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四話

 東京に着き、千歳は思わず声を出した。

「すごい……」

 田舎では考えられないほどの高い建物、数え切れないほどの人々、おしゃれな車、大型のスーパーマーケット、長く続く道路……。千歳には何もかもが初めてだった。

 こんな世界が、日本にあったんだ……。

 そう思いながら、これから自分が暮らすマンションに向かった。

 マンションの中も、高級ホテルのようで、一歩歩く度にどきどきした。これから、ここが自分の家になるのだ。まるでアイドルになったような気分だ。

「ねえ、お母さん。あたし、ここでちゃんと暮らしていけるかな……」

 千歳が聞くと、母は面倒くさそうに「さあね」と答えただけだった。

百合子ゆりこ、久しぶりだな」

 父は千歳ではなく母に話しかけた。母は嬉しそうに微笑んだ。千歳には、一度も見せたことのない笑顔だ。

「これから一緒に暮らせるなんて、幸せだよ」

 口には出さなかったが、これは母に向けての言葉だと千歳は気付いた。父も娘のことなどどうでもいいと思っているはずだ。そういえば母は東京に行く時に「お父さんも会いたいって」と言っていた。会いたいと思っているなら、まず始めに千歳に声をかけるのではないか。

 二人で好きにやって、と千歳は気にせず、ベッドの上に横になってみた。

 柔らかなシーツが、とても心地いい。ベッドとはこういうものだったのか。田舎ではこんなに気持ちのいい布団はない。また千歳はどきどきした。

「ちょっと千歳、ぐしゃぐしゃになるでしょ」

 母が口を出してきた。むっとしたが、千歳はベッドから出た。

 いつも母は千歳の至福の時間を邪魔する。学校の帰りにみんなで森に遊びに行き、六時頃まで外にいると家の鍵をかけてしまう。「開けて!」と泣きながら呼んでも、絶対に家に入れてくれない。仕方なく待っていると、早苗が気付いて鍵を開けてくれる。だから、千歳は他の友達よりも早く帰らなくてはいけないのだ。

「百合子さん、もう少し、ちいちゃんを可愛がってあげて」

 早苗は何度も言っているが、全て聞き流すだけだ。可愛がる姿など微塵も見られない。本当にどうでもいいと思っているようだ。

「いいよ、おばあちゃん」

 ある日千歳は早苗に言った。

「お母さんが、絶対にあたしのことを可愛がってくれないってこと、もうわかってるから」

 そう言うと、早苗は悲しげに俯いた。


 

 千歳が都会に来て、数日が経った。

 父と母が、何か話をしていた。どうせまたろくなことしか話してないんだろうと千歳が無視をしていると、突然母に名前を呼ばれた。

「千歳、明後日から学校が始まるよ」

「えっ」

 どきりとした。そういえば、ここに来る前、一番悩んでいたことが学校だった。見たことのない世界のことばかり考えていて、すっかり忘れてしまっていた。

「学校って……、どこの……?」

 緊張しながら聞くと、父が言った。

「駅前にある中学校だ。ここからなら、歩いて20分で行ける」

「駅前って……。あの、人がたくさんいるところ?」

 千歳は不安になった。今まで人がいない、のどかな田舎で育ってきた千歳にとって、人がたくさんいる場所はかなり苦手なのだ。

「そうだ。一番近いところだし、最近出来たばかりだから建物も新しいんだ」

「待って……、どうしてお父さん達が勝手に決めてるの?」

 千歳は冷や汗を流しながら両親を見た。何故本人に相談してくれなかったのか。

「何であたしに相談しないで、二人で全部決めてるの?あたしにも相談してよ」

 すると母は目を吊り上げて言ってきた。

「あなたにいちいち言ったって無駄だからよ。あなたは私達の言うことだけ聞いてればいいの」

 当たり前でしょ、という口調だ。

「無駄って……。あたしが通うんだから、あたしの意見もいるでしょ」

 すると今度は父が口を開いた。 

「もう中学生なんだからわがままを言うな。もう決まったんだから、つべこべ言わないできちんと通いなさい」

 頭に来た。何という父と母だろう。自分の両親は、こんなに子どもへの愛情が薄いのか。

「あたしは、お父さんとお母さんの操り人形じゃないんだよ!何でもかんでもあたしに内緒で全部決めちゃって……。あたしのこと、もっとちゃんと考えてよ!」

「うるさいわね」

 母が睨んできた。千歳も同じように睨み返した。怒りを露にした。

「何が操り人形よ。そんなこと、いつ私たちが言ったの?」

「だって、どう見ても操り人形じゃない!あたしの気持ちなんか一つも考えないで、全部自分達の思う通りにして。あたしの身にもなってよ!」

 母はさらに目を吊り上げ、脅すように言った。

「本当、わがままね。そうやって文句ばっかり言ってたら、家から追い出すわよ」

 千歳はどきりとした。何も知らないこの世界で独りきりになってしまったら大変だ。

 そしてそれが悔しかった。「好きにすれば」と言えたら、どんなに心の中がすっきりするだろう。

 仕方なく千歳は俯いた。返す言葉が見つからなかった。結局自分は両親がいないと生きていけないのだと情けなく思った。

 母はやっとわかったか、という目つきで千歳を見つめた。父は面倒くさそうにため息をついた。


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