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カゼキリ風来帖  作者: ソネダ
カゼキリ風来帖 ~ 八霊名水の章
3/146

カゼキリ風来帖(3)精霊鳥と生命の桜の章

 春の暖かい風が吹いている。

 その中で、

 「ぎゃあ……」

 と、消え入るような声が響いた。

 風切あやかは、この時、3人の浪霊を打ち倒していたのだ。

 浪霊とは……

 山の加護を受けていない精霊のことをいう。他の山や地域より侵入してきた者が死ぬと、不浄の魂が行き場を求めて浪霊となるのだ。

 その浪霊も現れてから暫くの間は普通の精霊と殆ど変わらぬものだが、彼等は山の加護を受けることが出来ない。山の加護を受けられないと、浪霊は自分の存在を見失ってしまう。そして、最後には本能のままに暴れまわる亡霊と化してしまうのだ。

 これを風切あやかや高山はるかといった八霊山の護山家は山を守る為に日々打ち倒している。こういう訳なのである。


 さて……


 この時、風切あやかは1人の浪霊を逃がしてしまっていた。

 何せ浪霊とはいえ、4人を相手にしていたのだ。高山はるかの姉であり今は修行の旅に出ている高山かなたの元で修行を積んだ風切あやかであったが、流石に人数の差を埋めきるのは難しい。


 「まぁ……いいか」


 どうせ浪霊ならば、いつか斬らなければならない。深追いをすることもないだろう。

 そよそよと木々の間を暖かい風が通り抜けていく。

 風切あやかは、風に乗るように、流れに流れてある場所へと向かっていた。

 八霊山の頂上の少し手前にある大きな桜の木の前……というのも、

 (そろそろ桜が咲く時期だな。そうだ、一つ見に行ってみるとしよう)

 なのであった。



 ビュンビュンと疾風の如く木から木へ、岩から岩へと駆け抜ける風切あやか。

 木に留まっているシジュウカラの脇を通り過ぎ、時には休みを入れて30分ほどで件の桜の木の元へと辿り着いた。

 風切あやかの目の前には、今、壮大な桜の木がそびえ立っている。


 聞いた話によると……


 この桜の木は八霊山の始まりの時からあったと言われている。あまり難しいことは興味がないので覚えてはいない。しかし、春には軽く透き通る綿毛のような花弁を纏い、夏には輝くような緑の葉、そして秋には哀愁漂う茶色の枝が映える。

 これらの様子を風切あやかは、もう何年も見てきたものだ。


 (今年はいつ頃満開になるだろうか)


 木の根元から、じっとつぼみを付けた枝を見つめ、風切あやかは思った。

 そこへ、

 「ピィー ピィー」

 と、不意に鳥の鳴き声が聞こえてきた。

 (……うん?)

 しかし、それは普通の鳥の鳴き声ではなく、

 (頭の中に直接響いている……?)

 ような鳥の鳴き声なのだ。

 風切あやかは目を凝らし、その声の主を探してみた。すると、

 「あっ……」

 小さく声を漏らした。

 桜の木の上の方に、ちょこんと一つ、鳥の巣が出来ているではないか。

 そして、その中には1匹の鳥のヒナがいる。風切あやかにはそれが見えた。

 「あれはヒナ鳥か?」

 ヒナ鳥は青白く透き通るような姿をしている。そのヒナ鳥がピーピーと笛のような鳴き声を上げているのだ。

 それを見た風切あやかは、

 (しかし、見た事のない鳥だ)

 と、じっとその鳥を眺めていた。そこへ……


 (あっ……)


 風邪の向きが急に変わった。これは、

 「高山はるかが私を呼んでいる」

 ことを示しているのだ。

 はっとして風の向きに目を向けていた風切あやかは再びヒナ鳥へ視線を送ると、

 「邪魔をしたな……縁があったらまた会おう」

 そうつぶやいて、桜の木の前を後にした。勿論、その声はヒナ鳥へ届いていたかは分かったものではない。しかし……

 「ピィ」

 と、ヒナ鳥が返事とも取れる鳴き声を発していたのは確かであった。

 もっとも、その時には風切あやかは既に、その場を後にしてしまっていたのだが……。



「わざわざこんな所で落ち合いますか」

 ここは八霊山の中腹にある八霊湖の近くの川縁である。

 つまり、あの蒼水れいの居場所に当たり、今日とてそれは例外ではなかった。

 「良いじゃないですか。おいしい水もあることです」

 蒼水れいが八霊名水の注いだ湯飲みを持ってきた。

 「ありがとう」

 「いえいえ、いつもお世話になっていますから」

 にこにこと笑顔を見せる。


 春の暖かい空気の中で、川の水面がきらきらと気持ちよく光っている。


 「それで、話とは何なのでしょうか?」

 「それがですね……」


 ここからの高山はるかの話は実に30分ほどに至ったものだ。これには途中、蒼水れいが風切あやかをからかったという事情がある。流石にそれらを全て書き綴るには至らない。その30分にも渡る話を要約するとしよう。


 八霊山には精霊鳥という鳥がいる。この精霊鳥、<精霊>と銘を打たれているだけに普通の生物たる鳥ではない。死んだ生命により存在を得ている。生命の鳥と言われているのだ。

 精霊鳥は春になると巣立ち、八霊山を去る。そして世界を飛び回り、白雪の残る2月頃、八霊山に戻ってくる。

 その時の精霊鳥は長旅の疲れのせいか、その身体は木の枝のようにほっそしとしていて、今にも消えてしまいそうなほどに存在が希薄になっているという。

 それでも休むことなく、精霊鳥は次なる精霊鳥の為に巣の準備を始めるのだ。そして、巣が完成して間もなく消滅してしまう。



 「消えた精霊鳥であった生命達は、精霊鳥の長旅によって浄化され、また新たな生命となります。次なる精霊鳥は、また死んだ生命を集め、存在を得て旅に出ます。……つまり、生命とは繰り返しであるのです」



 この精霊鳥、話に寄れば、先代の精霊鳥の消滅をもって次代の精霊鳥が生まれるのだが、今年はどういう訳か、

 「親鳥の消滅を待たずして、ヒナ鳥が生まれてしまった……」

 のである。

 「そんなことは今までなかったこと。だから、その精霊鳥の親子を見張って欲しい」

 「分かりました。はるかさま。……それで、その精霊鳥というのは一体何処に?」



 ……というのが、この話の顛末であった。

 一応聞いては見たものの、この時、風切あやかには心当たりがあった。それはこの話の読者も同じことだろうと思う。

 そう……先程、生命の桜の木で風切あやかが出会った鳥のヒナ。まさしくそれが精霊鳥であったのだ。だから、風切あやかは特に驚くような様子も見せず、

 「では、何か異変がありましたら、御報告すれば良いのですね」

 と毅然とした丁寧な口調で言ったものだ。

 そして、そんなあやかを見た蒼水れいは、ぎょっとして、

 (はっは……。やっぱりはるかさまと私じゃ格が違いねえ)

 そう思ったそうだ。



 その日から、風切あやかは精霊鳥の親子を見張り始めた。

 見張る以上は相手に気付かれてはならない。ある程度、離れた場所にある大木の枝の上、木の葉に隠れて風切あやかは精霊鳥を見張ることにしていた。


 「……うーむ」


 特にさしたる異変はない。だが、気になることはいくつかあった。

 「む、また始まったか」

 親鳥の甲高い泣き声が響き渡った。

 鋭い鳴き声と共に羽を大きくばたつかせる親鳥である。そして、何かヒナを小突くような態度を見せると、そのまま何処かへ飛んでいってしまう。

 ひらひらと青白い羽が舞う。昼間の爽やかな太陽に光に当たり、羽は夜空の星のように輝いていて、離れた場所に居る風切あやかにもそれが見える。


 こうなると親鳥はしばらくは戻っては来ない。

 この間に親鳥が何をしているのか……それは風切あやかも気になっているのだが目的は見張りである。

 親鳥の方を追っている間に肝心のヒナの方に何か起こっては意味がないのだ。

 ヒナは次代の精霊鳥となる。

 「これに何かあれば本当に異変に繋がりかねない」

 高山はるかもそう言っていたし、風切あやかもその深刻さは何となく分かっているからどんな状況であっても、

 「ヒナから目を離してはいけない」

 のである。

 報告には手紙を使う。手近な野鳥を笛で呼び寄せ、文を持たせる。

 今回はヤマガラがやってきた。赤茶色の羽を身にまとったスズメのような鳥だ。

 風切あやかは少し眉をひそめたが折角来てくれたのだ。ありがたいと思わなければならない。

 本当なら親鳥の尾行も野鳥に頼みたい所なのだが、いかんせん、そこは野鳥である。上手く尾行することも出来はしない。

 風切あやかは小さなヤマガラでも運ぶことが出来るよう、小さな紙に筆を走らせ、

 「はるか様へ……頼むぞ」

 それ言って、ヤマガラを送り出した。



 さて……



 今回、風切あやかが高山はるかに報告したことといえば以下の事である。


 一、精霊鳥の親鳥はヒナに対して冷たい態度をとっている。

 一、親鳥が癇癪を起こすことがあり、その際はヒナを残し何処かへ飛んでいってしまう。

 一、冷たい態度をとられていてもヒナは親鳥を好いており、親鳥が戻ってきた時には甘えた声で鳴いている。


 結果、精霊鳥の親子は仲が良いのか悪いのか……分からない。

 特にさしたる異変は今の所、見受けられない。


 なのであった。




 そして数日が経った。

 八霊山の空気も、風も、段々と暖かくなりつつある。生命の桜もじきに満開になるだろう……そんな日和である。

 空は青く澄み渡っている。そんな空の下で、風切あやかは今日も精霊鳥の親子を見張っていた。

 精霊鳥の親鳥はヒナへ乱暴を働いている。それなのにヒナは親鳥に甘えている。

 相変わらずのこれだった。

 しかし徐々にだが、その状況に変化が起こっているのを風切あやかは見逃してはいない。

 「精霊鳥の親が消滅の時を迎えようとしている……?」

 このことである。

 見張りを始めた時と比べて明らかに痩せ細り、身体を覆う青白い光も、薄く、消え入りそうになっている。

 (このまま精霊鳥の親鳥が消えれば、今までどおりになるのだろうか……)

 風切あやかはそう考えた。

 今回の異変は、一羽しか存在しないはずの精霊鳥が一時的とはいえ、ニ羽になってしまっていることにある。ならば先代の精霊鳥の親鳥が消滅してしまえば、元の一羽に戻るのではないか。

 考えて、それを報告の手紙にまとめ始めたとき……


 「グギィアアッ!!!」


 全てを貫くような高い奇声が響き渡った。

 「…………っ!?」

 それを発したのは、勿論、精霊鳥の親鳥だった……が、それは今までに聞いたことがないほどに凄まじいもので、今日まで精霊鳥の親子を見張っていた風切あやかでさえ、

 「あれが鳥の出せる鳴き声なのか……?」

 と、4秒ほど呆然と立ち竦んでしまったくらいであった。



 我に帰ると風切あやかはすぐに精霊鳥の巣へと目を向けた。

 巣では親鳥がバサバサと翼を振るい怒り狂っている。どうやら、ヒナが親鳥の逆鱗に触れてしまったらしい。嵐の如く、身体を振り回し巣を掻き乱すと、親鳥は何時ものように何処かへ飛んでいってしまった。

 ぱらぱらと巣を成していたわらや枝が生命の桜に根元へと落ちていく。

 今回のことは流石に堪えたらしい、ヒナはピーピーと声をあげ泣き出してしまった。

 (はぁ……いつもの……か)

 風切あやかは溜息を吐くと、

 「どうやら、あの親鳥はヒナのことが大嫌いなようだな……無理もないか」

 小さくつぶやいた。

 高山はるかから聞いた話によれば、精霊鳥は親鳥の消滅をもってヒナが生まれるという。つまり、精霊鳥には子育てというものが存在しないと考えても良い。

 先にも述べたとおり、精霊鳥は死んだ生命を集めて成長する。他の生物のようにエサを必要とすることはないのだ。


 親を必要とせず、子育ても知らない精霊鳥。


 このことも一応、文にまとめておこうと風切あやかは手を動かした。もっとも、そんなことは高山はるかに報告するまでもないかもしれない。

 風切あやかは自嘲しながら、文を見つめ筆を動かしていると……

 (…………うん?)

 不意に全身の動きが止まった。同時に神経もぴんと逆立つ。

 (これは……)


 太陽は天辺を通り過ぎた頃合だ。不思議と鳥の鳴き声も風の音も何も聞こえない。



 風切あやかが息を殺して見やったもの、それは浪霊だった。

 黒い影は人の形をしており、手にはその身体と同じ様な黒い刀が握られている。

 (あいつは……この間、逃がした奴か?しかし……)

 感じるものが違う、このことである。

 この前に戦った時とは全く別物と言えるような、強い威圧感を周囲に放っているのだ。

 風切あやかの背中にじっとりと冷たい汗が流れた。

 正直、今の自分にあれが倒せるものか……その確信が持てない。


 ごくり、と一つ唾を飲み、

 (……ここは、応援を頼んだ方が良いか……?)

 考えたが、風切あやかはすぐに退く手を捨てた。

 「否!」

 それは自信の誇りの為であったし、それに、

 (あいつは精霊鳥のヒナを狙っている!)

 と、直感したからに他ならない。


 まさしく、あの浪霊は精霊鳥のヒナを狙っていた。浪霊が発している威圧感と殺気の殆どはヒナへと向けられていると見える。

 ぴりぴりとした空気が周りの木々の枝を揺らしている。

 ヒナと浪霊との距離はもう余りない。風切あやかが応援を呼びにその場を離れたものならば、たちまちにヒナ鳥は殺されてしまうだろう。そうなっては、何が起こるかわかったものではない。



 考える間もなく、風切あやかは腰元に帯びている短刀を抜き打ち、疾風のごとく、浪霊へと迫った。

 完全な不意打ちであったはずだったが、短刀と刀がぶつかり合い、高い音を上げ、火花が散った。

 風切あやかは脚を開き左手に構えた短刀へ右手を添え、ぐぐぐ、と短刀へ力を込めたものだが、

 「ぐ……うっ……」

 浪霊の力は滝を流れ落ちる水のように強い。堪らず、後方へと跳ね飛ばされてしまったのだ。

 これを好機と見て、浪霊が八双に刀を構え、振り下ろすのを、

 (…………っ!!)

 さっと身体を転がし、追い討ちを避けた風切あやかであったが、

 「ううっ……」

 完全に避けきることはできず、右脚へと切り傷を追ってしまった。

 斬られた足がじんと熱くなり、赤い血がじっとりと湧き衣を濡らしていく。


 風切あやかは動けない。

 それを見届けるや、浪霊は風切あやかから視線を外し、精霊鳥のヒナへと向かいだした。

 浪霊は風切あやかがヒナを守ろうと駆って出たことを悟ったらしい。それならば、この前に仲間を消滅させられた腹いせに、風切あやかの守ろうとしたヒナを、その目の前で殺してやろうと決めたのだろう。

すぅーと黒い影が生命の桜の大樹へ、そしてヒナへと迫った。

 (くそぅ……)

 風切あやかは、ぎゅっと顔をしかめ、歯を噛み、悔しがった。

 動こうにも切られた脚の傷はかなり深い、今すぐに動くことは到底に難しいものだ。

 そうしている間にも、じりじりと浪霊はヒナ鳥へと迫っている。枝を一つ一つ丁寧に飛び、確実に迫っている。

 そんな浪霊の様子に、とうとうヒナも気付いたようだ。

 小さな目を大きく開き、ピーピーと甲高く泣き出してしまった。

 生命の桜の大樹に作られた巣からは逃げることも出来ない。

 不意に黒い風が吹いた。青白いヒナの羽がなびく。

 ついに浪霊がヒナの目前へ現れたのだ。黒い刀の切っ先が無情にもヒナへと向けられている。

 (くっ……ダメか)

 風切あやかが思わず目を閉じた、その時であった。



 「……ぐ、うっ!!」

 ぐぐもった浪霊の声が響いた。浪霊の身体が宙へ飛び、途端に生命の桜の大樹へと叩きつけられた。

 これには浪霊も相当な衝撃を受けたはずであろうが、すぐさま、浪霊は立ち上がり刀を構えると、自分を突き飛ばしたらしい青白い影へと向かい合った。

 青白い影が再び鋭く飛びながら浪霊へ迫る。

 青と黒、二つの影が真っ向からぶつかり合った。

 この直後、片方の影が霧のように消えた。それは青白い影であり、まさしくあの精霊鳥の親鳥であったのだ。

 浪霊の身体が泳ぐ。精霊鳥の親鳥の一撃は渾身のものであったのだろう。


 この瞬間を風霧あやかは見逃さなかった。全ての力を振り絞り、右脚の痛みを堪え立ち上がると、すぐさま、浪霊の元へ駆け、黒い短刀をえぐるように突き立てた。

 これが致命傷であった。

 「おぉおおぉぉっ」

 うなる風のような悲鳴を上げて黒い影が消え去った。



 「…………」


 風切あやかは何も言わず、腰を落とし、その場で仰向けに倒れこんだ。

 頭上には、今こそ生命の桜が満開となり、桃色の花びらが優雅に舞っている。

 精霊鳥のヒナもそれを見ていた。それを見ると、小さな翼を広げ、ばたばたと巣を飛び出し、その姿はたちまちに空の青色へと吸い込まれて、やがて見えなくなった。



 (あれは……そうか)

 風切あやかはゆっくりと目を閉じた。

 風が大きく吹いて、桜の花びらがひらひらと風切あやかの目元へと落ちてきた。

 その時、風切あやかは全くそれを感じなかった。

 感じていたことといえば、ただ、

 (暖かな春の風が吹いている・・・)

 このことであった。

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