも滅多にないこと。申し訳ありませんね」
一転して白く輝く布から覗く瞳が、優しい光を見せた。
「本当に貴方が……あの時の精霊鳥!?」
「ええ。あの時、浪霊の刃を受けて……消滅してしまった方が私ですよ。あの時、貴方に助けられ、巣立ったあの子は今も、何処かの空を飛んでいることでしょう」
「そうでしたか……」
「私はあの時、精霊鳥の役目をあの子に任せ、消えてしまう定めでありました。しかし、何者かの意思により、こうして別の形と役目を与えられ、この場に現れたのでした」
「精霊鳥、今年は前代と次代が同時に存在するという異常なことがあったようだが……」
「はい。山城さま、申し訳ありませんが、私にもその理由は分かりません。ただこうして私が『存在する』こと自体が、何かのお導きかと思います……そして、風切あやかさん、貴方がこの場所を訪れることも……」
「まさかそんな……」
にわかには信じられない話だった。いや、夢にも思わないようなことだと言った方が正しいだろうか。
精霊鳥の異変、そして風切あやかがこの場所に修行に現れること……
「それがすべて運命付けられてのこと」
だと精霊鳥は話しているのだった。
もちろん、風切あやか自体、自分をそんなに大きな存在だと思ってもいない。実力も特筆すべき点もない。
だが精霊鳥の話によれば、自分は何か八霊山にとって大きな意味を、
「持っている」
のだというのだ。
「山城さま……」
風切あやかは小さく山城 暁へと声を掛けた。振り返った山城 暁が頷いてみせると、
「どうもそういうことらしいな。自信を持て!お前は導かれてここに来たんだぞ」
とても力のある声で答えたものであった。
それを聞いて風切あやかは、なんだか力が出てきたような心持ちとなった。
(そうだ。私は何のためにここへ来たものだったか……過去を認め、強くなるためだった!!)
それを思い出すと、風切あやかは一歩前へ出た。
山城 暁とその前にいる赤川と青山よりも前へ出て、精霊鳥の目の前へ立つと、
「あの時も、貴方には助けられたものだった。今回も世話になる……どうか、宜しく頼む!」
力と気持ちを込めて頭を下げた。
その後、聖白の森へは風切あやかと赤川、精霊鳥だけが残った。
というのもこの聖白の森での修行には、あまり人数は必要のないことだし、
「私が手ほどきをすることもないだろう」
ということで、山城 暁自身が戻っていったのである。
山城 暁は風切あやかを通して、流 ヒスイの挑戦を受けているとはいえ、護山家をまとめる役目を担っている。だから、それを放ってでも風切あやかにつきっきりで修行に励むことは難しいのだ。
「聖白の森での修行が終わったら、しっかりと稽古をつけてやるからな!」
と山城 暁は声を高らかに言っていたものだった。
「あんなに楽しそうな山城さまを見るのは久方ぶりのことだよ。余程に君のことが気に入ったらしいな」
と残った赤川は小さく笑いつつ話していた。
「さて……」




