カゼキリ風来帖(7) ~ 水霊ヒスイの挑戦! 対決! あやか 対 せき !! の章 (4)
「まったく、昨晩はせきのやつが戻っていないかと思えば、そんなことになっていたとは……」
翌日のことである。
太陽が上るのはもうだいぶ遅くなっている。年の瀬が近いということだろう。辺りはまだ夜の闇に溢れていて、空気もまた冷たいものだった。
「こんなに朝早くから呼ばれるとは一体何の用でしょうか?」
「私も知りませんよ。ただ急に山神さまの使いが来て、役場へと集まるように……と言っただけですから」
「そういえば、せきのやつがいませんね。昨日は役目の後は見ていませんが」
「……ならば、また彼女が問題でも起こしたのかもしれませんね」
「それにしては、呼ばれる先が役場、その知らせを持ってきたのが山神さまの者と来ています。せきがしたことにしては、ことが大きいような気がします」
「なんにしても言ってみれば分かりますよ」
そうして風切あやかと高山はるかが役場へ着いたころには、すっかり太陽が昇っていた。
役場は山の高いところにあり、そこから見渡す八霊山は非常に綺麗なものである。
「だいぶ秋も深まって、終わりに近いようですね」
と風切あやかが言うように、赤く染まった木々は、少しずつ黄色へと色を持ち、葉を落としていっている。
こうなればあとは葉が落ちるだけである。葉が落ちれば今度は、空から雪が落ちてくる。
冬を迎えた八霊山は雪に閉ざされたように、外からの出入りは少なくなり、また内での動きも活発ではなくなるのだ。そうした時期を、
『年末年始』
などといって、その周囲で色々なお祝いやお祈りなどを交わす催しがあるものだが、それはまだ後の話である。
さて……
「お待ちしておりました」
と番兵が迎えた。
(お待ちしておりました、か……)
この違和感に風切あやかは気がついている。
仕事のことで、この役場へ呼ばれることは多々ある護山家なのだが、わざわざ、
「お待ちしておりました」
などと声を掛けられることは、
(今までにはなかったこと……)
なのだ。
この普段との違いは一体何を意味しているのだろうか?
風切あやかは高山はるかの後について進んでいった。進んでみると、
「おや?」
やはり普段とは様子が違っているように見えた。
普段ならば、多かれ少なかれ事務方の護山家で賑わっているこの廊下が、
「まるで事件……非常時のように静まり返っている」
のである。
呼び出しに『山神様の使い』が出たこと、それに番兵の様子を見るに、
(なにか大事なことがあったんだな……)
ここにきて風切あやかは強い緊張感を抱いたものだった。
飲んだ唾の音が何よりも大きく聞こえた。静かな廊下を抜けてみると、
「お疲れ様です。この先には、山城 暁さまがいらっしゃいます。どうぞ粗相のないように」
ひときわ豪華な服をした護山家が小さく告げたものだった。
「やっ、やましろだって……!!!!」
思わず驚きの声を上げそうになった風切あやかであったが、なんとかその声を飲み込んだ。
しかし、顔と背中には冷たい汗が流れているし、胸は鼓動で高鳴っている。
風切あやかにとって、山城 暁という人物は、まさに
「雲の上の人物……」
といって差し支えない。
護山家の頂点にして山神さまの娘であり、次代の山神さまになる人物である。
一人の護山家……それも風切あやかは外入りである。八霊山で生まれた純粋な護山家でさえ、そういった人物とは、とても縁を持つことはないと言われているし、実際にそうなのであるから、とても、
「私なんかが山城さまに会うことなど、まったくないだろうなぁ」
普段からそう思っていた……というより、会うこと自体夢にも思ってはいなかっただろう。
そんな自分が、まさか山城 暁を見るにいたるとは、
「これはいったいどういうことだ!?」
風切あやかはさすがに動揺を隠せてはいない。その一方で高山はるかはというと、
(あやかは驚いているようですね。これは面白い)
というように反応を見ては楽しんでいる。
高山はるはは姉の高山かなたを通して、何度か山城 暁を見たことがあったものだったのだ。
その中では声を掛けられたり、視線を向けられたりといったこともあった。それだけに、今回の緊張の具合では風切あやかと比べて、
「非常に落ち着いて……」
いる高山はるかなのである。
さっと侍従と見られる護山家が戸を開くと、そこには沸き立つほどに綺麗な姿をした人物がいた。
(なるほど……あれが……)
真剣な顔をした風切あやかが、心の中で感服した。
身に着けているものは流石に立派の一言であるが、それ以上に存在感が圧倒的だったのだ。
高山はるかと並んで、山城 暁 の前……一間ほどだろうか、一段挟んで向き合うと、
「どうぞゆるりとして欲しい」
直接、山城 暁が言ったものだった。
言葉に従い、座って向き合うと、山城 暁の姿も間近に見える。
(これは……)
なるほど、やはり強い。と思わざるを得ない。白く短い髪はまるで針のように、そして涼やかに輝いているし、顔にはまっている二つの目は、頼もしげな力強い光を宿している。
「おはよう。八霊山、護山家を統括している山城 暁 と申します。今日は急に呼び出して申し訳ない」
「お言葉恐れ入ります」
「それで本題なのだが……そうだ、朝御飯は食べたかな?」
「いえ、この後に食べようと……」
「そうか。それならば、まずは食事としよう。食事も暖かい味噌汁も用意してある。話の前にまずは腹をこしらえよう」




