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カゼキリ風来帖  作者: ソネダ
カゼキリ風来帖(7) ~ 水霊ヒスイの挑戦! 対決!あやか 対 せき !! の章
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カゼキリ風来帖(7) ~ 水霊ヒスイの挑戦! 対決! あやか 対 せき !! の章 (3)

 「えっ……まさか」

 それは上から下へ動くと、カラン、と音を立てて、地へと落ちた。

 駆け寄って見てみると、まさしく佐渡せきが先ほどまで握っていた木刀である。

 佐渡せきは木刀を拾い上げると、山城 暁へと向き合って、

 「すっ、すごいです。あんなの見たことがない……本当にお強いんですね」

 感嘆の声が出た。これは本当のこと、心の底からわきあがった言葉であった。

 今日まで、他の護山家との稽古をしてきた佐渡せきである。その中でも特に一緒の高山班に所属している風切あやかや高山はるかとは、役目の合間にでも稽古を行い、その度に、

 「痛い目を……」

 見てきた佐渡せきなのだ。その風切あやかや高山はるかでも

 「護山家の中では……」

 腕の立つ方なのである。

 したがって、その二人の冴えわたる剣術を日頃から見ている佐渡せきなのだが、今日見た山城 暁の剣術、技については、

 「これはもう凄すぎる」

 の一言だった。うまく言うならば、彼女の剣術に惚れてしまったと言っても過言ではないだろう。

 それほどに素晴らしいものだったのだ。

 「はは。ありがとう。でもね、これでもまだ足りないくらいなんだよ……俺には負けられない相手がいるんだ」

 「負けられない、相手?」

 「そう。どうしても勝ちたい相手……って、そういうと俺が負けてるみたいだけど、いずれは勝つ!絶対勝つ!ってさ意気込んでいるんだ!」

 木刀を地面に突き立てて、笑っている山城 暁である。その一方で、佐渡せきにとっては、

 「そうなんですか……」

  途方もない話であった。自分などは剣術を始めてまだ間もないくらいである。その上、風切あやかや高山はるかなど、腕の立つものは数多く居るのが今の八霊山なのだ。その中でも今までに見たことのないくらいの実力を持っている山城 暁が、

 「勝つことのできない」

 「負けられない……」

 といったような相手が存在するのだ。思えば、佐渡せきなどにはとても手の届かないような、天上での戦いなのだろう。

 その片割れが山城 暁であり、今、佐渡せきの目の前に居るのである。

 「そいつはさ。俺と同じような生い立ちで、背負うものも同じなんだ……だからこそ、負ける訳にはいかないんだ!」

 ぐっと山城 暁が手を握った。その手を精気に満ちた目が眺めている。

 「ほう、そんな風に思っていたとはな。随分な言われようだな」

 「その声は……!!」

 不意にまた別の声がして、佐渡せきは我にかえった。見ると、丘の上の方に人影が見える。そして感じたものが、

 『強烈な寒気……』

 であったのだ。

 なんだろう?今までに感じたことのないものだった。敢えて言うならば、狼に睨み付けられているような……わずかにでも動けば、すぐにその牙が佐渡せきの喉元を刈りきっていってしまうような……そういった感覚である。

 「流 ヒスイ。どうしてここに?」

 「どうしてだって?それはお前、これを忘れていったからだ」

 流 ヒスイの手には刀が握られていた。

 「ああっ、それは!!」

 はっとして、山城 暁が腰元を見ると、水霊さまの社へ向かっていたときには差していた刀がなくなっている。一体どうしたことだろうか?……いや、心当たりはある。

 (そうかあの時……)

 水霊さまとの会談のときである。会談の場であるということで、山城 暁は刀を腰から下ろしていた。山神さまの代理とはいえ、会談の場で刀を差していることは、

 「好ましくない」

 と母である山神さまへ言われている。そして、ついうっかりそのまま置いてきてしまったのだった。

 「も、持ってきてくれたのか。ありがとう」

 ……と普段ならば言える山城 暁なのだが、この場合、その言葉は簡単に出すことはできない。

 なんだか気まずそうに流 ヒスイの持っている自分の刀を眺めつつ、放つべき言葉を探している。そういった様子なのである。

 それを見かねてか、流 ヒスイは呆れたように息を吐くと、

 「安心しろ。別にどうということもない。これを返すことに条件や交渉を持ちかけるほど、私も母上も落ちぶれてはいない、さ」

 「…………そうか」

 「ただ面白いことを話していたな。負けられない相手、か」

 そう呟くと、流 ヒスイは軽い身のこなしで丘から駆け下りてきた。まるで水が流れるように無駄のない、軽やかな動きであった。

 「ふむ……」

 降りてくるなり、流 ヒスイは山城 暁のそばに立っている佐渡せきを、

 「なるほど、この娘は、な」

 下から上へ眺めて、にやり、と笑みを浮かべると、

 「この小娘は借りよう。そして勝負だ、山城。私がこの小娘を鍛えるから、お前は腕が立つ奴を連れてくるんだ……負けられない相手……そうだろう?」

 「なっ、待つんだ!ヒスイッ!!」

 「この刀は返す。別に危害を加えるつもりはないさ。お前も護山家を統括するものの一人だろう?不都合はないハズだ」

 「えっ、ちょっとっ!!」

 それだけ言うと、流 ヒスイの姿が消えた。同じくして佐渡せきの姿も消えている。その佐渡せきの代わりに、山城 暁の刀が大地に落ちている。

 「これは困ったことになった、か……」

 刀を拾い上げると、山城 暁はゆっくりと歩き出した。

 頭の中では流 ヒスイの話していたことを何度も反芻して考えている。

 「ヒスイは彼女を鍛えるといった。そして、腕の立つものを連れて来い」

 と話していた。

 これがつまりどういうことか……。

 とにかく、このことを母である山神さまに報告しなければならないだろう。

 その上で決めなければならないことは多々あるだろう。

 「……これは面白いことになってきたかもしれないな」

 佐渡せきには悪いが、山城 暁には少し、

 「心の躍るような思い……」

 があったのだった。それは自分の好敵手といえる流 ヒスイと競えること、そして彼女に再び挑戦できること。

 これが山城 暁の胸に熱を持たせているのであった。

 辺りは燃えるような赤色を呈している。夕日が遠くの山に沈もうとしているのだ。

 その赤い空を見て、山城 暁は野山へと消えていった。

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