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カゼキリ風来帖  作者: ソネダ
カゼキリ風来帖(5) ~ 天の道の章
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カゼキリ風来帖(5) ~ 天の道の章(13 )

 「ああ!アイツのことが気に入らないっ!!」

 いくら自分が実力を示しても、『アイツ』の姿勢は揺らがない。

 「俺の方が強い。強いはずなんだ。なのにどうしてだ……」

 天道そらが憎い。

 周囲は全て自分を恐れて従っている。自分のことを『強い』と認め、道を空けてくれている。しかし、その中で、

 「アイツだけは……」

 常に平静であった。一言で言うなら、相手にしていない、だろう。

 それが自分、天道夕矢にとっては堪らなく不快であったのだ。



 「てめぇが裏切ったからには、本気でやりあうことが出来るだろう!?」

 辺りは深い夜の闇に包まれている。早いもので、もう眠りについた動物などもいたことだろう。それらの気配がこの一瞬にして全て消えた。消えたことでこの場の空気は凍りついたように重みを持った。

 「…………」

 その天道夕矢の怒声を一身に向けられているのが天道そらである。しかしながら、天道そらは何も言わず、表情も変えずにじっと天道夕矢を見つめているだけだった。

 (やっぱりそうなるか!!)

 対する天道夕矢の表情はあからさまに怒りの色に染まっている。目の輝きがまるで飢えた刀身のようにそれを隠すことなく光っている。

 この気迫なのだ。天道そらの後ろで腰を落としている柿留しょうなどは、あまりのことに声も出ないし、その思考すらも止まっていた。それほどの強い気であるのだが、

 (しょうをどうするべきか……)

 天道そらは臆せずにまずそれを考えている。どうする、というのはこの場合、どうこの場を切り抜けていくか……ということになる。

 「それは違うだろう、夕矢。裏切っているのはそっちではないかな?夕矢の行動は父上と母上を通してのことなのか?」

 「はっ、知らないよ、そんなのは。ただお前が俺達を裏切ったのは確かだ。おやじ達がどう言おうと問題じゃない」

 「なるほど」

 激昂している天道夕矢の視線はピッタリと天道そらへと向けられている。天道そらはというと、落ち着いて周囲に目を配った。小さく顔を動かして見るところ、

 (3人かな)

 天道夕矢の背後に2人、自分の後ろに1人、といった風に何者かの気配を感じられるのである。正直なところ、人数は多くはない。これはつまり、

 (夕矢の言うとおり、独断で動いている)

 ということになる。これを天道そらは確信した。

 (父上と母上が絡んでいるならば……)

 少なくとも8人は居るだろう、と天道そらは踏んでいた。その8人も勿論、全員が大事な作戦行動の際に出る『腕利き』なのだ。

 もしそれらが出ているならば、天道そらも覚悟を決めて当らなければならない。しかし、現状ならば、まだ天道そらの方に分があるだろう。さて、



 「しょう、聞こえるかい」

 天道そらが小さく言った。顔は正面、天道そらを見据えたままである。

 「はい」

 柿留しょうもまた同様に返事をした。先ほどの天道夕矢の気迫に押され、放心していた意識も戻ってきたところであった。そして、放心する前に僅かに見聞きしたあの相手、天道そらが向かい合っている人物が、昼間に、

 (あやかさんが戦っていたやつだ)

 ということも飲み込んでいる。

 その人物、天道そらは夕矢と呼んでいた。その夕矢が、天道そらを『裏切り者』と言い罵っている。

 (ということは……)

 あの物騒な、暴力的な夕矢という人物は、自分の目の前に居る天道そらと何らかの関わりを持っているのではないか。

 (でも、)

 それでいて柿留しょうは天道そらへそれを問おうとはしないし、思わなかった。それは……

 「しょう、これを渡しておく。相手は4人いる。内、3人は私が食い止めるが、1人、その1人は多少手に余るだろう。その1人をしょうは相手にしなければならない」

 「えっ」

 ずしりと重たいものが、柿留しょうの手に落ちた。それは背の高い天道そらの2本目の刀であった。天道そらの持つ、大と小の刀、その『小』の方である。しかし、『小』とはいえ、柿留しょうにとっては、丁度良いくらいに大きいものだ。

 「それじゃあ、そらさんが……」

 柿留しょうの声は震えている。

 「大丈夫だよ。私の力はしょうが一番良く分かっているだろう?そう、何度も『あの時』の姿を覚えているって、嬉しそうに話していたじゃないか」

 「はい。だけど」

 「じゃあ、これを手にとって……そしたら、少しこの場を離れるんだ。いいね?」

 「…………」

 柿留しょうは歯を噛み、下を向いていた。小さくとも、はい、とは返事が出来なかった。

 悲しげに小さく開かれた目が向く先には、天道そらから渡された刀があった。柿留しょうの目には、その刀に天道そらの顔が重なって見えるのだ。涙で潤んだ目がその天道そらの目と合う度に、

 「悔しい」

 と思うのだった。その想いは、一重に、

 「天道そらが自分のことを信じていないのだ……」

 という気持ちから来るものである。それが柿留しょうの心のうちでぐるぐると渦を巻き、柿留しょうの苦しみとなっている。

 勿論、天道そらも柿留しょうのことを信じていない訳でもないし、軽んじているのでもない。むしろ、逆に信じる気持ちはとても強いだろう。だが、柿留しょうを大事に思っているから、そこへ、

 (しょうは大丈夫だろうか)

 やはり心配になるのである。

 その『心配』が柿留しょうにとっては、

 「何よりも……」

 大きく感じられるのだった。

 (もっと自分のことを頼って欲しい……信じて欲しい!!)

 柿留しょうは心のうちでそう叫んでいる。

 「……いやです」

 ふと柿留しょうの口から言葉が出た。

 「むっ?」

 「いやですよ。僕もそらさんと……いや……」

 柿留しょうはかっと大きく目を開き、その勢いのまま、人思いで天道そらが自分へ渡した刀を鞘を放り捨てると、

 「お前のっ!!」

 ぐっと前へ大きく踏み出して、

 「お前の相手は僕がしてやる!!柿留しょうだ、僕のことを甘く見るなよ!!」

 静かな八霊山である。その中を一迅の風が颯爽と吹き抜けていった。

 風が、柿留しょうの髪を揺らしている。




 「やああああっ!!」

 柿留しょうの身体は熱く熱を持ち、その心は炎のように燃え上がっている。胸の鼓動が強い。普段の柿留しょうならば、すぐに呼吸を乱し、倒れてしまうことだろう。

 そこに居る柿留しょうは、ある種、別の柿留しょうである……という方が正しいのかもしれない。ぎらぎらと殺気と敵意を剥き出しにした両目は異様に光り、そして、その脳裏には絶えず風切あやかや高山はるかが浮かび上がっており、

 「僕だって……僕だって、出来るんだ!でやあっ!!」

 と、柿留めしょうの気持ちを大きく昂ぶらせている。踏み込んだ足が土埃を大きく掻き揚げた後で、鋭い金属音が響き、刃がぶつかった。

 「むうっ」

 鈍い声が出た。刃が噛み合った衝撃がびりびりと辺りへと響いて伝わっている。静かな夜である。その静寂の中で意図が張り詰めたような戦闘が行われているのは、この場に居る者しか知らないであろう。この周辺に居るものは先ほどの、

 「この裏切りものがァ!!」

 という天道夕矢の怒号で殆どが離れ、または立ち去っている。

 (へっ、やっぱりガキだな)

 間合いはない。天道夕矢と柿留しょうは、今、目の前にある。ぎゅっと目元に力を入れ、天道夕矢は間近にある柿留しょうを睨みつけてみた。凄まじい形相である。形相であるのだが、

 「…………」

 驚くことに柿留しょうは動じていない。

 「ちいっ」

 天道夕矢は舌を打ち、二人はぱっと後ろへ飛び退いた。

 風がゆっくりとこの場を通り抜けた。

 風は柿留しょうの頬を撫でたが、柿留しょうはこれもまた全く意を介さず、感じてはいない。

 これはある種の狂気というべきかもしれない。狂気が柿留しょうを一瞬の戦いへと駆り立てている。

 「捨て身の攻勢……」

 これが恐ろしく強いのだ。自分のことなど、今は全く考えることが出来ずにいる柿留しょうなのである。……いや、自分のことは考えてはいる。考えているのだが、それは、

 「そらさん……それにあやかさんやはるかさまに、自分を認めて欲しい!!」

 という熱望である。

 特に今の柿留しょうにとっては、

 「僕だって出来るんだ!!」

 という気持ちが強いのだ。

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