カゼキリ風来帖(6) ~ 外入り新人!佐渡せきの悩み の章(11) 完
(このままでは勝負がつかない……)
そう思ったところで、ふと風切あやかの方へ注意を向けてみると、
「おや、あちらは終わったようですね」
風切あやか達が取り巻きの浪霊を倒しているのがうかがえた。しかし、脚に傷を負っているようで、
(これ以上の戦闘……こちらのお手伝いは無理ですか)
と高山はるかはみた。もっともこの相手は風切あやか程度ではとても相手にはならないだろう。
それが出来ないにしても、援護や注意を逸らさせることくらいはできる。
(ま、浪霊を全部倒しただけでも十分ですね。こちらの戦いに専念できますから)
そうと決めるや、高山はるかは更に集中力を高め、相手へと向かっていった。
相手方も取り巻きの浪霊が全て倒されたことを悟ったららしい。
「戦いかた……」
が変わってきた。
それは『逃げ』に転じてきているのである。
短刀は高山はるかの攻撃を引き付ける形で飛び交い、人影は距離を取ろうとその間に少しずつ飛び退いていく。
もちろん高山はるかはそうはさせまいと攻めて行く。短刀を弾いては、
「今度は逃がしません!!」
と距離を縮めては退路を塞ぐように立ち回っている。
そしてついに……
(やった……!!)
高山はるかの小太刀が相手の首下をとらえたのだ。
常にどちらかの手に短刀が握られている人影だったが、
「その一瞬……」
だけは両方の手から短刀が離れていた。
そこを突いた高山はるかの見事な一撃であった。
「ふっ……」
それでも相手の首へ傷を入れるまでには至らなかった。至らなかったけども、顔を覆っている頭巾の一部を切り裂いたことにより、
「やっとあなたの顔が拝めますね」
「さすが……といいましょうか?」
人影の顔があらわになったものだった。
「あなたは天道あさひですね?」
「それは昔の名前」
高山はるかにはその相手の顔に覚えがあった。
『天道あさひ』
それは以前の『天の道の章』でのことである。あの事件の最後は、その事件の関係者であったろう天道家の全滅で締めくくられた。
あれは何者かによって『天道家』の抱えている秘密が暴露されることを恐れたための、
「口封じ……」
であるという声が大きかったが、その騒動の中で、
「姿をくらました……」
人物がいるのだった。それが、
『天道あさひ』である。
そのことを確認した(今は柿留しょうとともに旅へ出ている)天道そらは、高山はるかや護山家の一部へ、その人相を伝えていたのだった。
だから高山はるかは、
「昔の名前ですか。でもあのときの天道あさひなのでしょう?」
天道あさひを確信を持って呼んでいたのだ。
「今は水影あさひっていうの。呼ぶならそう呼んで」
「じゃあ、水影あさひさん……」
顔があらわになってからは、水影あさひは動きを止めている。
「何の目的があってせきを襲ったのですか?何を企んでいるのですか?」
「戦うのは久しぶり。でもまさか顔を出されるとは思っていなかった。だから、これはそのご褒美ね」
淡々と透き通るような口調で水影あさひは言った。
黒い髪、その前髪のしたにある目が冷たく輝いている。
「せきが持つ青い石が欲しかった。それだけ」
「青い石?それがどうして……?」
「さあ、それ以上は話しちゃだめなの。お楽しみはこれからだから」
「お楽しみ?いったい何を……?」
「今日は楽しかったわ。ついつい私も熱くなってしまった」
先ほどまでの戦いに思いを馳せるように水影あさひは笑って、
「また今度戦いましょう。今度はちゃんとした場所で、決着を」
それだけ言うと、ばしゃん、と水影あさひの体が水と化してはじけとんだ。
「最初から逃げるための手段を持っていましたか……」
高山はるかはぬれた地面を見下ろしつつ、そう呟いた。
遠くでは朝日が昇り始めている。空が燃えるような赤に染まり始めていた。
それから数日が経った。
冬の寒さが八霊山へかかろうとしている。少しずつ、護山家の者も寒さを防ごうと上着やマフラーなどを身に着けるものが出てきたところだ。
そんな中で、
「やあっ!!」
と寒気を吹き飛ばすような勢いのある声をあげているものがいる。佐渡せきである。
彼女は今、剣術の稽古をしている。それは他の護山家のように、寒さを防ぐための厚着をせずに、
「せきは寒くないのか……」
「いや、暑いぐらいですよ。こうして書類整理からも外れたことだし、思いっきり体を動かせるんですから、寒いなんて思いませんよ」
ということらしい。
佐渡せきが話したとおり、彼女はあの後で書類整理の仕事を外されている。
それは彼女が日頃から失敗を繰り返していたからではない。
佐渡せきの浪霊との戦闘による戦功が認められた結果であった。
「隠していて、すっ、すいません……」
この時ばかりは彼女は素直にあやまった。
いつものような照れを隠しながらに謝ったのではなく、心から気持ちを落ち着かせて話したのである。
あの夜、浪霊に襲われて、それを打ち倒した末に川へ落ちたこと、
「それを心配させまいと嘘をついて話してしまった……」
まるで宝石のように綺麗な涙をこぼして、佐渡せきは本当のところを語ってくれたものだった。
もっとも、そのことは風切あやかも高山はるか知っていたことだったので、
「気にすることはないよ。私もしゅうこ先生に言われてようやく気がついたんだ」
「しゅうこ先生が?」
「ああ、私とせきは同じだって。心配させまいと嘘を話したり、いつでも元気に振舞ったり、とかさ……」
彼女を責めたりはしなかったものだ。
「ところではるか様のほうはどうしてそれに気づいたのですか?」
風切あやかが不思議そうに高山はるかへ問いかけた。風切あやかが佐渡せきのことに気がついて、それを高山はるかへ報告に出たとき、すでに高山はるかは、
「そのこと……」
を知っているようだった。
そうしたら何らかの理由や根拠をもって、それを知っていたのか……
「じつはあの時、しゅうこ先生にせきのことを聞いたのですよ」
「私のことですか?」
「ええ、せきの脚についていた切り傷のこと。わたしにはあれが戦闘によるものに見えたので、しゅうこ先生に確認を取ってみたのです。そうしたら、あれは浪霊の黒刀によるものだということが分かりました」
「なにっ!?それは私は気がつかなかった」
風切あやかが驚きの声をあげている。それを見て、高山はるかは小さく笑いながら、
「あなたは今までどれだけ多くの浪霊と戦ってきたのですか」
「むー、はるか様ったら……」
悔しそうに顔をゆがめる風切あやかである。それを面白そうに佐渡せきが眺めていて、
(私もこれから、本当の仲間になれるんだろうな)
明日からのことを考えて、佐渡せきは心を躍らせていた。この気持ちを一番伝えたい相手がいるとしたら……
「水影あさひ」
であっただろう。
水影あさひのことは、浪霊との戦いの話とは別に、高山はるかへ話していた。それは、
「水影あさひさんのこと、知っていますか?」
「えっ、あっはい」
「彼女、不思議な雰囲気を持っていますよね」
という程度のものであった。
「それよりも……」
高山はるかは付け加えて佐渡せきへきいていたことがあった。
「その胸元の青い石、どういったものか分かりますか?」
「えっ、いや、これは……大事なものです」
「……そうですか」
高山はるかの見たところ、嘘を吐いているようでもなかった。どちらかというと、
「覚えていないのですかね」
「はい。気づいたときには持っていて……何があっても手放してはいけない大事なものだというのは覚えているのですが……」
「分かりました。ありがとうございます」
佐渡せきが持っている青い石……それがどのようなものか、高山はるかには分からない。しかし、佐渡せきの持ち物であり、彼女が
『何があっても手放してはいけない』
と話す以上は、自分の都合で再び生命を与えた手前、取り上げるわけにもいかなかった。
だからせめて自分からそれを守ることができるよう、書類整理から風切あやかと同じ、探索役への仕事の変更を護山家の役場へ、
「お願いします」
と申し出たのであった。
それに際して、山神さまへも今回のことを報告しておいた。
『天道あさひ』から『水影あさひ』と名前を変えた何者かが、
「よからぬこと……」
を企んでいること。そして佐渡せきの持つ、青い石がそれに関係していること。
そのふたつを報告したのであった。
「水影あさひさん、また会えるといいですね」
「あっ、はい!会って書類整理から探索役に入って頑張ってることを伝えたいです!!」
ふう、と高山はるかが一息を吐いた。
その息は白くなり、やがてすぐに消えていった。
八霊山に冬が来ようとしている。雪が降れば山は閉ざされたように行き来が難しくなり、護山家の任務も思うように行かなくなるだろう。
佐渡せきが今後、
「どのような活躍を見せてくれるのでしょうか」
心配がある一方で楽しみに思う部分もあった。




