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カゼキリ風来帖  作者: ソネダ
カゼキリ風来帖(5) ~ 天の道の章
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カゼキリ風来帖(5) ~ 天の道の章(11 )

遥か昔の八霊山。

 そこは混沌と緊張が張り詰める場所……戦場であった。

 二つの勢力が山を分けて睨みあっている。赤と黒、といえばそう見えるだろうか。終始、火の手が上がっては空には黒い雲が広がり、青い空を覆い隠しているのだ。

 さて、その二つの勢力である。

 まず一つは八霊山の主である山神さまの勢力で、主に山に住む者達を中心とした軍勢である。そしてもう一方が山神さまと対を成し、双璧をなしていた八霊山のもう一人の神……

 『奈落王』である。

 奈落王、それは八霊山が内側『山陰奈落』に潜む神でたびたび外へと出てきては八霊山に住む者や動物を襲っていた。

 奈落王の持つ手足、それを<死霊>という。その死霊が神出鬼没で単体で非常に強い攻撃性を持っており、山神さまはその対処にはつくづく、

「どうしたらよいものか……」

 手を焼いていたものだった。


 その二つの勢力が、ある日、突然ぶつかった。

 戦いをけしかけたのは奈落王の方である。元々、奈落王は八霊山の中である『山陰奈落』を飛び出ては外の世界を、

 「死の世界へかえてやろう……!!」

 といった野望を抱いていた。

 ……とはいえ、そんな野望もしたところで成就できたかは分からなかった。

 光の届かない山陰奈落を根城とする奈落王とその死霊達は、外の世界……つまり光を嫌っていた。太陽の光により外へ出ればその力の大半が削がれてしまう、のである。山神さまが辛うじて奈落王の死霊を撃退・退治できていたのもそれによるものだったと言っていい。

 ちなみに言うと、山神さまの勢力は奈落王の死霊達に対して、

 「非常に相性が悪かった……」

 のである。

 水とぶつかった炎が弱く消えてしまうよう、風を受けた土や岩が崩れ去ってしまうように、山神さまの勢力は、ことごとく死霊たちの前に倒れていったのだ。



戦いの火蓋が切られて以来、山神さまは苦戦を強いられていた。

 死霊たちとの戦場は八霊山である。つまり死霊たちが外へ出ているというのに、

 「その力が全く衰えていない!!」

 のだった……。

 最初のうちは気のせいであると思っていた者が多かったが、その力は目に見えて……露骨に強いのだ。

 本来ならば倒せているはずの傷を負わせても倒れない。その上、その反撃が凄まじく、倒しに掛かった山神さまの戦士3人がまとめて倒れている。相手1人に3人である。普段ならば勝っている戦力なのだ。

 そして更に質の悪いことに、倒れた者は次々と死霊と化してゆく。彼等が元々味方であった山神さまの戦士へ何の躊躇いもなく攻撃をしかけてくる。

 もはや死霊には感情がないのだ。力の限り、暴れまわるのみであった。

 奈落王の圧倒的有利である。

 元々持つ強い力に、相性による圧倒的な攻撃力……。

 まったくもって、これらを覆すようなことが山神さまにはできなかった。


 山の者の一人は、

 「奈落王の力の秘密はあの太陽にあるのだろう」

 と見ていた。空に浮かぶ、

 「不気味な黒い太陽……」

 である。

 今までに見たことのないような黒色の太陽が、黒い光で八霊山を照らしている。

 本来の白い光を放つ太陽ならば、奈落王の死霊の力を削いだであろうが、あの黒い太陽は、逆に死霊達へ力を与えているようだった。

 「あの黒い太陽をどうにかしなければ……」

 どうにも、山神さまに勝ち目はない。誰しもがそう考え、そう見ていたものだが、

 「果たしてどうすれば良いのか……」

 というと全く手立てがないのだ。

 暗い闇と戦いの日々は続いている。

 このまま行けば、山神さまとその勢力は全て倒れ、奈落王が八霊山を支配してしまうことは確実であろう。

 黒い炎が踊り狂うように燃え盛る。奈落王が支配する八霊山は、

 「まさに地獄」

 といっていい。死の山である。そしてその地獄はそれで終わりはしないだろう。

 奈落王は支配欲が非常に強い。その手下の死霊にも同様の特性……いや、本能といえるものがあり、特に目の前の得物は絶対に逃がしたりはしないのだ。倒れるまで追いかけて、ついには消し去ってしまう。

 つまり支配は八霊山に留まらないということになる。

 八霊山を支配した暁には、四方八方、山の外へと侵攻して行くことだろう。そうなれば世界がどうなってしまうのか分かったものではない。……少なくとも山神さまには分からなかった。



 ともかくも熾烈な戦争が果てなく続いていたある日のことだった。

 ふっ……っと激しく揺らめいていた黒い炎が僅かに小さくなり、そして間もなくして消えた。

 「…………!?」

 何が起きたか、誰にも分からなかった。ただ八霊山を覆っていた奈落王と死霊達の放った炎が、ほつほつと、徐々に小さくなり、やがて消えていったのだ。

 そして次の瞬間には、ついに死霊たちが倒れ、消滅し始めた。

 実にこのとき、八霊山には救世主が現れていて、

 「我が子らよ、下劣なる者を一つ残さず倒せ」

 低い声が響いた。その声がそう告げると、青い影が一斉に八霊山を舞った。

 その青い軍勢……それは『水霊さま』のものであった。

 もともと水霊さまの軍勢……それを成している水の精霊は強い力を持ってはいない。山神さまの力を考えれば、その実力はほとんどあらず、例えばの話になるが、もしも山神さまの勢力と水霊さまの勢力がぶつかり合えば、その戦いは3日足らずで終わるであろう。

 そんな水霊さまの軍勢が奈落王の死霊たちを圧倒している。

 「そうだ。我等の水を汚した輩を殲滅せよ。何人たりとも逃すな」

 鋭い殺気と怒気をたっぷりと込めた水霊さまの低い声である。

 水霊さまがこの山神さまと奈落王の戦いに参戦したのにはこういった事情があるのだ。奈落王の勢力が八霊山から食み出しては水霊さまの領域を汚してしまっていたのである。

 元来、水霊さまは自分の領域……つまり水を汚されることを異常なまでに忌み嫌い、そして憎んでいる。うっかり水を汚してしまったがために手に掛けられた山神さまの手のものも少なからず居たほどであったのだ。


 さて、山神さまに代わり、奈落王の相手となった水霊さまの戦いは、

 「あったという間……」

 に終わった。数えて3日程度であっただろうか。山神さまがあれほど苦戦をしていたのがまるで嘘のような結果であった。

 「青い空だ……」

 誰かが言った。

 奈落王は消えたのだ。水霊さまとその手のものが水の力を使い、奈落王を取り巻く穢れた死霊を浄化し、土へと還した。そして奈落王は水霊さまによって倒されたのである。

 あの黒い太陽も、奈落王が倒れると共に元の白い光をたたえる太陽へと変わった。

 「戦いは終わった」

 と誰しもが思っていた……が、実際そうはならなかった。

 「八霊山を護ったのは我等である。よって、八霊山を支配すべきは我々にある」

 と水霊さまが言い始めたのだ。

 空は何事もなかったかのように青い。だが、事態は余談を許さない。

 確かに、奈落王との戦いにおいての水霊さまの活躍は凄まじいものだった。それもあり、山神さまはあくまでも講和を訴えた。しかし、水霊さまは全く話を聞かない。

 奈落王との戦いを経て、その興奮が強く残っているのだろう。そして戦いにおく、

 「強い自信……」

 を得たのであろう。

 すぐに山神さまと水霊さまの戦いは始まった。……始まったが、この戦いも長くは続かなかった。

 先ほど述べた3日足らずとまでは山神さま側の疲弊の為いかなかったが、それでも、それに近いほどにあっという間に終わったものだった。

 勝ったのは山神さまである。

 「戦うことになってしまったのは残念だったが……我々は力を合わせて、奈落王から八霊山を守り、戦ったという経緯がある。これからは我等で八霊山を守ろうではないか」

 負けはしたものの、水霊さまには奈落王を退け、八霊山を守ったという経緯がある。この功績により、水霊さまは八霊山の二大柱の一つ、水の神として、あの蒼流の滝の裏側に祭られることとなったのだ。


 これが八霊山の神々の争い、そして伝説であった。

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