カゼキリ風来帖(7) ~ 水霊ヒスイの挑戦! 対決! あやか 対 せき !! の章 (5)
思わぬことになった……と風切あやかは思った。
厳粛な話をするばかりと思っていた風切あやかであったが、まさかこの場で朝食を取ることとなろうとは、
(まったく考えていなかった……)
のである。
それだけに少々拍子抜けをしてしまい、思わずして朝食は綺麗に平らげることができたのだった。
「これはナスか、ニンジンか、漬物がおいしいものだ!それより……」
山城 暁がおいしそうに食べていたのが、
『ウナギの蒲焼』
であった。
この時期の八霊山では川魚がおいしいものだ。イワナにアユなど、料理に適した魚が多く取れ、食事処のせいりゅうでは毎日盛況だそうな。
特に今日のウナギの蒲焼などは、山城 暁が食べるものとして、前々から準備されていたらしい。
もっとも『せいりゅう』でも注文することはできるのだが、これが中々できるものではなく、
「取れる量には決まりごとがあって、出せる数は限られているんだよ」
ということを山城 暁はこの場で話していた。
「私は魚が好きなんだ。食べると元気が出てくる……そして感謝の思いが沸いてくる」
こうも話していた。
それを風切あやかは聞いていて、
(なるほどな)
と頷いていた。それにしても、
(あのお方が私たちに話とは一体何なのだろうか?ただの食事会という訳でもないはず……)
その思いが食事中でも風切あやかの胸の中で渦巻いていた。
隣にいる高山はるかなどは、澄ました顔で黙々と料理に手をつけており、時折、山城 暁の言葉に、
「そうですね」
と笑いながら相槌を打っている。
食事は終わった。
使いのものたちが食べ終わった膳を片付けてゆくと、
「さて、本題だが……」
そう言いかける山城 暁がなんとも罰の悪そうな表情を浮かべて、
「本当に、本当に申し訳のないことだが……」
言葉を繰り返している。そこへ
「あの、山城さま」
高山はるかが声を掛けて、
「なんなりとお話くださいませ。山城さまあっての護山家ですから」
というと、一応は決を固めたらしい。かっと目を見開いた山城 暁は目に光を灯らせて、高山はるかと風切あやかを見た。
「では話そう。君たち、高山班の一人、佐渡せきが水霊さまにさらわれてしまったのだ……」
「なっ!!」
驚きのあまり、風切あやかから声が出た。佐渡せきがいないことは気掛かりではあったが、
(まさかそんな……)
ことになっていようとは考えもしていなかったのだ。
更に佐渡せきが攫われてしまった時の状況が山城 暁から話されていく。
佐渡せきをさらった流 ヒスイのこと、そして勝負の話である。
その中で流 ヒスイという人物のことが風切あやかは気になった。
「山城さま、その流 ヒスイというのはどういった人物なのでしょうか?」
「そうだな……」
山城 暁の話すところによる流 ヒスイとは、
「かなりの実力者であり、私の好敵手だな」
立場として見ても、山神さまの娘である山城 暁に水霊さまの娘である流 ヒスイなのだ。
八霊山を代表する二人の神の娘とあっては、
『対抗意識』
を持つことはなんら不思議なことではない。しかし、この点においては、流 ヒスイは非常に冷静であり、
「そんなことに意味はない」
というように、対抗意識はあまり持ってはいない。その一方で山神さまの娘である山城 暁は、
「うわぁっ、今日も負けたよ!」
幼少の頃から勝負を吹っかけては軽くあしらわれていたものだった。そこが現代にも繋がっているようで、
「ヒスイ、今日は負けないからな!」
「ふん。何度やっても同じだろう」
といったような問答が今なお繰り返されているのである。
さて……
そういったことから、今回の事件は発生したらしい。
どういった気持ちの変化かは分からないが、
「流 ヒスイが勝負に乗り気になった」
というのである。そして、それがただの勝負ではなく、
「私が佐渡せきを強くしてやるから、お前も鍛えた者を連れて来い……その二人を勝負させてやろう」
つまり、剣術の教えの上手さを競うものなのだ。
「なるほど、では流 ヒスイがせきへ特別に危害を加える可能性は……」
「恐らくないだろう。どういった意図でそういった勝負を持ちかけてきたかは分からないが……」
「山城さま」
「なんだ?」
風切あやかが手を上げた。こうして山城 暁に向き合うのは、この場が初めてなのである。
凛とした顔、そして瞳が風切あやかへと向いている。なんとも凛々しく可愛らしい顔なのだが、それでいて、
『威風堂々』
といったような力強さ、威圧感を持っている山城 暁なのだ。
その迫力に萎縮しつつも、張り上げたような声で、
「先の事件では水霊さまの手のものと思われる『水影あさひ』という者が暗躍しておりました。その水影あさひは佐渡せきと接触がありました……これは、今回のことと何か関係があるのではありませんでしょうか?」
「なるほど。風切あやか……だったかな。君の活躍はいつも耳に挟んでいる。特に精霊鳥の件では、その働き、大いにご苦労だったよ」
「あっ、ありがとうございます!」
「それで君の疑問についてだが、私もその件で先日、水影さまのところへ赴いたんだ」
「………!!」
「本来ならば、極秘のことだけど君達だから話すよ。その場で水霊さま、及び、流 ヒスイはその件で暗躍していた『水影あさひ』と全く係わり合いのないこと……と言っていた」
「山城さま、それは……」
「本当のことかは分からない……が、流 ヒスイは高い誇りを持っている。私の好敵手……だからな」
不意に山城 暁が遠くを見た。宙へ注がれたその視線には、きっと流 ヒスイの顔が浮かんでいることだろう。
風切あやかや高山はるかには、目の前にいる山城 暁の姿は見えている。だが、その好敵手たる、
『流 ヒスイ』
の姿は未だに知るところではない。
しかし、山城 暁の話を聞くところ、
「山城さまと双璧を成すような……」
つまりは八霊山における、
『山神さまと水霊さま』
というような果てしない関係なのだから、それとなく山城 暁が見ているような流 ヒスイが、
「私にも……」
見えたような気がしたのだった。
「それでだ。話は分かってくれたと思うけれども、佐渡せきを取り戻すためには、ヒスイが指導した彼女と対決しなければならない」
「……はい」
「ヒスイの剣術、武術は尋常のものではない。そして勝算のない勝負を挑むヒスイではないんだ」
山城 暁が力を込めて話している。その重大さ、流 ヒスイの脅威がひしひしと風切あやかへと伝わっていた。
それと同時に自分の胸に芽生えてきたある気持ちが、風切あやかの口を動かした。
「山城さま!!」
「なんだい?」
「私を、せきの相手に据えてください!強くなったせきと戦いたいです!!」
「風切あやか……」
「そうですね」
ふっと高山はるかが笑って、
「私からもお願いします。流 ヒスイがせきを鍛えるということは、山城さまがあやかを鍛えてくださる……ということですよね」
「勿論だよ。これもヒスイとの勝負だ……負けるわけにはいかないさ」
「……ということですよ。あやか。あなたは山神さまの代表として水霊さまと勝負するのですから、責任は重大ですよ」
「ちっ、違います、はるかさま!私は先輩としてせきの奴を……」
「山城さま、このような部下ですが、どうぞ宜しくお願いします」
「ああ、確かに。こちらこそ宜しくお願いする。風切あやか!」




