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十三話

 翌日千歳が学校に行くと、梨紗の姿が見えた。

「梨紗、おはよ!」

 そう言いながら手を振ると、なぜか梨紗は目を向けてこなかった。

 聞こえなかったのかと思い、千歳は梨紗に近付いた。

「梨紗、おはよう」

 もう一度声をかけたが梨紗は何も言わず千歳の横を通り過ぎ、そのまま歩いて行った。

 千歳は首を傾げた。こんなに近くで声をかけられたら誰だって気が付くはずだ。しかし梨紗は目も合わせなかった。

 不思議に思ったがやはり気が付かなかったのだろうと思い、深くは考えなかった。朝だったし頭がぼんやりしていただけなのかもしれない。

 千歳は廊下を歩いて教室へ向かった。いつもだったら誰かが必ず声をかけてくるのだが、なぜか今日は誰も話しかけてこない。千歳を見ながらひそひそと話している生徒たちまでいた。何と言っているかは、もちろん千歳にはわからない。

 教室のドアを開け、目の前にいた友達に千歳は大きな声で言った。梨紗に言った時の声もよりもずっと大きな声だ。

「おはよう!みんな!」

 しかし誰も千歳の方を見ない。数人のグループを作り、楽しそうにおしゃべりしているだけだ。梨紗の反応と同じだった。

 千歳はおかしいな、と思った。梨紗だけでなく、クラスメイトまで頭がぼんやりしているのか。

「ねえ、何の話をしてるの?」

 近くにいた子の肩を叩いてみたが振り返らない。誰一人、千歳を見ないのだ。

 どきりと胸が動いた。突然冷や汗が流れ出した。

 千歳は、香央理がいる教室に向かって歩いた。ドアを開けると香央理が友達と話をしていた。

「香央理、ちょっと聞いて」

 しかし香央理も反応なしだ。冷や汗が噴出す。千歳はすぐに教室から出て円の教室の方に走った。

 ドアを開け、中にいる円に同じように声をかけた。

「円、梨紗と香央理がおかしいの。話しかけても何も答えてくれなくて……」

 言いながら、千歳は緊張した。円まで無視をしているのだ。

 千歳はいつも仲良くしている友達にも声をかけた。しかし完全に透明人間扱いしている。梨紗や香央理や円だけではなく、全員が千歳のことを透明人間として見ている。

「みんな……」

 千歳は力なく呟いた。どうして無視をするのか。昨日まではあんなに仲良くしていたのに。大親友だと思っていたのに。

 わけがわからないまま、千歳は誰とも話をせずに過ごした。

 

 家に帰ると制服のままでベッドの上に横になった。全力疾走した後のように胸がどくどくと速くなっている。息をするのが苦しい。

 布団を頭から被り、千歳は考えた。

 まるで都会に馴染めなかった時のようではないか。田舎育ちだということで誰とも友達を作れず、ただ椅子に座って俯いていた時の自分と同じではないか。

 どうしてまた元に戻ったのか。透明人間扱いされたのか。あんなに仲がよかった友達が千歳と目も合わせなかったのだ。一人や二人ではなく全員が同じ反応をした。聞こえなかった、気付かなかったとは絶対に思えない。

 誰も自分を見ていない。一人ぼっち。孤独……。いろいろな想いが心の中にざわざわと生まれていく。

 結局千歳はその夜、食事もせず、制服のままベッドに横たわっていた。眠ることもできなかった。


 重い頭で学校に行くと、昨日と同じように誰も挨拶をしに来なかった。

 もしかして今日一日だけだったのではないか、明日にはまた仲良しの友達に戻っているのではないか……千歳の期待は、儚く消え去った。

 千歳は教室の角で俯きながら座っていた。まだ都会に馴染めていなかった時と同じ姿だった。俯きながら、どうしてこんなことになったのかを頭の中で思い浮かべていた。考えなくてもわかった。梨紗が千歳を友達から外したのだ。

 一昨日の放課後、梨紗は千歳の金を騙し取ろうとした。お金がほしくてほしくてたまらない。どうしたら金を手に入れられるか。そうだ、千歳にお金をもらっちゃおう。千歳は自分を救ってくれた女神だと思っているのだから、絶対に渡すはずだ。そう考えたに違いない。

 そしてさっそく千歳に金を貸してほしい、と頼んだ。大人しい千歳だったら必ず貸してくれるはずだ。梨紗は千歳が財布を取り出すところをうきうきしながら待っていた。

 しかし千歳は梨紗にお金を貸さなかった。「どんなに仲がいい友達でもお金の貸し借りはだめだって親に言われてるから」。こんなことを言われるとは予想していなかったのだろう。すんなりと千歳は金を渡すはずだと思っていたのに断られた。そのことに梨紗はものすごく気に障ったのだ。自分の完璧だと思っていた芝居も失敗し、結局何も収穫がなかったことで怒りの炎が爆発した。しかも相手は田舎育ちの人間。都会で生まれ育った自分が負けるなんて……。

 梨紗はとにかくプライドが高い。自分の思う通りにならないということが一番嫌だと言っていた。常に自分は女王様でいたいのだ。青木梨紗様でいたいのだ。

 頭に来たということで梨紗は友達に千歳のことを言ったのだ。香央理や円だけではなく、クラスメイト全員に「千歳は友達に金も貸せない嫌な女」だとか話したのだろう。そして「もう千歳とは付き合わない。透明人間扱いだ」とも言ったのだ。人気者の梨紗の言葉に従わない人間はいないはずだ。

 ふと誰かに見られているような気がした。そっと顔を上げると、みなみが悲しげな顔で千歳のことを見つめていた。

 千歳はみなみが口にした言葉を思い出した。

 梨紗はいじめ女王。最低最悪のいじめ女。

 友達がいない子に近付いて、突然裏切る。


 梨紗たちの餌食になる前に逃げて……。


 千歳はどうしてみなみを信じなかったのかと後悔した。みなみの話は本当だったのだ。梨紗たちは何も悪くない人間を傷つける、悪魔のような存在だったのだ。早くみなみの言っていた通り別れてしまえばよかったのに、女神だと信じきって結局こんな目に遭ってしまった。心配して助言をしてくれたみなみを馬鹿呼ばわりして、自分はなんてひどい人間なのかと自己嫌悪にも陥っていた。

「馬鹿だ。あたし」

 思わず声が出た。本当に馬鹿だ。梨紗たちのことを女神だと言っていた自分は本当に馬鹿だ。

 しかしもう取り返しがつかない。どうやって梨紗たちが考えを変えてくれるか、わからなかった。

 いや、わからなかったわけではない。わかるけれど、頭の中が抵抗しているのだ。

 千歳は机の上に突っ伏した。地獄に堕ちてしまったような気がした。自分は正しい道を進んだと思っていたのに、なぜか地獄に堕とされたのだ。

 両親には言わなかった。言っても何もしてくれないだろう。千歳がどんなに苦しんでいても、父も母も手を差し伸べてくれることはないはずだ。もう始めからわかっている。それにあの二人は赤の他人だ。


 翌日も、その翌日も千歳は無視されながらの日々を送った。

 時々心配そうにみなみがやってきた。しかし千歳と目が合うとすぐに逃げてしまう。

 学校にも家にも、千歳を救ってくれる人はいないのだ。この気持ちを誰かに話すことは不可能なのだ。

 また同じ日々に戻ってしまったことが悲しくて、梨紗たちに傷つけられることが辛くて、千歳の心はボロボロに壊れていった。 


 

 

 

 


 



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