カゼキリ風来帖(6) ~ 外入り新人!佐渡せきの悩み の章(7)
「ちっ、ちくしょう!」
とっさにそれを避けようと佐渡せきは体をよじった。それが功を奏して、ドスッと鈍い音を立てた浪霊の刀は地面へと突き立った。
やった……佐渡せきがそう思ったのと同時に、その体は川辺から川へと、転がり落ちていた。
「うわああ!!」
体を横にしたまま、佐渡せきは川の流れに飲み込まれぐんぐんと流され、そしてどこかへと消えてしまった。
佐渡せきを襲った浪霊は、刀を地面から抜くと、ぼうっと闇へ姿を消していった。
遠くで梟が鳴いている。月は見えない。
「おい、大丈夫か!生きてるか!?佐渡せきっ!!」
自分を呼ぶ声がして、佐渡せきは目を覚ました。
明るい光が、まずは目に入った。これは太陽の光だろうか。太陽の光の下に投げ出されているような眩しさは感じられないことから、自分はどこかの部屋の中にいることが分かる。
意識が少しずつ戻るとともに、自分の背中の下にある布団の感触や入ってきている光の光源……窓の位置が見えてきたものだった。
「おっ、目が覚めたか!?心配したんだぞ、こいつめえっ」
「あやかさん……?」
聞き覚えのある風切あやかの声だった。興奮の色を持っているせいで、普段のものとはひとつやふたつほど高い声になっているが、嵐の日にともに役目を全うした仲間の声を忘れるような佐渡せきではない。
「あれ……俺、どうしちゃったんだっけ?」
どうにも思い出せない佐渡せきである。気を失ったのが夜のことであったのに、今が太陽の出ている時間であるということに関しては驚きを持っている。しかし、その間に
「いったい何があったのか……」
それをすぐに思い出すことができないのであった。
「あなたは川に落ちて流されていたんですよ」
風切あやかの隣にいる医療役の護山家が横になっている佐渡せきの額をなでつつ伝えた。
白色の装束を着た髪の短い、綺麗な護山家である。名前を白石しゅうこ先生という。
あの『精霊鳥』の一件で負傷した風切あやかの治療を行ったのも彼女である。八霊山の医者として長く護山家の役目についており、立場としては意外にも山神さまの近くにいる。高山はるかはもちろん、八霊山を出て久しい高山かなたとも親交があり、一緒になって任務にあたったこともあるという話を風切あやかは高山はるかからきいたことがある。
「へ、俺がですか?」
そう言われたとき、佐渡せきの頭の中にあの夜のことがよみがえってきた。
浪霊に襲われ、それを撃破した末に川へ落ちてしまったときのこと……それを思い出したとき、なんともいえない気持ちが湧きあがってきて、佐渡せきは布団を顔元までかぶせた。
「ん、どうした?」
「いや、それが……」
あのときのことをどう話せばいいものか。それを分からずにいる佐渡せきなのだ。
(浪霊を倒したことを話せばあやかさんは驚くし、認めてくれる……)
それがある。しかしその一方で、
(あやかさんに心配をかけさせたくない)
という気持ちもある。どちらかといえば今は後者が強い。先ほど、風切あやかが自分にいった言葉によれば、どうやら自分は、
「生死の境をさまよっていたらしい」
ということがうかがえる。
こんな状況で、自分が生死を賭けた戦いをしてきたなどと語っても、風切あやかへ、
(余計な心配を与えること……)
になってしまう。それはどこか優しい気持ちを宿している佐渡せきには、
「とてもできない」
のであった。
「怖いものみたさで川原へ寄ったら、ズルッとやってしまって……」
「なんだよ、それは」
たちまちに風切あやかは呆れたような顔を見せた。まるで怒っているようにも見えるが、そこは白石しゅうこ先生が制して、
「あなたもそういった失敗をしてきたでしょう。ほら、高山かなたさんと山の見回りへ出たときのこと」
「ちょっ、なんて話を持ってくるんですか!?」
白石しゅうこ先生はふふっと笑いながら風切あやかを見ている。その話は聞いたことがない佐渡せきだった。
(あやかさんにもそういうことがあったんだな)
そういうことならば、本当のところを話しても
「悪くはなかった……」
かもしれない。今頃になって思い直してきたが、今更ではとても言えたものではない。
「もう大丈夫です。役目に戻らないと」
佐渡せきはぐっと身を起こした。体のところどころがひしひしと痛む思いがするけども、そんなことで弱音を吐いていられない。
もとより自分は外入りで他の人たちよりも人一倍頑張らなければ……という思いが佐渡せきの身体を支えている。
「おい、無理はするなよ!?」
風切あやかが驚いた声をあげているときには、すでに佐渡せきは部屋を出てしまっていた。
部屋を出て、ここは自分の小屋であることを佐渡せきは実感した。だから、すぐに着替えの装束へ衣装をかえると、
「まるで猿のような……」
身のこなしでたちまちのうちに出て行ってしまった。
佐渡せきの小屋には風切あやかと白石しゅうこ先生が残っており、それを見届けると、二人もまた役目を戻る準備をした。
「まったく、無理をせずに休んでいればいいものを……」
「だからいってるでしょう。あなたと同じなんですよ。あなただって、身体が動くうちは休むことなんてできないでしょう?」
「……むう、そのとおりです」
「ということですよ。でも、ちゃんと見ていてあげてくださいね。あなたがそうであるように、あの子もまた無理を重ねてしまいます。……私もはるかにかなた、多くの護山家を見てきましたが、ああいうタイプの者はどこまでも頑張ってしまいますから」
歩きながら白石しゅうこ先生が空を見た。綺麗な秋空が広がり、涼しい風が優しく吹いている。
二人は歩いて護山家の役場へ戻るところなのだ。今日もまた役目がある。風切あやかのは八霊山の見回りがあり、白石しゅうこ先生には怪我人や病人の診察、治療がある。
「じゃあ、ここでお別れですね。はるかによろしくを言っておいてくださいな」
「分かりました」
ばっ、と風切あやかが目にもとまらぬはやさで木々の間へ消えていった。
とぼとぼと護山家の役場、その門へ差し掛かるところへ来た白石しゅうこ先生が、
「……と、あやかには言ったけど、その必要はなかったわ」
足を止めて、振り返った。その先には何者の人影もない。
「出てきたらどうかしら。バレバレですよ?」
「これはまいりました」
しげみが音を立ててゆれ、そこから一人の人影があらわれた。高山はるかであった。
「相変わらずですね。今日こそはいけると思ったものですが」
苦笑を浮かべる高山はるかである。それを見て、くすりと笑う、白石しゅうこ先生が、
「あまいあまい。私に感づかれないように近づけたのは、ほんの数人。最近だと、かなたくらいのものよ」
「ははぁ、さすがですね」
先にも述べたとおり、高山はるかと高山かなた、そしてこの白石しゅうこ先生は昔からの親交を持っており、ともに山を駆け回ったことがあるほどに密接な関係を持っている。その進行の中で、
「互いに感づかれないように近づく……」
もとい『自身の気配を消す』術の上達度を競っていたことがあった。
これについては今多く語ることではないので、彼女たちの暇つぶしや競争程度という説明程度に留めておくが、とにかく、この3人の中で取り分け、
「気配を感じ取るのが達者だった」
のが白石しゅうこ先生なのであった。この白石しゅうこ先生の能力を用いて、当時の3人は多大な戦功をあげてきたもので、
「しゅうこの力はホントすごいっ!」
高山かなたはいつも感嘆の声をあげ驚いていた。それだけに、
「しゅうこを『みやぶりの術』をやぶってやりたい!」
ということを常日頃、しゃべっていた。そうして始まったのが、今日の高山はるかのようなことで、白石しゅうこ先生に感づかれることなく近づくことを、
「隙あらば……」
行っているのが高山はるかなのであった。
「ま、おあがりなさい。中でゆっくり話しましょう」




