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十五話

  千歳は厚い二枚の板に挟まっているような気分で過ごしていた。先日母と言い争った日から、一度も話をしていない。これからもずっとこの状態のままなのだろうと千歳は考えていた。

 学校に行くと梨紗たちの冷たい態度にげんなりする。自分がやっていることが、どんなに人を傷つけているのかがわからないのだ。梨紗たちもある意味可哀想な人間なのだな、と千歳は思った。

 もう千歳が笑顔になれる場所はなくなっていた。自分の部屋のベッドの中だけが千歳の想いを受け止めてくれるものだった。もうこのまま朝なんかやってこないでほしいと何度も願った。そして、やはり都会は冷たい人間がいる世界なのだと強く感じた。昔住んでいた田舎が恋しくて仕方がなかった。

電気もつけず、千歳は机の上に突っ伏した。次にため息をつく。その繰り返しだ。

 ふと千歳の目の中にあるものが映った。学校の鞄だった。梨紗とおそろいで買ったキーホルダーがぶら下がっている。

 千歳はキーホルダーを掴み、ゴミ箱に投げ捨てた。もうこんなものいらない。あんな女と同じものを持っていたくない。梨紗がくれたプレゼントも全て処分することにした。見るだけで吐き気がする。

 次に中学の鞄の中に手を入れた。すぐに財布が指に触れた。それをゆっくりと持ち上げ、じっと見つめてみた。

 早苗の言葉が頭の中に呪文のように何度も繰り返し聞こえる。

「どんなに仲がよくて、優しい友達にもお金を貸したらいけないよ」

「お金は人間の頭を狂わす、麻薬のようなもの」

「みんなお金がほしくてほしくて仕方がないの」

「お金がほしいから人を殺しちゃう人だっているんだから」

 心配する早苗に、千歳は誓った。

「わかった。あたし、絶対にお金を貸したりしない。どんなに仲がいい友達にも貸さない」

 そして二人で指きりげんまんした。

 千歳は油断していた。まさかこんなにすぐ近くにそんな人間がいたとは思っていなかった。梨紗はとても優しい。そう信じきっていたのに……。

 梨紗が千歳を友達から外したのはお金を貸さなかったからだ。私たちとずっと仲良くしていたいのなら、お金を払って。もし払えないなら透明人間扱いする。そういうことなのだ。どうして友達になるのにお金がいるのだろうか。そんなにお金がほしいのか。友情よりもお金の方が大事なのか。千歳には理解できなかった。

 千歳は頭を抱えた。みなみの「梨紗はいじめ女王」という言葉は正しかった。しかし千歳は違うと言った。梨紗にだまされていたのだ。

 千歳がお金を渡さない限り、梨紗は完全に無視し続けるだろう。梨紗だけじゃない。梨紗と関わっている人間全員もだ。

 梨紗と離れればいいのはわかっている。しかしもうこんなに惨めな日々を送りたくない。

 わかっている。早苗の言っていることはわかっているのだ。しかし今の千歳には、心のより所が欲しかった。


 翌朝学校に行くとやはり今日も無視をされた。千歳は教室の角で座り、俯いていた。

 昼休みになると千歳は立ち上がり、梨紗の教室に向かった。

 ドアを開けると梨紗は数人のグループを作りお弁当を食べていた。そのグループには千歳も入っていた。今は完全に他人扱いされている。

 そっと近付くと、千歳は話しかけた。

「梨紗、この前、お金貸してほしいって言ったじゃん」

 すると梨紗は目だけをちらりと千歳の方に向けた。「お金」という言葉に反応したのだろう。

千歳は掠れるような声で話を始めた。

「あたしね、お母さんに、友達にお金を貸してほしいって言われて、断っちゃったんだって言ったの。でもその友達はすごく優しくて、仲良しの子なのって言ったの。力になってあげたいのって言ったの」

 徹夜で考えた作り話だ。もし親にばれたらとんでもないことになる。

 千歳がそう言うと、突然梨紗が顔を向けてきた。

「そんなこと……。別に、貸してほしいって気持ちじゃなかったのに」

 申し訳なさそうに言う梨紗を見て、千歳は悔しくて悔しくて仕方がなかった。いじめ女王で嘘つき女。プライドが高いだけのダメな人間だ。こんな風に育てた親の顔が見てみたいとも思った。地獄に堕ちろと思った。しかしそれを本人に言うことはできなかった。

「じゃあ、お金、貸してくれるのね」

 まだ「貸してもいい」と千歳が言っていないのに、もう頭の中が金を手に入れることでいっぱいらしい。しかし口には出さなかった。

「ありがとう。千歳」

 満面の笑みで梨紗は千歳を見つめる。

「でもね」

 千歳はさらに慎重な目つきで梨紗を見た。そしてゆっくりと話す。

「今日は渡せないの。お財布、持ってきてないから」

 すると梨紗はまた睨みつけるような目をし、さらに舌打ちした。すぐに金が手に入ると思っていたのだろう。

「じゃあ、いつ渡してくれるの?」

 梨紗は身を乗り出すようにして聞いてきた。千歳は緊張し、口を開いた。

「……明日……」

 声と同じく体も震えていた。その千歳の姿を馬鹿にするように見つめ、梨紗は言った。

「そう。じゃあ、ちゃんとお財布忘れないようにね」

 そう言ってにやりと笑った。もう犯罪者にしか見えなかった。初めて会った時の梨紗は消えていた。

 千歳は小さく頷き、がっくりと項垂れた。そして早苗に心の底から謝った。


 おばあちゃん……。

 あたし、約束守れなかった……。 


 どうして自分はこんな目に遭うのか。自分は何か悪いことをしたのか。人間として常識のことをしただけだ。悪いことをしているのは梨紗たちじゃないか。自分は何も悪くないのだ。

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