六話
ひとりぼっちの生活は、とにかく悲しいものだった。
体育の時間に、先生がある言葉を口にした。
「では、二人組みになってください」
千歳は驚いた。冷や汗が流れ、体がぶるぶると震えそうになった。
友達が一人もいない千歳にとって、これは悪魔の言葉だった。二人組みなんて作れるわけがない。クラスメイトとはほとんど話をしたことがないのだ。誰が自分の相手になってくれるのか。
不安でいっぱいになりながら、千歳はその場に立ち尽くした。奇跡が起きてくれることを祈った。
そして……
いつまで経っても千歳の前にクラスメイトはやってこなかった。当然だ。自分は「余り」の存在なのだ。田舎からやって来た、地味な女子なのだ。何も持っていない、流行にも疎い、話をしてもつまらない人間なのだ。
仕方なく千歳の相手になったのは先生だ。バドミントンを打ち合いながら、みんなが自分をどう見ているのか考えた。この世界についていけない、古い人間だと思われているのか。可哀想な仲間外れだと見られているのか。
体育の時間だけじゃない。違う教科でも、「班を作ってください」、「4人グループを作ってください」……。先生まで千歳を苦しめているようだった。
最後の最後まで千歳は残り、いつも先生が「仲間に入れてあげて」と人数の足りない班に入れた。先生がいなかったら、千歳はずっと一人ぼっちなのだ。班の中でも誰も話しかけてくれない。みんな自分のことしか考えていないのだ。
どうしてみんな、無視するんだろう……。
千歳には、都会人の考え方が理解できなかった。そんなに自分は悪者に見えるのか。黙って座っているだけで、嫌な人間扱いするのか。それとも田舎育ちの女子と友人になるのが恥ずかしいのか。
「ねえ、お母さん」
家に着くと、制服も脱がないまま、母に話しかけた。
「どうして、都会の人って冷たいのかな」
緊張した。何と答えを返してくるか、わからなかった。
母はじっと見つめ、不思議なものを見るような目で言った。
「都会の人が冷たい?なにそれ」
「学校のみんな、全然あたしに話しかけてくれないんだよ。冷たいでしょ?」
言いながら悲しくなった。また明日も、無視されながら過ごすのだ。
「話しかけてくれないなら、千歳から話しかければいいじゃないの」
母の口調は、また面倒くさそうなものだった。
それが出来ないから困ってるんじゃないか。
これ以上話しても無駄だと思い、千歳は自分の部屋に向かった。
ドアにもたれかかり、そのまま床に座り込んだ。
母も、自分の気持ちをわかってくれない。
きっと早苗なら、親身になって話を聞いてくれるはずだ。
しかし早苗はここにはいない。遠く離れた、千歳が大好きな田舎にいるのだ。
ふと、千歳はあることに気が付いた。
そういえば、母は都会人だった。都会人に都会のことを言っても無理だ。田舎って本当に不便、と以前母に言われ、千歳はいらいらした。私の好きな田舎にけちをつけて……。あれと同じだ。母も、「私の好きな都会を悪く言った」と頭に来たのだ。
父に言っても同じだろうと千歳はあきらめた。昔は、千歳、千歳、と可愛がってくれたが、もう長年都会にいたせいで影響されてしまった。だから久しぶりに会っても見向きもしなかったのだろう。
自分も都会にいたら都会の生活に慣れるのだろうか。
千歳は首を横に振った。都会人になってしまったらいけないと思った。自分が好きなのは田舎だ。大自然に囲まれた、あの小さな田舎だ。暖かくて家族みたいなみんながいる田舎だ。
「帰りたい……」
千歳は呻くように呟いた。しかし、もう自分は都会から逃げ出すことは出来ないのだ。