新しき風 吹き抜ける世界(20) ~ クァーシアとウェンシアのその後
さて……
どうやら炎の力を送り終えたようだ。ウェンシアは羽を引くと、風切あやかの肩へ乗り、
「この左側の方で、扉を爆破するんだ。そして右側の方でこの部屋を爆破して、作戦が成功したように見せかける」
「お前って……」
案外まともなことを考えるんだな、と風切あやかは思った。これまでウェンシアがやってきたことといえば、似たような姿をしたクァーシアといちゃつくばかりで、それ以外のことは全く興味はないと思っていたのだった。それがこんな風に偽装作戦を考えるなんて、意外だと思わざるを得ないだろう。
「これでも僕は……」
地底暮らしが長いのだとウェンシアは話した。かつての地底は死霊が支配する闇の世界であったのだ。ナオキが奈落王といわれていた頃、それを支えていたのがサキにウェンシアとクァーシアだったのだ……もっとも、ウェンシアとクァーシアは心からナオキに信服していたのではなく、あくまで、
「僕達だけが愛しあえる世界のため」
に動いていた。そのためにナオキをおおいに利用し、自分達の知恵や策謀を巡らせていたのだった。こうした行動もその時の名残なのだ。その昔、地底と地上で戦争が発生したのもウェンシアとクァーシアの陰謀の賜物であり、地上侵略もほぼ確実に成功すると目論んでいたのだが……そこへ山の外から水の精がやってきて、地上の死霊を浄化しはじめた。奈落王は封印され彼女達の目論みは失敗に至ったのだ。
そうしてからのいきさつは『山陰奈落の変』に書いてあるとおりである。
流 あさひからもたらされた闇の力を増幅する暗黒石を使って、自力での地上侵略(もとい世界創生)を試みたのだった。
部屋を脱出した後で、ウェンシアは『あれから』のことを語ったものだった。
暗黒邪炎天馬 クァエン・クルルァとなり、風切あやか達と戦い、そして敗れた後は……
「もちろんギラバーンさまの爆発に巻き込まれたよ」
ウェンシアとクァーシアの二人は邪炎霊である。腐っても炎の精である以上は、炎に焼かれたところで消えることはない。しかし……
「ギラバーンさまの炎は普通の炎じゃない。強力な魔力のこもった炎だった」
というように毒をもつ虫が更に強力な毒を受ければ、その毒に侵されてしまうように、強力な魔力を持った炎に巻かれたクァーシアとウェンシア(このときには合体は解けていた)はいくら炎の精であってもただではすまなかったのだ……ただ、二人にはある幸運が残されており、消えずには済んだのだった。
「その幸運とは……」
ウェンシアが持っていた暗黒石である。
前述したとおり、暗黒石には闇の力を増幅させる効果がある。流 あさひはこの石を使い地上の不浄の霊である浪霊を強化し操っていた。そうしたように、闇の者である邪炎霊ももちろんその恩恵を受けることができるのだった。そのお陰でウェンシアとクァーシアは辛うじて生き延びた。ただし自身の持つ力の大半は失われ、自分達の姿をかたどるにはオウムの姿が精一杯であったのだった。
爆風が風切あやか達を閉じ込めていた扉を吹き飛ばした。爆発は絶妙に調整されていたらしい。扉を吹き飛ばすのみで部屋の中に居る風切あやか達には何の傷もつけることはなかった。
部屋を出て間もなくして、爆風が流れた。
「まったく、とんでもない目にあったわ……」
佐渡せきが頭をかきながら、爆風のしたほうを眺めている。もくもくと黒い煙が流れてきている。一同は少し距離をとったところで小部屋へと入った。
そこは倉庫のようであった。部屋の中は綺麗に補修されているが、資材が部屋の隅に置かれている。
一度情報を整理することにしたのだ。風切あやかはウェンシアに聞きたいことが沢山ある。
「さっきの爆弾の件は――」
首謀者は誰なのか?それについてはウェンシアは『火紗』だといった。
「やっぱりアイツなのか……」
そこまではリィザ達が話していたとおりなので驚きはない。どうして?といったような理由付けも必要はないだろう。それよりも……とウェンシアは呟くように言った。
「火紗に関してはもっと大きな問題がある」
のだという。
「大きな問題?」
風切あやかが聞くと、その前に……とウェンシアはあることを話し始めた。そのあることとは、
「水霊の姫君のことさ」
つまり流 あさひのことである。流 あさひといえば地底に単身乗り込んでからは全く音沙汰がない。彼女の探索も地底へ赴いた目的の一つなのに、ここまで彼女の足取りを何一つ掴めていないのは、
「大丈夫なのか……?」
とても心配になっていた。もちろん、彼女のことなど風切あやかには興味はない。しかし、勝手なことをされては困る。もしも火紗や邪炎帝に『悪いこと』をして、一転、邪炎帝が地上の侵攻を決意してしまったら一大事である。
……もちろん流 あさひも八霊山で育った者である。いたずらに邪炎帝を刺激して地上を侵略させ焦土にさせることもないだろうが……
(もしもお姉さまが戻らない時は……)
地上を巻き込んで自爆してやろう!という考えを持っていないこともない。そうした考えに歯止めをかけているのが、姉である流 ヒスイの存在であり、その流 ヒスイに関して、
「僕とクァーシアはその所在を知っているのさ」
なのである。
「クァーシアには水霊の姫君の方へ行ってもらっている。クァーシアと一緒に居られないのは……」
とても悲しいのだろう。それを口にしただけでウェンシアは涙ぐんでいる。
(ただ少しの間、別行動をしているだけだろ)
と風切あやかは思うのだが、それがウェンシアにとってはこの世の終わりのように思えるらしい。
「いうなれば太陽のない世界。燃えない太陽、極寒の世界……」
「なんなんだよ。それは」
理解に難しい。しかしそうは言ってはいられないとウェンシアは立ち直ると、先ほど話した『問題』について話し始めた。
「…………そんなことがあるのか?」
これには一同息をのんだ。あのとき感じていたことがまさか本当のことだったとは思いもしなかったからだった。




