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九話

 翌朝千歳が学校に行くと、昇降口の前で誰かに声をかけられた。

「おはよ、千歳」

 振り向かなくてもわかった。昨日友達になった梨紗だ。

 千歳は緊張した。不安なのではなく、期待してどきどきした。

「うん、おはよう」

 昨日よりは大きな声で千歳は言った。自然に笑顔になる。そして梨紗も優しく微笑む。千歳は都会に来て初めて、心の底から笑えた。

 教室に行くまで、梨紗は千歳にいろいろなことを話してくれた。

「私ね、ハーフなんだ」

 梨紗は少し薄茶色の目をしながら言った。しかし千歳は意味がわからなかった。

「ハーフ?」

 首を傾げて聞くと、梨紗も首を傾げた。

「千歳、ハーフって知らないの?」

 千歳は俯いた。都会では知っていて当たり前の言葉なのだ。こんなことも知らない自分が恥ずかしくなった。足元を見つめたまま、千歳は黙った。

 梨紗はにっこりと笑い、話した。

「ハーフっていうのは、半分って意味よ。パパかママのどちらかが違う国の人だと、子どもは日本と違う国の血になる。それをハーフっていうの」

 梨紗の話を聞いても千歳にはまだよくわからなかった。それに気付いたようで、梨紗はもう少し詳しく話してくれた。

「私は、パパは日本人だけどママはイギリス人なの。だから私の体には日本とイギリスの血が流れてる。これがハーフ」

 言いながら梨紗は自分の胸の辺りを指差した。千歳はやっと理解できた。

「そうなんだ。何かかっこいいね。ハーフって」

 千歳が羨ましそうに言うと、梨紗は首を横に振った。

「別にかっこよくないよ。私が言わなかったら誰もわからないじゃない」

「でも、青木さんって髪とか目の色が普通の子よりも薄く見えるよ」

 千歳の言葉を聞いて、突然梨紗が注意するような顔に変わった。

「千歳、私のこと、青木じゃなくて梨紗って呼んでよ。何だか他人行儀みたいで嫌な感じ」

 千歳は焦った。田舎育ちの自分がいきなり名前で呼ぶなんて失礼ではないか。

「……でもさ、あたし、田舎育ちなのに」

 自信なく言うと、梨紗は首を横に振った。

「だめだめ!田舎育ちだとかそういうこといちいち気にしないの!」

 そして冷や汗を流している千歳の顔をじっと見つめた。

「田舎だとか都会だとか、そんなこと関係ないでしょ。私たちは友達なの。友達に田舎も都会も関係ない」

 梨紗の力強い言葉に、千歳は感激した。涙が溢れそうになった。都会にも優しい人はいたのだ。梨紗は女神だと思った。

「……ありがとう……」

 震える声で言った。梨紗は「何言ってるのよ」と笑っている。

「じゃあ、ほら、名前呼んで」

 梨紗に見つめられて、千歳はどきりとした。しかし勇気を出して口を開いた。

「……梨紗」

 そう言うと、梨紗は満足したように頷いた。

 昼休みに香央理と円にも同じことをされた。千歳が「香央理」「円」と言うと、二人はにっこりと笑った。

 

 梨紗は学年でリーダー的存在だった。ハーフということもあるが、いつも明るく自信に溢れているのでものすごく目立つのだ。誰もが梨紗を羨み、憧れの目で見ていた。そのため、梨紗の友達の数は半端なく多かった。梨紗のファンクラブみたいなものまであった。

 千歳も友達の一人になった。毎日梨紗に会うと華やかな自分に変わっていると感じた。話し方もだんだん梨紗に似てきて、都会とは楽しいところだったのだと思い直した。休みの日はみんなで買い物に行ったり、ケーキを食べに行ったり、カラオケや映画にも連れて行ってもらった。学校帰りもいろいろなところに遊びに行った。田舎では体験できないことばかりだった。

 梨紗は面白いことをたくさん知っていて、毎日千歳に教えてくれた。千歳は梨紗のお気に入りだった。梨紗と話をする度に、千歳の頭の中が田舎よりも都会の方がずっといいと考えに変わった。

「千歳、田舎と都会、どっちが楽しい?」

 梨紗に聞かれ、千歳は「都会に決まってるでしょ」と即答した。

 さらに香央理も円も友達が多かったため、三人と付き合い始めてからたった一ヶ月でほとんどのクラスの女の子と仲良くなった。千歳に田舎のことについて聞いてくる子も何人かいた。しかし千歳は「田舎のことなんて知っても面白くないよ」と言って話さなかった。

 千歳が遅くまで帰らなくても母という名前の人形は何も言ってこなかった。鍵を閉められても千歳は合鍵を使って家の中に入れた。同じ家にいても顔を合わせることは少なかった。

「あたし、都会に来てよかったあ」

 千歳がしみじみと言うと、梨紗たちは微笑んだ。

「田舎なんて、ただ汚い場所だもんね」

 香央理が馬鹿にするように言った。千歳も頷いた。

「日焼けはするし、甘いものも食べられないし、周りにいるのは年寄りばっかりだからね」

 そう言うと円が声を出した。

「かっこいい男の子がいないなんて最悪。恋ができないなんて悲しすぎる」

「ホント」

 そう言って四人で笑った。千歳にとってこの三人は大親友だった。地味で大人しくて友達がいない千歳に声をかけてくれた最高の友人だ。

 田舎のことなどどうでもいいと思っていた。確かにみんな暖かくて優しい人ばかりだ。しかし面白いものなど一つもない。あのまま田舎にいたら、結婚だってできないだろう。

 もう田舎に帰る気は無くなっていた。あんなに面倒を見てもらっていた早苗の顔も忘れかけていた。





 

 

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