カゼキリ風来帖(6) ~ 外入り新人!佐渡せきの悩み の章(8)
風切あやかは山を進んでいる。
太陽は高く上っており、雲もほどよく浮かんでいて、見晴らしは非常に、
「よいものだな」
となっている。
今日は佐渡せきのこともあり、川べりの見回りを行うことになっている。
あの佐渡せきが足を滑らせ川に流されるという危険があったのだ、またそういうことがないように、状態を確認して再発を防がねばならない。
「とはいえ、あれからだいぶ時間もたった。水も流れていってしまったようだな」
川の流れはもはや平常のものと同じくらい穏やかなものへと変わっていた。慎重を要するが、歩いてわたることも不可能ではないだろう。
下流、中流と歩いてみてもそれは変わらず。特に異常も見られない。
「やはり、せきのはただのドジだったのかな」
と思い始めたころ、目の前のあたりに、
「非常な……」
違和感を感じて、風切あやかは足を止めた。
見た目だけならば、ただ漠然と川の石が広がっているだけである。しかし、石の散らばりようが、
「まるで騒ぎでもあったのか……?」
と思わせるように乱れている箇所がある。近寄ってよく見てみると、
「これは!?」
なんと石に刀で刺したような跡が残っているのが見つかった。
縦に空いた穴の周りには、何やら影のような……焼けた模様が残っており、
「浪霊の黒刀によるものか……!」
浪霊との戦闘が多い風切あやかには一目瞭然、そのことが分かったものだった。
そうであったなら、何故、こんなところにそんなものがあるのだろうか。少なくとも、これがある以上は、浪霊が何者かをこの場で襲ったことになる。浪霊は無意味に刀を振るうことはない。必ず生きるものを狙い行動している。
「ならば……」
いったい誰をこの場で襲ったのだろうか?もしや、
「せき……か?川縁で足を滑らせたと言っていたが……」
そう思い至ったとき、
「あなたと同じなんですよ」
白石しゅうこ先生の言葉が風切あやかの頭の中をよぎった。
すべてを断定することはできない。しかし自分がもしも、この場で浪霊に襲われ、そのひょうしに川へ落ちて流されたとしたならば、
「他の人を心配させないように……」
事実をごまかして報告しただろう。そう考えれば、
「ズルッと転んで落ちた」
などという呆れるような答えは、それとなく納得できる部分があるものだった。
「ふう……」
と風切あやかは大きくため息をついた。
佐渡せきの嘘を見抜けなかったこと……もっともこれは嘘だと決まったわけではないのだが十中八九嘘だろう。そして、それを白石しょうこ先生ですら見抜いていた可能性も考えることができる。それ故の、
「あなたと同じなんですよ」
ということなのだろう。
「私もまだまだ未熟だな」
脱力する思いでつぶやいた。肩の力はすっかり抜けてしまっている。
遠くで鳥の鳴く声が聞こえてきた。風切あやかはその場で、今後のことを考えている。
「果たしてどうするべきか?」
このことであった。
佐渡せきが話した嘘について、彼女に問い詰めてみるべきか。それとも、彼女の意思を尊重して、そのままにしておくべきか。
主にこのふたつである。
風切あやかとしては後者、彼女の意思を尊重してやりたい思いがある。佐渡せきが他の者へ心配をかけまいと考えたことだ。自分でそう考えたならば、
「それを突き通して貰いたい」
のが正直なところである。しかし、そうも行かない部分もある。
それは風切あやか自身が彼女のこと、佐渡せきのことが心配なのだ。
他人を心配させない佐渡せきの気持ちは、白石しゅうこ先生の言ったとおり、
「同じ自分であるから良くわかる……」
だが、そうであるために、自分のことを信じてくれていないことを悲しく思うのだった。
今後、佐渡せきが同じように浪霊に襲われたとして、それを自分に話してくれるのだろうか……
浪霊に襲われることに限らない。他にも、なにか自分の力だけではどうにもならないような、
『困難』
に佐渡せきが当たったとき、果たして自分を……仲間を頼ってくれるだろうか。
そこのところを風切あやかは迷っている。
川の流れが音をたている。それはいつまでも続きそうにも思えたものだが、時間だけは確かに経っており、
「おや、もう影がこんなに伸びているのか」
日が傾いて辺りが暗くなってきていることに風切あやかは気づいたものだった。
「いつまでも考えていても仕方がないな」
風切あやかは苦笑を浮かべ、その場を後にした。
自分が迷っていてどうするのだろうか。このまま自分ひとりで考えているのでは、
(せきと同じ……どこまでもそういうことか)
苦笑せざるを得なかった。
一方で佐渡せきはというと、病みあがりながらそれを感じさせない仕事ぶりを見せていた。
もともと体が丈夫にできているのかもしれない。力作業を重ねても、慣れない嵐の中を歩いていても、弱音こそはいてもへこたれることのなかった佐渡せきである。
「さ、今日も仕事は終わりっと!」
いつもと変わらぬ調子で、護山家の事務所を出て行った。
(でも、ちょっと無理をしたかな)
そう感じる程度に体に疲れを感じている。さすがに、今度のことは応えたのだろう。それならば
「どうするか……」
考えたのは食事である。疲れをとるには、おいしい食事を取るのが一番であると考えている佐渡せきであるから、このまま『せいりゅう』にくり出して、疲れにききそうなものでも、
「いただこうかなぁ」
などと考えている。
というよりむしろそうしたいのである。考えて入るものの、食べられる以上は半分は決まっているようなもので、
「うーん、どうしようかなぁ」
とつぶやきながらも、足はしっかり『せいりゅう』へと向かっているのだ。
そして、残り半分の考え事というのは、
「でも、また帰りに浪霊に襲われたらどうしようか……」
このことである。
浪霊に襲われたのは先日のあのときが初めてで、それ以前は1度も見たことも襲われたこともなかった佐渡せきだった。
だから、その1度が少なからずトラウマになってしまっており、今夜も同様に襲われたらと考えると、
「怖い……」
と思う。
しかし、それと比べるのは食欲である。今は疲れているから無性においしいものが食べたい。
「そうだな。うまいものを食べればきっと強くなって浪霊なんぞ、ひと薙ぎだよな」
食欲にかかれば、非常なプラス思考の佐渡せきだった。昨晩は襲われこそはしたが、多少なりとも浪霊を打ち倒した自信がある。怖い気持ちはあるが、
「きっとなんとかなるだろう!」
というのが『せいりゅう』でおいしいものを食べるために自分に聞かせた方便となった。
気づけば佐渡せきは『せいりゅう』に着いていた。
「おー、うまい!来たかいがあったぁ」
そばをすすり、ご飯をむしゃむしゃとおいしそうにむさぼる佐渡せきである。
とても生き返ったような心地で、次から次へとおかわりを重ねていく。
「せきさん、今日はよく食べますね……」
川岸みなもも呆気にとられている。佐渡せきがよく食べるのは今日に始まったことではない。以前から、よくあったことだった。
しかし今日の佐渡せきは、
「なんだか、気合でも入れるように」
よく食べている。
もっとも、佐渡せきも不思議とお腹がすいていたものだった。それは浪霊に襲われたことと、川で流されたこともあるだろう。それに加えて、先ほどまでどうしようか悩んでいたことが、この食欲に通じている部分がある。
「せいりゅうに来たことだし、今はしっかり食べることだ!」
という意気込みである。
悩んでいたことも、この『せいりゅう』に来てからはどこかへふっ飛んでしまっている。
だから、今考えることは何も考えずに食べ物をお腹へ入れることだった。そうすれば力がわいてくるし、明日からも頑張ろう!という気持ちが全身から沸いてくるのだ。
「ああ、おいしかったよ。ありがとう」
ひとつ息を吐くと、水の精霊の自慢の八霊名水をごくりと飲んだ。
飲んだ水が胸を通して、清涼感が全身へ広がっていく。まるで、
「生き返ったような心地……」
がして、佐渡せきは立ち上がった。
「ごちそうさん!元気がでたよ!!」
とても活き活きとした声に、調理をしていた水の精達が、わっと歓喜の声をあげてこたえた。
それを嬉しそうに目を細めて聴いて、胸元から代金を出すと、佐渡せきは『せいりゅう』を出て行った。
「おや……」
このとき川岸みなもにはひとつ気づいたことがあった。
それはとても何気ないことであったのだが、いつもと違う、
『違和感』
として、目に付いたものだった。
『せいりゅう』を出て行く佐渡せきの足が、
「いつもより早足だった……」
そのことが不思議と気になっていたのだった。
「あっ」
と思いがけずに佐渡せきのあとを追って、『せいりゅう』の入り口まで川岸みなもが出てみたときには、もう既に佐渡せきは夜の闇へととけ込んで見えなくなっていた。
「どうしたものだろう?」
というそれとない不安感、胸騒ぎを川岸みなもは、ひしひしと感じ取っていた。
遠くで犬か狼か……動物の遠吠えが響いていた。




