カゼキリ風来帖(6) ~ 外入り新人!佐渡せきの悩み の章(9)
何やら今夜の八霊山は騒がしい……ということを佐渡せきは僅かにでも感じ取っていた。
八霊山の護山家になってから日の浅い佐渡せきだが、この雰囲気の違いには、
「なんだか変だな」
違和感を抱いていたものだった。
気のせいではないかと思った。しかし、しきりに犬のような動物の鳴き声が聞こえている。
「犬の鳴き声くらい……」
いつものことだったが、その鳴き方がなんだか不気味なのである。
(なんだか必死に吠えている?)
ように感じられる。なにをそんなに騒いでいるのかは分からないが、ともかく、普段では聞かないような声なのだ。
(ちっ、なんだか不安になってきちまった……)
佐渡せきは怖くなってきた。今更ながら『せいりゅう』に寄ったことを公開し始めている。もしも『せいりゅう』に寄っていなければ、比較的明るいうちに小屋に戻れたろうし、その近くには別の護山家の小屋もある。そこから少し行けば風切あやかの小屋もある。
(やっぱ失敗だったかぁ)
泣きそうになりながらも、佐渡せきは足を速めた。速めたというより走っている。
木々の間は闇に染まり、その先はとても見えたものではない。まっすぐに伸びている道をたよりに、必死になって佐渡せきは走っていった。
胸が高鳴り苦しくなった。さきほど『せいりゅう』では少し食べ過ぎた……いや、少しというものではなかったろう。だいぶ食べた。
それが時折、のぼってきては口から出そうになったものだったが、さすがにそれは押さえ込んで、
「まったくなさけねえな」
道を足早に駆けていく。ここを抜ければ見通しのよい広場にでる。
そこへ出れば、自分の小屋までもう少しのはずだった……しかし、
「…………っ!?」
そこへ出る直前に、佐渡せきは足を止めた。
それは本当に直感的なものか……ちらりと見えたものに非常な恐怖を感じたといってよい。
(あれは……?)
心臓の高鳴りによる気持ち悪さを抑えながら、佐渡せきは僅かに引き返した。その先に見える恐怖を、
「確認するため」
である。
恐る恐る、木陰からその先をのぞき見てみると、そこには、
「あれは……」
黒い影が4つほど見える。更にそれとは別に暗い色の装束をつけた人影が、
「ひとり……」
いるではないか。
(なんだ、あれは!?)
浪霊なのは分かる。しかし、それとは別の『装束をつけた人影』が分からない。
距離をとってのぞき見ている佐渡せきでも、あの人影が、
「浪霊とはまったく別……」
であるのははっきりと見て取れるのだ。
まず装束が人の厚みと質量を持っている。更には頭の頭巾からは黒い髪の毛がはみ出ており、装束の先からは、
「あれは人の手だ……!!」
白い肌がのぞかせてる。
浪霊の黒い影と比較して、その人影は割と小さい。
おそらくは佐渡せきよりも少し小さい程度だろう。
あれが人であるならば、浪霊がそれを襲っているのかもしれない。そう思って、改めてのぞいてみたものだが、
(やっぱり違う……どうみても一緒になって待ち伏せてやがるんだ)
ということである。
ならばどうして浪霊と人が一緒になってあんなところにいるのだろう?
佐渡せきにはとても分かったものではない。もしかしたら、自分の知らないところで浪霊を操る者が存在するのかもしれない。
ともかく、ああして先を塞いでいるのならば、佐渡せきはそこを通って先へ進むことができない。
(しょうがない。ここは引き返して道を回っていこう)
そうするしかなかった。本当ならば、『せいりゅう』まで引き返したいところであったが、とても引き返すにはここから距離がありすぎるし、助けを求めるなら、多少遠回りでも護山家の小屋の方へ回った方が早い。
そう決めて、その場を離れようとしたときだった。
「どこへ行くの?」
透き通るような、不気味な声が佐渡せきの耳へと入った。
(なんだって?)
なにかの聞き間違いかと思った。しかし、その声はもう一度、佐渡せきの耳へと届いた。
「あなたはどこへ行くの?」
はっきりと聞こえた。そしてその声を聞くと同時に、佐渡せきは腰を落としてしまった。
ざっざっ、と確かに葉を踏みしめる音が聞こえる。あの装束の人間には足もあるということだ。
(間違いない、あいつは人間だ。それなら、いったい……)
何者なんだ。と佐渡せきは思った。体をひねり、その人間の方へと体を向けた。
(…………っ!?)
頭巾の間から冷たい瞳が見えた。その人影を中心に4体の浪霊が取り巻くように立っている。
「せき……佐渡せき」
「!?……なっ、なんだ?」
佐渡せきはうろたえて声をあげた。その人影が自分の名前を呼んでいるのである。
「わたしのところへ来てほしい。あなたはそこにいるべきものではない」
さらに声は聞こえた。透きとおるようなやさしい声色の声だった。人影、そしてそれを取り巻いている浪霊たちは佐渡せきにとって恐怖の対象でしかない。だから、この声も、彼女にとっては、
「不気味な声……」
化け物の声にしか聞こえなかった。話し方自体はとても優しい、子供を諭すような声なのだが、
「くっ、くるなよ!お前のことなんか私は知らないぞ!」
佐渡せきはおびえながら敵意をむき出してこれに抵抗している。
その様子をみて、頭巾の中からのぞいている目が、僅かに悲しそうに目を伏せた。
それを見て周囲の浪霊が黒刀を少しあげる。これを人影が制すると、頷いて一歩後ろへと下がった。
「どうしても?」
なおも問いかけてくる。これにはいったいなんの意味があるのだろうか……佐渡せきには、
(まったく分からない)
のだった。ただ相手は自分のことを知っていて、自分はそこへ居るべきではない、と言っているのだ。これはつまり、
「八霊山にいるべきではない。護山家にいるべきではない」
のどちらかになるということだろう。
そんなことを言われても、今の佐渡せきにとって、八霊山も護山家も、
「私の居場所だ!」
となっている。
このような得体の知れない者にそんなことを言われたところで、
「お前の知ったことじゃないんだよ!」
叫んでみせた。
(そうだ。私には仲間がいる。あやかさんにはるかさん、川岸みなもに『せいりゅう』や護山家のみんな!!)
そう思ったとき、全身に力がみなぎってくるのを佐渡せきは感じていた。
迷いが吹っ切れたのだろう。自分はどうあるべきなのか……ずっと心のどこかで考えて、悩んでいたことに、
『ひとつの答え』
が出たような気持ちになった。
それが現れると同時に、体が軽くなり、立ち上がることが出きたのだ。
「そうだ。私はひとりじゃない!みんなに支えられて、ここにいるんだ!ここが私のいるべき場所なんだ!!」
「そのとおりだよ。せき!」
「その声は……!!」
さっと佐渡せきの背後からふたつの影が落ちてきたものだった。
振り返るまでもなく、佐渡せきにはその影が何者であるかが分かっている。しかし、
「あやかさん!それにはるかさんも!!」
後ろに風切あやかと高山はるかが立っていた。
分かってはいるものの、やはり本当の仲間を見るのはこの時の佐渡せきには、
「途方もなくうれしい」
ものだった。今の今までずっとひとりで恐怖と孤独と戦っていたのである。書類整理の仕事のときも、嵐の中の任務のときも、周囲にはちゃんと仲間がいて、自分を気づかい助けてくれていたものだったが、
「それが自分には窮屈で悔しかった」
気持ちを持っていた。
誰がどう思っていも、自分が外入りの新人であることにかわりはない。
自分が満足できるようになるには、
「時をかけて八霊山に馴染む」
しか方法はないと思っていた。しかし、それは間違っていたのかもしれない。
今の佐渡せきは、自分を八霊山の一員……
護山家や水の精、自分を囲ってくれている多くの人たちを自分のほうから仲間だと、八霊山の一員であると信じることができているのである。
だから、この危急へ駆けつけてくれた風切あやか、そして高山はるかへ、
「あっ、ありがとうございますっ!!」
素直な気持ちでお礼を言うことができたのだった。




