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二十四話

 早苗に呼ばれ、千歳は台所に行った。

「お部屋にお茶を持っていって」

 千歳はどきりとした。はっきり言って、もうあの部屋には入りたくなかった。しかし仕事なのだから嫌だとは言えない。わかった、と言って千歳はお茶を載せたお盆を持った。そして廊下を歩いていく。

 歩きながら、二人が自分をどんなふうに思っているのか、考えた。失礼な態度はとっていないはずだ。いい印象を持たれていることを祈りながら、部屋に近付いた。

 その時、突然声が聞こえてきた。明子の声だ。千歳は立ち止まり、耳を澄ました。

「ねえ、貴広、千歳ちゃんのこと、どう思う?」

「どうって?」

 不思議そうに言った貴広に、明子が笑い声のような声を出した。

「学校行ってないって言ってたでしょ。一応義務教育は終わってるけど、やっぱり高校生なんだから、高校通わないとねえ。頭悪い大人になっちゃうわよ」

 貴広のため息が聞こえた。長く、深いため息だ。

「さっき言ってただろ。おじいさんとおばあさんが心配だし、お金もないし、そもそもここには高校がないって」

「じゃあ、都会に行けばいいじゃない。こんな年寄りばっかの汚い場所でずっと暮らしていくとか、あたしには耐えられない。自殺しちゃうかも」

「おい」

 貴広の声が一気に低くなった。

「お前、そうやって人のあら探ししてて、何が楽しいんだよ。いつもいつも、他人の悪口ばっかり聞かされる僕の身にもなってくれよ」

「だって、事実じゃない。それにあら探ししてるんじゃない。同情してるの。可哀想だわあ。可愛い服も美味しい料理も、愛しい恋人も手に入れられないのよ、一生。顔も地味だし、化粧も何にもしてない。日焼けで肌は真っ黒になって、シミと皺だらけの古い服着て外歩くなんて考えられない。女としてダメな人間よ。お気の毒で泣いちゃいそう」

 千歳は息を殺して体を硬くしていた。しかしなぜか動揺していなかった。冷静に明子の言葉を聞いていた。

 貴広が、うんざりするように言った。

「お前のそういうところ、本当、嫌になるよ。あの子に何か恨みでも持ってるのか」

 突然、明子の声が低くなった。そして、はっきりと言い切った。

「いらいらするのよ。ああやって、情けない人間見るの。無性に頭にくるの」

「何が情けないんだよ。自分のおじいさんとおばあさんを大事に想って、仕事を手伝ってるじゃないか」

「そうかな」

 明子は鋭く、冷たく凍った口調で話した。

「あたしは、ただ邪魔してるだけだと思うんだけど。本当に、ここで一緒にお手伝いしてくれることを感謝してるのかな。ここで手伝ってくれるよりも、どこかに行ってくれた方がいいんじゃないの。孫の将来が心配で、静かに老後を過ごせなくて、邪魔な存在だとか思ってるんじゃないの」

「お前、いい加減に……」

 貴広が言う前に、千歳は襖を開けた。自分でも驚くほど無表情だった。二人は驚き、今の話を聞かれていたのではと思ったのか、千歳の顔を見なかった。

「お茶を持ってきました」

 そう言って部屋に入ると、二人は緊張したような顔をした。

 後で嫌な思いをするんだったら、始めから言わなきゃいいのに。そう心の中で言いながら、千歳はお茶を淹れた。

「明子さん」

 千歳が声をかけると、明子は目線を千歳に向けた。怯えたような顔をしている。

「あたし、明子さんが美人で、すごく羨ましいです。大学に通っているし、着ている服だって素敵だし、きちんとお化粧もしてる。それなのにあたしは汚いシミと皺だらけの古い服しか持ってないし、はっきり言ってこんな姿を人に見せるなんてできないですよね。顔だって地味だし、日焼けで肌は真っ黒。女なのにダメな人間ですよね。情けなくて恥ずかしいです」

 言い終わると、千歳は明子を睨みつけた。明子は黙ったまま目を逸らした。

 千歳は、本当に自分は性格が冷たくなった、と感じた。昔だったら、ただ傷ついて泣くだけだったかもしれないが、今の千歳は違う。

 貴広は、自分は何も知らないというようにお茶を飲んでいる。ちらりと千歳を見て、目が合った瞬間あわてて横を向いた。

 じゃあ、と言って千歳は立ち上がった。それを見て明子はほっとしたような顔をした。その明子に、千歳は鋭く言い放った。

「年寄りばっかりの汚い場所ですが、どうぞごゆっくり」

 明子はまた怯える顔をした。その顔を睨みつけ、千歳は襖を閉めた。 



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